五話 妖の呪い

 

 千依にとって利があると察したことに気付いたのか、三智鷹は楽しげに口元を緩めた。


「やっぱり、君は賢いね。……ますます、欲しくなる」

「っ……。お言葉ですが! あなたのような人なら、もっと良い相手がいるでしょう。どうして、わざわざ違法の祓い屋をやっている私と契約結婚したいなんて仰るんですか」

「それはね、君が死ににくそうだからだよ」

「は?」


 こてん、と千依は首を傾げる。


「実は僕、ちょっとわけありでね。……昔、上級の妖に呪われちゃって」

「えっ」


 まじまじと千依は相手を見る。

 三智鷹は肩を竦めながら、言葉を続けた。


「ほら、僕ってば見目も良いし、霊力も高いからそういうところが気に入られたみたいで。それで、僕が二十歳になる時に強制的にその妖との間に夫婦の契りが結ばれる呪いをかけられてしまったんだ」

「自分で見目が良いと言っているところは置いておきますが、そんなことをする妖もいるんですね……」


 三智鷹は妖から受けた呪いを上手く隠しているようで、彼からその気配は感じられなかった。


「けど、その後が特に問題でね……。思っていたよりも嫉妬深い妖だったんだよ、これが」


 やれやれと言わんばかりに三智鷹は軽く溜息を吐く。


「その当時、僕には同い年の許嫁がいたんだけれど……。それを妬んだ妖が許嫁を呪ったことで、彼女は病気になってしまってね。手を尽くして何とか回復はしたけれど、婚約続行は耐えられないって解消になったんだ」


 そりゃあ、そうだろうなと千依は元許嫁を労わるように頷く。


「しかも、三回ともこの妖のせいで婚約が破談になっているんだ」

「思っているよりも被害者が多かった……」

「例の妖を討とうとしても、逃げ足が速くて捕まえられないし困っているんだ。……もしかすると、僕が二十歳になる日を待ち続けているのかもね」


 そう呟く三智鷹の表情にはどこか、薄暗いものが感じられた。


「そこで、だ。呪われても大丈夫そうな相手といっそのこと、先に結婚してしまおうと思って。そうすれば、向こうは何が何でも殺そうと、姿を見せてくれるかもしれないだろう?」

「それって、ようは私に囮になれって言ってます!?」

「大正解! だって、君、呪われてもぴんぴんしながら呪いを跳ね返しそうだからね!」

「乙女に向かってなんて失礼なことを言うんですか!」


 しかし、その通りなのでそれ以上の反論は出来なかった。

 

 経験上、呪いを受けたことはあるがそのまま相手に返したり、握り潰してきた。

 はっきりいえば千依に呪いは「効かない」のだ。


 それこそ、自分を呪いたいならば上級の妖か──神格級の何かでなければ、無理だろう。

 それくらいに呪いには耐性があった。


 三智鷹はそれさえも知っているらしい。


「僕が君を雇いたいところはそこだよ。……勝手に調べさせてもらったけれど、君は立っているだけで妖を退ける特別な力を持っている──そうだろう?」

「っ……」


 どうやら、そこまで調べてきていたらしい。

 千依自身、誰かにこの力を明かしたことはないので、その観察眼には不気味さを覚える程だ。


 ……人を調べることに長けている人でも使ったのかな……。


 小さく唸りながら、ここ最近のことを思い出そうとしたが、周囲に自分を調べるような怪しげな人はいなかったはずだ。


「無関係の君に頼むことは間違っているかもしれないけれど、これは最後の賭けでもあるんだ。……僕は二十歳になる前に──呪いが完成する前にどんなことをしてでも、あの妖を討たなきゃならない」


