三話 陣宿しの拝上


 誰も見ていないことを確認した千依は口元を覆っていた白い布を外し、折りたたんでから懐へと入れた。

 その際に先程、依頼人からお礼として貰ったお金が入った封筒が指先に当たる。


 ……ふっふっふ……! いやぁ、今日もいい仕事をしたなぁ。


 懐に抱く封筒の中身を早く確認したい衝動に駆られながらも、千依はほんの少し早足で家路を急ぐ。


 ……んっ……?


 ふと、どこからか強い視線を感じて、千依は何気なく顔を上げる。

 見上げた空には、少し大きな黒い鳥が飛んでいるだけだ。


 どうやら、視線は気のせいだったらしい。


 ……あ、そうだ。早めにこれを処分しておかないと。


 千依は小路へと入り、先程、妖を呼ぶ力を懐紙へと移したものを取り出す。


 念のために周囲に人がいないことを確認してから、千依は右手の人差し指と中指で斬る動作を行った。


散火さんか


 瞬間、懐紙は燃え上がり、即座に灰へと変わっていく。


 これは別の祓い屋が使っていたものを見よう見まねで覚えた術だ。

 生活する上で割と便利なので、結構な頻度で使っている。


「よし、完了っと。さぁて、今日の夕飯は何にしようかなぁ」


 せっかく、依頼料が入ったので美味しいものを食べたいところだが、そこをぐっと我慢する。


「……ううん、無駄遣いは駄目、駄目。今日も野草の汁物にしよう、そうしよう」


 千依はお金を貯めるために祓い屋をやっている。

 その目標金額までは果てしなく遠く、到達するまで数年以上はかかるだろう。


 それに人は一度、贅沢を覚えると忘れられなくなるという。

 ならば、腹が満たせるものを食べるだけで十分だ。


「あぁ、お肉、お肉が食べたいなぁ……。もう、何年も食べてないよ……」


 外国から入ってきた文化の影響で、この国の料理や調理方法は劇的に変わったと聞く。

 特に、衣を付けた肉を揚げたものが美味だと耳に挟んだのだが、その際には涎が出そうだった。


 せめて兎か猪、もしくは鶏を狩り、捌く術を持っていればと思ったが、たとえ出来たとしても人が溢れるこの皇都でそのようなことを行えば、何かしらの罪に問われてしまうかもしれない。


「お肉……」

「──そんなに肉が食いたいなら、食べさせてあげようか」

「はい?」


 聞いたことのない声が後ろから聞こえ、千依は振り返る。

 そこには帽子を被っている若い男がいた。


 最近よく見かけるようになった墨色の外套を着ており、下は樺茶色の馬乗り袴を履いている。

 青年は黒い手袋をはめた手で、くいっと帽子のつばを上げたが、その見目は千依より少し年上に見えた。


 女性に好かれそうな整った顔立ちをしているが、帽子の下から向けられる眼光に、千依は何となくだが只者ではない気配を感じ取る。


「……」


 独り言が大きすぎて、変な人に絡まれたのだろうかと思ったがそういうわけではないと自分の勘が告げている。


 ──逃げろ、と。


「……ご遠慮します」


 踵を返し、千依は駆けるために足に力を入れるも、目の前にはいつの間にか怪しげな青年がいた。


「えっ、あっ……!?」


 すぐに立ち止まってから後ろを振り返る。

 同じ姿をしている背後の男性は、一瞬だけだがゆらりと揺らめいた。


「っ、幻影……!」

「おや、すぐに幻影の術だと気付くとは。さすがは無免許で祓い屋をやっているだけの力量はあるようだね」

「なっ……」


 それはつまり、相手は千依を調べた上で、相対しているということだった。

 恐らく、隠形の術で姿を隠し、挟み撃ちにしようとしていたのかもしれない。


 ……まずい。これはかなりまずいかも……。


 せめて、小路に入らなければ逃げられたかもしれない。こう見えて、足は速いのだ。

 じりじりと、青年は千依との距離を詰めてくる。


 ……力任せに吹っ飛ばすことは出来るけど、私を違法の祓い屋だと知っている上で接触してきているなら、何か対策を講じているはず……。


 背負っている弓を扱えるならば、威嚇になったかもしれないが、これはあくまでも鳴弦を行うための道具だ。

 矢をつがえて飛ばせば、それこそあらぬ方向へと発射されるだろう。


「──白小路しらこうじ千依ちよりさんだね?」

「……捨てた苗字まで調べたんですか」


 どうやらこちらが思っているよりも、相手は千依のことをよく調べてきているらしい。


「全ての物事は相手を知ることから始まるだろう? それに妖祓いだって、同じさ。どんな妖が相手なのか、調べておかないと対処は出来ないし」


 それはつまり、彼も「祓い屋」であるということだろうか。

 青年は帽子を片手で掴み、それから脱いだ。


「改めて、はじめまして。……僕は拝上家の当主、拝上おがみ三智鷹みちたかだ」


 人懐こそうな笑みを浮かべるも、胡散臭さが倍増するだけだ。

 だが、「拝上」という苗字に聞き覚えがあった千依は目を大きく見開く。


「拝上って……確か、祓い屋の名門として有名な……」

「知っていたか。……そうだよ。拝上一門とは僕の家の流派のことだ」


 にこり、と三智鷹は笑う。

 一方で千依はなおさら、簡単には逃げられないことを察していた。


 祓い屋にはそれぞれが築いてきた技術を継承していく流派がある。

 たとえば、紙で作った式を自在に操作する流派や霊力で鍛えられた武器で妖を討つ流派、さらには作った呪具で妖を祓う流派など様々だ。


 そして、拝上一門といえば、「陣宿じんやどしの拝上」と呼ばれており、多種多様な陣を使って妖を祓う流派だ。


 正規の祓い屋から距離を置いている千依でさえ、拝上一門の仕事ぶりは耳に入ってくるほどに有名だった。

 その一門を束ねる当主が今、目の前にいた。

   

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