第23話 空中戦
「おいおいおい、どうなってんだこれ‼」
レイノルドの叫び声が森の上空に響き渡っていた。
「ルクスさん、着地はどうするんですか⁉」
ウィルの至極真っ当な疑問の声が聞こえる。
「考えてあるから大丈夫です」
自分の声はどこまでも落ち着いていた。
今三人は、森の上空を飛んでいた。正確には吹き飛ばされているという表現が正しいだろう。ルクスの魔法によって上空に射出された三人は、街の方向へ綺麗な放物線を描きながら飛ばされていた。三人の周りには三つの巨大な土塊が追従していた。ブラフのためにルクスが作っていたものだ。
「着地の時は土塊の上に乗ってください。人を浮かべる魔法は使えませんが、土塊を浮かべる魔法で着地します」
レイノルドとウィルはその手があったかと顔を見合わせる。
「それを最初に思いつけてたらもう少し楽だったって事か」
「すいません、さっき思いついたんです。それに初めての試みなので成功するかは分かりません」
「……まぁ、あんまり気負うな。あそこに留まってるよりはマシな結末になるだろう」
恐るべき速度で飛行する彼らの目に、森の切れ目が映る。
「ははっ、こりゃ良いな」
今まで苦労してきたのが馬鹿らしくなるほどの速さで森を抜けようとしていた。長かった遠征もこれで終わる。そう三人が考えていると、森の中から爆発音が聞こえた。
音の発生源の方を見ると、森に土煙が被っているのが見えた。
「何か飛んでくるぞ」
小さな点が直線的な動きでこちらへ向かって飛んでくる。デイモンの放った何かが来ると考えていたが、彼らの予想は大きく外れる事となった。
「あれは……、人間か?」
人型の飛来物はどんどん近付いてくる。身につけた鎧、銀色の髪から、飛んできたのがデイモンの連れの女だと分かる。銀髪の女は剣を抜くと、物凄い勢いで突っ込んできた。
「くっそ!」
最初の一太刀はレイノルドが受け止めるが、空中にいて足場が無いため地面の方向へと吹き飛ばされる。土塊を操作して何とかレイノルドの足場にする。
その間も、最初の射出の勢いのまま森を抜ける方向へと三人は移動していた。銀髪の女は足場を失って地面に落ちていくと思われたが、どういう原理か空中を蹴って移動していた。
「あの女ヤバすぎるだろ」
空中を跳ね回るように動くため、彼女の動きを読むことは出来ない。ルクスの得意としている散弾は、材料が近くに無いため撃つことが出来なかった。三つの土塊は手元にあるが、着地の事や、彼女との空中戦を考えると武器として使う選択肢は出てこない。ひとまず三つの土塊を並べて、三人の足場とするしか無かった。
水や火魔法による攻撃が主体となるが、使い慣れていないせいで銀髪の女を仕留めるに足る魔法とは言えなかった。
銀髪の女は角度や速度を変えながらルクスたちに斬りかかった。レイノルドが率先して受けに回ってくれていたが、足場が不安定なため、三回に一回はルクスの至近距離を剣先が通過していた。
「こんな場所で死ぬわけには……」
空にいる事、目の前を剣先が通過していく事でアドレナリンが出て、恐怖を感じる事は無かった。しかし焦りから思わず日本語が漏れ出る。
彼女の猛攻は止まる事が無かった。ルクスたちの生命線が土塊にある事に気が付くと、土塊にも攻撃を浴びせ始める。
「一回地上に降りるしか無いんじゃないか⁉」
「森の中であのスピードで襲われたら一瞬で全滅します!」
視界が開けている空中だからこそ何とかなっていた。銀髪の女は土塊に攻撃をするが、ルクスは既に強化魔法をかけていたため、土塊を崩すという女の作戦は通用しなくなっていた。
膠着状態に思えたが、土塊への攻撃に意味が無いと悟ると、三人に向けて猛攻を再開した。
「当主様の配下になるのならば許してやります!」
「今は興味ないんです!」
火球を飛ばすが、銀髪の女は火球を斬り捨てた。
「何で炎を斬れるんだよ!」
悪態をついても状況は好転しない。レイノルドの受けをすり抜けた剣が三人に到達する事が増えていた。ウィルやルクスで治療するが、魔力を使わされているのを考えると長くは持たない。
どうにか状況を打開するしかないと考えていると、森の方で大きく空気が歪むのが見えた。最初に飛びだしてきた地点から発生していて、空気の歪みはこちらに向かってやって来る。歪みが到達したかと思うと、凄まじい勢いで身体が上空へと弾き飛ばされる。
「くっ、風か……!」
それはデイモンが放った風だった。あまりにも強い風は空気に歪を生じさせ、遠距離からの攻撃を可能としていた。
殺傷能力の無いただの強風を送り込んで何がしたいのかと考えていると、三人がバラバラになってしまったことに気付く。土塊は風に吹き飛ばされていないため、三人は足場を失った状態で空中へと投げ出されていた。
「これはマズい」
ルクスは大急ぎで土塊をそれぞれの足元へと送り込むが、それよりも早く銀髪の女が飛び込んでくる。でたらめに放った火球は再度斬り捨てられ、ルクスは銀髪の女に首を絞めつけられる。同時に杖を持った方の腕も拘束されてしまう。