 それまでの軽薄そうな雰囲気とは打って変わって、彼は真剣な表情で真っ直ぐ千依を見てくる。


「誰よりも祓う力が強いからこそ、君が欲しいんだ。……白小路千依さん。どうか、僕に協力してくれないか」


 絶対的な意志を宿した瞳には、諦められないという強さが浮かんでいた。


 妖を祓う力が強いとはいえ、素人の中の素人である千依に頼る程だ。

 彼には恐らく、時間がないのだろう。


 だからこそ、三智鷹からは定められたものに抗おうとする強固な意志が感じられた。


「……ちなみに、私が逃げたらどうするおつもりで?」

「ふふっ、僕から逃げられる自信があるんだ。いいね、そういう強気なところ。……でも、そうだなぁ……。君が『祓い屋』としての仕事がこの国で出来ないように手を回す、かな」

「うっわぁ……」


 思わず声が漏れてしまう。

 彼は冗談っぽく言っているが、目を見れば本気でそうするつもりだとすぐに分かった。


 三智鷹は一歩、千依へと近付いてくる。


「さて、どうする? このまま僕に捕まり、罰金を払うか──もしくは、わけありの僕と契約結婚をして、協力するか」


 どちらがいいか、と笑みを浮かべて訊ねてくる三智鷹の表情から圧を感じた千依は顔を引きつらせる。


「結局、どちらにしても脅してくるんじゃないですか」

「僕も後が無いからね。使えるものは使わせてもらうよ。……結婚といっても、あくまでもお互いの利のためだ。僕達の間に子を設ける必要はないし、仮に例の妖を討つことが出来れば、離婚だって出来る」

「……」

「それに君、正義感から妖祓いをやっているわけじゃなくて、お金が欲しくてやっているんだろう? 僕なら、君が欲しいものを与えられるかもしれないよ」

「なっ、どうしてそれをっ……」

「言っただろう、色々と調べてきたって。まぁ、欲しいものが何なのかはさすがに分からなかったけれど」


 正直、ここまで自分のことを調べられていると知ってしまえば、背筋にぞっとするものを感じてしまう。


 恐らく、今、提案を断ったとしても彼は全力で千依を囲おうとするだろう。

 つまり、目を付けられた時点で千依に選択肢はなかったようだ。


 何だか三智鷹の思い通りにいっているようで、癪である。

 けれど、疑うことなく千依の実力を見抜いてきたのは彼だけだ。


 ……まぁ、呪いを退けられる上に妖への対処を心得ている、ちょうどいい嫁って中々いないだろうし……。


 千依は胸元へと手を添える。

 そこにあるのは、正規の祓い屋が受け取る報酬としては少な目の額が入った封筒だ。


 千依には、ずっとずっと欲しいものがあった。

 それこそ、お金を貯めるまでに何年かかるか分からないが、どうしても手に入れたいものだ。


 そのための一歩が、今、掴めるかもしれない。


 三智鷹の伴侶となれば、彼を呪った妖に目を付けられるだろう。危険な役目が待っているかもしれない。

 だが、それがどうしたというのだ。


 ……これまでやってきたことと何も変わらない。妖が相手なら、私はそれを祓うだけ。


 ふぅー、と深めに息を吐いてから千依は三智鷹へと向き直る。


「分かりました。囮という名の妻の役目、謹んでお受けします」


 そう答えれば、三智鷹の表情がぱぁっと明るくなった。

 ここでうやむやにされるわけにはいかない、と千依は人差し指を立てながら念を押す。


「ただし! きちんと契約書を書きましょう。こちとら命がけの結婚をするんです。定期的な給与とは別に、臨時の案件が起きた際には追加報酬を支払うと約束して下さい」


 千依が至極真面目にそう言えば、三智鷹は口角を上げた。


「いいね。目先のものに流されずにしっかりと自分の意見を通すところも気に入ったよ」


 まるで楽しんでいるように、三智鷹は千依を見下ろしてくる。

 ならば、と挑むように千依が彼を見上げれば、三智鷹は目を細めて笑い返してきた。



「──それじゃあ、今日からよろしく頼むよ、僕の奥さん」

 

   

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