七話 当主の伴侶

 

 三智鷹に連れてこられた拝上家の屋敷には、彼の世話をする使用人だけでなく、拝上一門である祓い屋の面々も共に暮らしているらしい。


 ……あとでその人達にも挨拶をしに行った方がいいかなぁ……。


 そういえば、と千依はふと思ったことを三智鷹へと訊ねた。


「三智鷹様は拝上家の当主なんですよね」

「そうだよ」

「前当主の方というか、三智鷹様のご両親に挨拶しなくていいんでしょうか」

「ああ、父は妖祓いの仕事が原因で数年前に亡くなっているんだ。母は……ほら、僕はこんな身だからね。受け入れられないって、実家に帰ってしまったんだよ」


 それは三智鷹が妖に呪われた件に対して、彼の母が拒絶したということなのだろうか。


「……三智鷹様のせいじゃないのに」


 思わずぽつりと呟いてしまった一言は彼に届いていたようで、苦笑が返ってくる。


「あっ、すみません……! 知らないとはいえ、不躾なことを聞いてしまって」

「気にしなくていいよ。僕も、母のことは気にしていないから。……ただ、最期まで僕を後継者として指導してくれた父が今も息子がこんな身だと知れば、嘆くかもしれないけれどね」


 その言葉に千依は何と返せばいいのか分からなかった。


「でも、幸いなことに僕を頼りにしてくれる者は多いからね。彼らの期待と信頼に応えるためにも、立派な当主でいないと」


 そう言って、三智鷹はどこかへ視線を移した。

 廊下を歩く三智鷹と千依に視線を向けてきているのは、拝上一門の者達だろうか。


 ……私くらいの若い人もいれば、父の年齢に近い人もいる……。でも、女性はいないみたい……。


 やはり、当主が連れてきた新しい嫁候補がどんな人間なのか気になっているようで、彼らの千依への関心は隠しきれていない。


「……んん?」


 視線を向けてくる者達の中でも特に、じっと見つめてくる青年たちがいた。

 歳は三智鷹と同じか年下くらいで、廊下の壁に体を隠しながらこちらを見ていた。


 千依が視線を移せば、目が合った彼らは「ひぃぃっ」と短い悲鳴を上げて、頭を引っ込めていく。


「……何ですか、あれ」

「ああ、彼らか。……うーん、自業自得、というか」


 どういうことなのかと説明を求めれば、三智鷹は頬を掻きながら答えてくれた。


「僕が千依さんを妻にすることを彼らは当初、反対していてね。……違法の祓い屋をやっているような、どこの誰とも分からない人間が当主の伴侶だなんて相応しくないって」

「まぁ、それはそうですよね」


 千依は「うん、うん」と同意するように頷き返す。


「で、彼らに言ったんだ。千依さんは君達よりも強いよって。ならば、力量を試してやると言わんばかりに彼らは千依さんに……その、軽めの呪いをかけたようで」


 その言葉に千依はくわっと目を見開く。


「あーっ! 一週間くらい前に私に向けられた呪いって、あなたがけしかけたものだったんですか!?」


 一週間ほど前、ぞわぞわするものを感じ取った千依はすぐに自分へと呪いが向けられていることに気付いた。

 仕事を奪うために同業者が差し向けたものかと思い、千依は遠慮することなく、呪いを返しまくったのだ。


 これに懲りて、愚かなことをしなければいいと思っていたが、まさか自分の夫となる相手の関係者だったとは。

 じぃっと千依が三智鷹を睨めば、彼はほんのわずかだが申し訳なさそうに肩を竦めた。


「けしかけた、だなんて酷いなぁ。僕はちゃんと止めたよ? 『君達の敵う相手じゃない』って。……まっ、結局、千依さんが全部の呪いを徹底的に返してくれたおかげで彼らも誰に喧嘩を売ったのか、その身で理解したようだけれど」


 三智鷹は壁の陰に隠れている者達へと視線を向ける。

 再びこちらを見ていた青年たちは青ざめた表情を浮かべていた。


 確かに千依が彼らから向けられた呪いは命にかかわるものではなかったが、それでも「腹痛」や「頭痛」などの相手を苦しめるものだった。

 それを倍にして返したのだから、彼らはさぞ苦しんだことだろう。


「……今後も同じようなことをされたら、容赦はしませんけど」

「しなくていいよ。その方が、仕掛けた奴にとっても良い経験になるし。それに相手の力量を見極められるようにならなきゃ、この業界ではやっていけないからね」

「そもそも、妻となる相手が呪われかけたというのに、心配しないんです?」

「いやぁ、君は易々と呪われるほど、弱くはないだろう。むしろ、そこらの正規の祓い屋よりも強いし」


 妖祓いの名門と言われる拝上一門を束ねる人にそう言われてしまえば、ちょっとだけ気分が良くなってしまうではないか。


 三智鷹は半歩、後ろを歩く千依に向けて小さく笑いかけてくる。


「だからこそ、この結婚には千依さんが必要なんだよ」

「……」


 そこまで言われると、試すように呪われた件に関しては、水に流してしまいそうだ。


 一般的に、呪いを他者へかけることは禁じられている。

 ただ、目に見えないものであるため、因果関係が証明されない限り、罪に問われにくいのだ。


 それでも、相手に危害を加えようとした確かな証拠があれば、捕まることがあると聞いている。


 しかし、妖祓いを行う者は特殊な術を扱う人間ばかりだ。

 たとえ同業者や妖に呪われたとしても、それを返すことが出来ないような力量では生きていけないのがこの世界である。


 それゆえに祓い屋同士が呪い合うことはお互いの力を競い、高めることでもあるため、命にかかわるものでなければ罪には問われず、不問にされていた。


 ……まぁ、今回の件は仕方がないか……。一門の当主の妻となる人間が違法の祓い屋をやっているなら、その力量を確かめたくもなるでしょうし……。


 相手も千依に反撃されて痛い目にあっているので、「当主の妻」となる人間の力量を身を以って知ったことだろう。

 なので、呪いをかけた相手が分かっても、千依は今回の件は大目に見ることにした。


「……分かりました。でも、あとであの人達を一発ずつ、殴らせて下さい。それで許してあげましょう」

「ははは、構わないよ。僕が許可する」


 元々の原因である三智鷹は千依の言葉に軽く笑っているが、この人もついでに殴ろうかなと思ったことは秘密である。

  

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