十一話 我流の祓い方
まるで野道を散歩するように屋敷内を歩く千依だったが、背後にいるはずの三智鷹が妙に静かなのが気になり、確認するために振り返った。
そこには苦笑いを浮かべる彼がいた。
「三智鷹様?」
「……うん。自分は妖側じゃなくて、心底良かったなと思って──おっと、次が来たようだ」
三智鷹は話を途中で切った。
それまでとは違った濃い気配が二階から降りてくる。
「どうやら、この屋敷を牛耳っている奴みたいですね」
相手は自分の気配を一切、隠す気がないらしい。
千依がこれほど、低級の妖達を蹴散らしたというのに、正面から堂々と挑む気でいるようだ。
その場の空気が急にずしんと重くなったため、千依は弓を背中に背負い、強めに柏手を打った。
千依の経験上、自分の周りの空気を清めたい時や目の前にいる妖を祓いたい時は、遠くまで響く弓よりも柏手を打つ方がよく効くのだ。
「っ……! へぇ……。こっちまで来ていた妖気が一瞬で消え去ったね」
褒められて悪い気はしないが、今は三智鷹に返事をしている場合ではない。
目の前に堂々と現れた大物に集中しなければならないからだ。
濃い妖気を撒き散らしながら現れたのは、図体だけは大きい毛むくじゃらの妖だった。
千依たちへとぎろりと向けられた目玉は、この薄暗い中でも良く見えるほどに淡く赤色に光っていた。
……ふむ。これだけ私が近くにいるのに、自ら逃げないなんて随分と根性がある妖だなぁ。
千依の破魔体質が効かないわけではないのだろうが、近付けば近付くほどにその身が軋むように痛むはずだ。
『おのれぇぇっ! 我が安息の地、よくも荒らしてくれたなぁぁっ!』
「いや、元からこの屋敷は人間のものですし、許可なく勝手に棲みついただけで、あなたのものではないでしょう」
やれやれ、と千依は呆れたように肩を竦める。
どうしてこの手の妖は、人のものを勝手に所有物にしたがるのだろうか。
『祓い屋ごときに、我は負けんっ……! 食ってやるっ、食ってやるぅぅ……!』
妖はその場を強く蹴り、勢いを付けてこちらへと突進してくる。
千依はすぐに自分と三智鷹を守るための結界を展開した。
「……今、呪文を唱えずに結界を張ったよね?」
「そうですけど」
それがどうしたと視線で問えば、三智鷹は「規格外だなぁ」とだけ呟き、自分達を襲おうとする妖へと目を向けた。
「……三智鷹様。一度、結界を解くので少し離れていて下さい」
「……うん? 何をするつもりなんだい?」
「あと、五秒で結界を解いて、奴を滅します」
三智鷹から「え」という言葉が漏れ聞こえたが、それを無視したまま千依は妖の前へと出る。
『この我を滅するなど……! よく回るその舌を嚙み切ってやる──』
瞬間、千依と妖の間を遮る結界は消滅する。妖は好機と言わんばかりに、口を大きく開けて襲い掛かってきた。
「その気概に免じて、一発で逝かせてあげましょう」
千依は右手に霊力を集めていく。
後ろから驚く声が聞こえたが、気にすることなく妖を見据え──そして襲い掛かってきた奴の横っ面を思いっきりに殴り飛ばした。
『ぐぉあぁっっ……!?』
妖はまさか素手で殴られるとは思っていなかったのだろう。
千依の拳がその身に触れた瞬間、「じゅわぁっ」と何かが溶けるような音が響き、やがて耳に残る叫びを上げながら妖は塵となって消滅していった。
「よし、完了」
両手をぱん、ぱんと軽く叩いてから千依は振り返る。
そこには顔を引きつらせ、唖然としている三智鷹がいた。
「なっ、何で引いているんですかっ……!? あなたが私のやり方を見せろって言ったんじゃないですか!」
「いやぁ……。思っていたよりも物理で祓っていたから驚いてしまって……。型破りというか、規格外というか。……もしかして、我流かい?」
三智鷹に訊ねられた千依は腕を組みながら答えた。
「そうですよ! どこの流派にも弟子入り出来なかったので、ほぼ独学です」
「はー……。しかし、凄いな……。独学とはいえ、己の才能だけで呪文も道具も必要とせずに祓えるなんて……。妖を物理で祓うなんて、普通はあり得ないからね」
三智鷹はたった今、大物の妖が消滅した場所へと視線を落としながら溜息を吐く。
「このくらいの大物ならば、ほとんどの祓い屋は何かしらの術や道具を使って、まずは妖を弱らせるんだ。たとえば、拝上一門なら足止めの陣を使うし、他の流派ならば香を嗅がせて妖力を抑えたりする方法を使ったり、とかね」
「へぇー」
しかし、それだと逆に効率が悪くないだろうか。
何より、香などの道具が必要となるなら、購入するか自分で作らなければならないということだ。
日頃から節制を努める千依には、仕事用の衣服以外にも金をかけることは難しいだろう。
もちろん、我流で祓い屋をやっていたので、自分の祓い方が他の祓い屋と違うことは十分に理解している。
「……でも今更、祓い方を変えるのは難しいと思いますよ。新しく別の方法を学ぶのはいいんですが、私にはこのやり方が一番、手っ取り早いですし……」
どこかの流派に入れていれば、そこで祓い方を学べただろう。
しかし、門前払いされたため、千依は一人で自分のやり方を手探りで見付けていくしかなかった。
それが体に染み付いてしまっているので今更、術や道具を使った祓い方は逆にやり辛さを感じるのだ。
すると、三智鷹は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、変えなくていいよ。千依さんはそのままが一番、やりやすいだろうし。何より、君の経験から辿り着いたやり方だ。ならば、それを極めた千依さんにとっては、もはや流派とも言えるだろうな」
意外な言葉に千依は目を丸くし、それからじぃっと三智鷹を見つめる。
「……三智鷹様、すぐに冗談を言いますよね」
「おや。割と本気で言っているんだけれどな。……まぁ、弟子入りしたいという人がいたとしても、君が正規の祓い屋の免許を取るまではお預けだよ」
「弟子なんて取りませんよ……」
もう、と溜息を吐けば、三智鷹は「真面目に言っているのになぁ」と呟いていた。
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