第25話 電話
夕方になった頃、愛理のスマホが鳴り響いた。画面を見てみると千紗だったので、愛理はすぐに電話に出る。
「もしもし、千紗?」
『あ、愛理? 千紗だよー!』
明るい千紗の声を聞いて、もやもやした気持ちが少しだけ楽になった気がした。愛理は表情を緩めて答える。
「急にどうしたの?」
『大した用はないんだけどね。あ、そう言えばラインで明日ソファが届くって言ってたね? 家具が揃ったらさ、今度は他のみんなと一緒に新居にお邪魔させてよ。この前は湊斗には会えなくて残念だったし』
「う、うん、そうだね」
愛理は今日見つけた物を思い出して複雑な気持ちになる。あれがなぜあんなところから見つかったのか、答えは未だに出ていない。
『いつもは晴れ屋で飲んでばっかだから、たまにはホームパーティーとか楽しそうだよね! あ、愛理たちが大変かな』
「ううん、楽しそう。いつかやりたいね」
『よかった! 楽しみにしてる。……あ、そういえばソファと言えばさ。同じ大学の、かおり分かる? 愛理はあんまり仲良くなかったよね』
ぼんやりと顔は浮かぶものの、愛理はほとんど話したことがない相手だった。連絡先も知らないし、一緒に飲んだこともない。
『かおりから聞いたんだけど、あそこ今離婚危機らしいの。原因がね、旦那の不倫!』
「ええ、そうなの?」
『それもさ、かおりが仕事中に女を連れ込んで、リビングとかで事に及んでたらしいのー! 気持ち悪いよね、最悪じゃない?』
千紗のセリフにどきりと愛理の胸が鳴る。
仕事中に、他の女性を家に入れて……?
『どうやら家の近くで、元カノと再会して盛り上がっちゃったんだって。せめてホテル行けよって思わない? 旦那を問い詰めたらしいけど、こういうこと男は断固として認めないらしくて、最後までしらばっくれてたみたい。でも動かぬ証拠があったから、結局離婚するんだって』
愛理の心臓がバクバクと動いて胸が苦しくなった。落ちていたゴムのごみ、湊斗の忘れられない元カノ……いろいろな物が愛理の頭の中でよみがえり、嫌な展開が思い浮かぶ。もし湊斗がかおりの夫のように忘れられない元カノと近くで再会して、そのまま盛り上がったら……?
そもそも自分たちは本当の夫婦ではないのだから、湊斗が他の誰かと恋愛を始めても、自分に責める権利はない。
(いやでも待って。好きだった人と再会して盛り上がったにしても、私と住む家に連れ込むなんて無神経なこと、湊斗がするとは思えない。本当の夫婦ではないけど、私の家でもあるんだもん。しかも、湊斗の部屋もあるのにわざわざリビングでって……)
そう思い直したが、ソファの下に残っていたゴミの説明はつかない。
愛理は呆然と立ちつくし、混乱した。胸がもやもやして痛くてたまらない。まるで、本当の夫婦のように。
『……ってことがあって、もう私も一緒に怒れちゃって。愛理に愚痴を聞いてもらいたかったんだよ! 最低だよね?』
「た、確かにそれは最低だよ。うん」
『男って盛り上がると自制が効かなくなるからさ? かおりの旦那さん、私会ったことあるけど凄く紳士で素敵な人だったの! だから信じられないけど、男ってそんなもんなのかもね』
男ってそんなもん――愛理の言葉に重くその言葉がのしかかる。同時にどこかで聞いた、友達としてはいいやつでも、恋愛が絡むとクズになる人間は男女問わずいる、という言葉も。
ポケットにあるゴミを湊斗に見せて、『これなに?』と問い詰めれば答えは出るのかもしれない。本当の妻ではないけれど、同居人なのだから女性を連れ込むことに関して追求する権利はあると思う。
ただ、そうした時、もし――『実は昔、凄く好きだった人と再会して……愛理と結婚したことを後悔してる』なんて言われたら? 立ち直れない、と愛理は思った。
ああ、自分はやっぱり湊斗が好きなのか。
ずっとそんな対象ではないと思っていたのに。家族のように思っていたのに。一度意識してしまうと、どれだけ自分が彼に支えられて来たか思い知らされる。
小学生の遠足の時、お弁当をひっくり返してしまった愛理に分けてくれたのは湊斗だった。中学の時、クラスの女子に無視されて辛かった時も、一番に気づいてくれたのは違うクラスの湊斗だった。
『しっかり者で強そう』なんて印象をもたれる愛理を、いつでも心配して女性扱いしてくれたし、実は内面は結構ずぼらなのに笑っていてくれるのも湊斗だった。
こんな時にようやく、愛理は自分の気持ちを思い知った。
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