三十話 捕縛した風
そして、頭の上部を
黙っていれば、どこぞの華族のお嬢様のようだが、ここまで仕上げることが出来たのは女中達の助けがあったからだ。
千依は編み上げブーツの紐が緩んでいないかを確認してから、顔を上げる。
「……今日こそは、上手く誘き寄せられると良いですね」
人通りが少ない道の壁沿いに隠れながら、千依は溜息を吐く。
千依が囮となって、妖を誘き寄せる作戦を始めてから、もう三日が経った。
人々は襲われることを恐れて、夕方になると誰もが外出を控えたため、先日の件以降、被害は出ていない。
それでも、次の被害者が出る可能性はあるので、用心するに越したことはない。
「ふむ……。これまでの被害を参考に、最適な時間と場所を割り出したはずなんですけれどねぇ」
小さく唸りながらぽつりと呟くのは織人だ。
今日は他に担当する案件がなかったようで、三智鷹の補助として手伝いに来てくれていた。
「まぁ、粘るしかないよ、こういうことは。……それでも、あと数日試してみて結果が出ないようなら、手段を変えよう」
三智鷹は人通りの少ない道へと視線を向けながら指を組み、陣を編んでいく。
妖が現れるまでその場に仕込んだ陣を隠しておき、囮である千依に接触しようとした時を見計らい、発動させるという算段だ。
「よし、それじゃあ今日も行ってきますね!」
妖に逃げられないようにと破魔体質であることを隠すために、千依は力を抑える。
これで接触しない限り、相手に破魔体質を知られることはないだろう。
……あとは少しだけ霊力を漏らして、と。
今回の件で、一つ判明したことがある。
それは、襲われた者達がそれなりの霊力を持っていたことだ。
この国の人間は霊力を持って生まれてくる者もいれば、持たない者もいる。
そして、持っていたとしても霊力の大きさは個人で違った。
千依や三智鷹のように霊力が大きい者は、祓い屋をしている場合が多いだろう。
だが、一般人の中にもそれなりの霊力を持っている者が稀にいるのだ。
……つまり、妖は襲う相手を「選んで」いるということ。
ただ何故、髪を切って持ち去るのか、その理由までは分からずにいた。
準備が出来た千依を三智鷹が心配そうに見つめてくる。
「千依さん。君は確かに強いけれど、慢心しては駄目だよ。十分に気を付けてくれ」
「分かっています。いざという時は援護、お願いしますね。三智鷹様に背中を預けますから」
「……うん、快く預からせてもらうよ」
三智鷹が自信ありげににっと笑う。
やはり、彼には心配するような顔よりも、余裕がある笑みの方が似合っている気がするな、とそんなことを思った。
千依は一つ、二つと息を吐いてから、身を潜めていた場所から人通りが少ない道へと出た。
「……」
まだ、道の端に設置されている電灯は灯りが点いていないが、そのうち日が傾き始め、あと一時間もすれば足元が分からなくなる程に暗くなるだろう。
そんな道を千依は一人、歩く。
……気配を探っているけれど、今のところは何も引っかからない……。
妖だけでなく、こちらを見守ってくれている三智鷹と織人もすでに隠形しているようで、彼らの気配は完全に消えていた。
もはや、どこにいるかも分からないくらいに素晴らしい隠形である。
……静か過ぎて、居心地が悪いな……。
普段のこの時間帯ならば、仕事や学校を終えた者達が家路を急いでいる姿が見られただろう。
それなのに、今は人っ子ひとりいない。
まるで、この世界には千依ひとりしかいないのだと突きつけられているような不気味さが感じられた。
そんな時だった。
ぶわり、と不自然で荒っぽい風が吹く。
春にはまだ遠い、冷たさが残る風は──分かりやすい程に千依へと真っ直ぐ向かってきていた。
……来る……!
瞬間、千依に接触する寸前で、何かが激しい音を立てながら弾き返される。
それは、目標対象が陣の中に入ってきたという合図でもあった。
「今です!」
「──
千依の合図よりも少し早く、三智鷹が事前に仕込んでいた陣を発動させる。
先日の百貨店で見たような墨を使ったものではなく、三智鷹の霊力で編まれた陣が千依の足元から瞬時に浮き出た。
それは淡く光りながらも、千依に向かってきていた「もの」を捕らえる網となった。
……これが、「捕縛の陣」……!
あまりにも素早過ぎて、誰の目にも捉えられなかった犯人の正体をやっと「見る」ことが出来た。
しかし、陣から伸びるように生えてきた半透明の糸が捕縛していたのは、見たことがない妖だった。
二本足の妖で、鳥のくちばしに似た大きな口、そして両手は鋏のような形をしていた。
『く、くぅぅ……』
その大きな鋏の手で捕縛の糸を切ろうとしているが、動けない状態であるため、妖は体を必死に揺らしている。
「──千依さん!」
声をかけてきたのは、隠形を解いた三智鷹だ。
その後ろから、織人も走ってきている。
「凄く鈍い音がしたけど、怪我はないかい?」
強張った表情で三智鷹は千依を上から下まで眺めていく。
「これを持っていたおかげで、怪我ひとつしていませんよ。持たせてくれて、ありがとうございました」
そう言って、千依は懐からとあるものを取り出す。
それは三智鷹が事前に渡してくれた、防護の陣が書き記された霊符だった。
最初は身を守るために自分で結界を体に纏うように張ろうかと思っていたのだが、それだとせっかく抑えている千依の力が相手に覚られる可能性があると三智鷹に止められたのだ。
そこで提案されたのが、特製の墨を使って防護の陣を霊符へと編み、それを身に着けるというものだった。
この霊符のおかげで千依は一時的にだが、薄い膜のような結界を身に纏うことが出来ただけでなく、妖からの接触も防げたというわけだ。
ただ、千依を守るために役目を果たしたのか、まるで火の近くに置かれたように、霊符は半分ほどが焼け焦げていた。
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