九話 初仕事


 三智鷹と結婚し、書類上の妻となった次の日。

 千依は少しだけぐったりとしていた。


 着ているのは、三智鷹が千依のために用意してくれた着物だ。

 華美な色合いではないが、鏡で見た時は自分がお淑やかに見えたので、奇妙な心地がした。


 だが、日頃から擦り切れそうなものを手直ししながら纏っていた身としては、汚さないことを心配してしまう程に上質な布だった。

 この一枚で、一体いくらするのだろう。


 ……こんなにも綺麗な着物が普段着って、お金持ちは恐ろしい……。


 しかし、三智鷹が用意してくれているのは着物だけではない。


 衣服に関するものだけでなく、装飾品や家具なども彼によって用意されており、全てが千依のものだから好きに使って欲しいと言われたのだ。

 もちろん、給与とは別で、である。


 千依は自分だけの私室を用意してもらっているが、三智鷹によって贈られた「高いもの」に囲まれて一夜を過ごしたため、気疲れしてしまったのだ。


 ……くぅ、せめて持参していた着物だったらもっと気楽に着られたのに……。


 最初は持参した着物に着替えようとしていたのだが、女中たちに全力で止められ、三智鷹が用意してくれたものに着替えさせられてしまったのだ。


 拝上家の屋敷には千依と年齢が近い女性はあまりおらず、ほとんどの女中が自分の母親くらいの歳の者ばかりだ。

 どうやら、三智鷹の方針であまり若い女性は雇っていないらしい。


 一人暮らしに慣れている千依は、支度は自分で出来るからと世話を断ったが、女中たちは頑として聞き入れてくれなかった。


 ……まぁ、あからさまに拒絶されるよりはましだけれど……。どことなく、「絶対に逃がさない」という強い感情が伝わってくるような……。


 三智鷹も千依を逃がすまいと策を講じていたが、女中たちからはまた別の理由があるように感じられた。


 やはり、三智鷹の婚約がこれまで三度も解消されたため、やっと嫁いできた千依を逃がさないように囲い込みたいのかもしれない。


 ただ、彼女達は千依と三智鷹の結婚が利害一致の契約によるものとは知らないので、ここまで尽くされると逆に申し訳ない気持ちになってきてしまう。


 

 朝食のために、女中によって案内された一室にはすでに三智鷹がいた。


「やぁ、おはよう。よく眠れたかな?」

「おはようございます。おかげさまで、久しぶりにふかふかの布団で眠ることが出来ました」

「そういえば、昨日の胃もたれはもう大丈夫かい? 結構、苦しんでいたけれど」

「ええ。織人さんが用意してくれた胃の薬を飲んで、一晩寝たら治っていました」

「それなら良かった。……あの薬は昔から拝上一門うちと親交がある祓い屋が作っているものでね。あまりにもよく効くから、医者がいらないと評判なんだ」

「へぇ……」


 どうやら自分は凄いものをいただいてしまったらしい。

 値段を聞きたいところだが、もし知ってしまえば使いづらくなりそうなので、知らないままでいることにした。


 ちらりと座卓の上を見れば、そこには出来立ての朝食が並べられており、千依は思わず目を輝かせてしまう。

 白米と味噌汁だけでなく、焼き魚や卵焼き、漬物が並べられていたからだ。


 依頼者にお礼として食材を貰うこともあったが、それ以外だと野草を煮た汁物ばかりを食べていたので、こんなにもきちんとした朝食は久しぶりだった。


 千依が喉をごきゅっと鳴らしたのが見えたのか、三智鷹は微笑ましげに苦笑し、座るように促してくる。


「それじゃあ、いただこうか。……ああ、遠慮せずにおかわりもしていいからね」

「いいんですかっ!」

「祓い屋は体が資本だからね。しっかり食べておかないと、もたないし」


 千依はこの時、三智鷹がどうしてこのようなことを言ったのか、理由を深く考えなかった。

 何故なら、頭の中は目の前にある美味しそうな朝食のことでいっぱいだったからである。




 

 白米と味噌汁をおかわりした千依は満足げにお腹をさする。帯が緩かったならば、もう少し入っただろう。

 しかし、食べ過ぎては動けなくなるのでこのくらいでちょうどいいのかもしれない。


「ごちそうさまでした!」

「満足したなら、良かったよ。……お腹もいっぱいになったことだし、今日の予定について話そうか」

「……予定?」


 はて、と千依は首を傾げる。


「君には一つ、仕事をしてもらおうと思って」


 三智鷹は右手の人差し指を立てつつ、言葉を続ける。


「祓い屋としての千依さんの力量を知ってはいるけれど、その本質をこの目で直接、確認したいんだ。……そこで、君にはとある屋敷に住み付いた妖達を一掃する仕事を任せたい」

「えー……? 私の役割って、囮だけじゃないんですか?」


 千依が不満げに呟けば、三智鷹はにこりと目を細め、信じてはいけない類の笑みを浮かべる。


「ちなみに定期的な給与とは別でこの件の依頼料は全額、君に支払われるけど?」

「うっ」


 三智鷹の言葉に千依は、ぴたりと止まる。


「それに今日の夕飯は牛鍋にしようと思って、厨房に頼んでいたんだけれどなぁ……。お腹を空かせて帰ってくれば、たくさん肉が食べられるだろうに……」

「牛鍋っ……」


 確か、薄く切った牛の肉を野菜などと一緒に鍋で煮込んだものだと聞いている。溶いた卵と一緒に肉を食べるとさらに美味しいらしい。


 ……食べてみたい……! 牛鍋……!


 朝食を食べ終えたばかりなのに涎が出そうになった千依はぐっと堪え、無駄だと分かりつつも出来るだけ平静を装いながら答える。


「……仕方ありませんね。そこまで言うなら、私が祓い屋としてどのように仕事をしていたのか、三智鷹様に見せてあげましょう」

「ふふ、それは楽しみだね」


 何だか餌につられたような、もしくは上手く丸め込まれた気もする。


 だが、臨時収入と肉が自分を待っているならば、どんな案件でもぱぱっと手早く片付けてみせようではないかと千依は気合を入れ直した。


  

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