「配下になれとは言わないです。連れて帰れば同じ事でしょうから」
「うぐっ……苦しいので、離し、て」
「離したらまた小細工するでしょう、あなたが気を失うまでこのままです」
首を絞められているせいで、周囲の状況を確認する事が出来なかった。レイノルドとウィルは自由落下中のはずで、一刻も早く土塊で回収しなければいけなかった。
「当主様は無用な殺しを嫌いますが、あなたの仲間たちの死は許容してくれるでしょう」
首を掴む力は強くなっていき、徐々に視界が暗くなっていく。
「仲間を、……殺したら、絶対に、服従なんて、しない、ぞ……」
「だとしても身柄を抑えるのが一番重要です。当主様の元にいればそのうちに改心するでしょうし」
銀髪の女と問答を繰り返すのは時間の無駄だと気付く。どうにかしなければいけないが、ここまで接近した相手に魔法を撃つと自分の身も危なく、魔法を使って脱出する事が出来ない。
視界が暗くなっていく中、空いている方の手で女の腹や顔面にパンチを繰り返すが、子供の身体で踏ん張りの利かない状態で彼女に有効打を与える事は叶わなかった。
にっちもさっちも行かない状態で、破れかぶれの行動を取った。
おもむろに彼女の”胸をもんだ”のだ。
「ひゃっ」
効果はてきめんで、彼女はルクスの首と手首を掴んでいた手を使って胸元をガードする。
「あなた、淑女に向かってなんてことを‼……、あ」
激昂する間もなく、ルクスの拘束を解いてしまったことに気付く。ルクスは僅かな隙を付いて身をひるがえし、ウィルとレイノルドを補足する。すんでのところで彼らを土塊で回収し、そのまま地上に降ろすべきか迷った。
自分が空中にいれば銀髪の女はウィルとレイノルドにちょっかいをかけないだろうし、墜落の心配をしなくて済む。デイモンが魔物をけしかける可能性も低いため、地上に降ろすのが得策に思えた。
そのまま上空から森の方を見ていると、鳥が飛んでいるのが見えた。普段なら特に気にしない光景だったが、一羽だけで飛んでいるのが目に付いた。
何故気になったのか分からないが、違和感だけがあった。気を取られているうちに後ろから銀髪の女に拘束される。拘束される直前にレイノルド達を上空に退避させる。女の対処に時間をかけ過ぎると、再度墜落の危機が訪れてしまう。
「お姉さんって、どうやって空を飛んでるんですか?」
今感じている違和感は、彼女が空中を飛び回れる事に関係している気がした。
「言う訳無いでしょ」
彼女は淀みなく答える。確かにこの質問に対してはそう答えるしか無いだろう。
「もしかして自分では魔法使って無かったりします?」
「……何でそう思うのよ」
カマかけだったが、返答に時間がかかった事が正解を物語っていた。
杖を持っている手は背中側にあったが、自分の身体の正面に火球を作り出し、鳥に向かって放つ。それに気づいた銀髪の女はルクスの手を捻り上げた。
「痛てて!」
魔法制御を狂わせる為の行動だったが、火球は鳥に直撃した。同時に、ルクスを捻り上げていた彼女は地上に向かって落下を始めた。
「やっぱり、あんたの足場を作ってたのはデイモンだったか」
この場を切り抜ける方法が見つかって思わず声高に叫ぶ。ルクスは銀髪の女の空中闊歩の秘密に気付いたのだ。
ルクスは、自分の両手を斬り飛ばした魔法は”風魔法”だと当たりを付けていた。デイモンの”空気がヒント”という言葉と、自分達を上空に舞い上がらせた突風から、デイモンが風魔法を得意としていると考えたのだ。
次に、そういう魔法を使えたとして自分ならどう使うかを考えた。
人の骨まで両断できるレベルに空気を圧縮し、1km先まで届く突風を起こせる風魔法。間違いなく、現代科学では到達できないレベルに空気を圧縮しており、文字通り魔法のような現象を引き起こせるはずだ。
そのような極限の圧縮能力があれば、空気を固めて人が乗れる足場を作れるのではないかと考えた。つまり、銀髪の女の移動先にデイモンが足場を用意していると思ったのだ。
しかし、デイモンと銀髪の女は遠く離れているため、正確に足元の空気を固める事は難しい。そのため、女の位置を正確に知るための目が必要になる。地上の魔物の視界を利用しても、樹々に邪魔されてしまうため意味が無い。それで樹々に邪魔される事無く視界を確保できる”鳥”の視界を利用していたのだろう。
目立たないように低空を飛ばせていたのだろうが、それが違和感となってルクスに看過される事となったのだ。
「俺たちの勝ちだ!」
自分の手を掴んでいる手が落下していくのを感じて、背後にいる銀髪の女に向かって勝ち誇る。
「いえ、まだ私が優勢です」
彼女はそう言うと、掴んでいたルクスの両手を解放してルクスの身体に抱き着いた。予想外の行動にどぎまぎするが、彼女の狙いが分かって戦慄する。
「もしかして、このまま落下する気ですか?」
「えぇ、私は身体が頑丈ですから死にはしないと思います。あなたは死ぬかもですが」
「俺が死んだらデイモンが怒るんじゃないか?」
「当主様であれば、”手に入らないなら殺してしまえ”と言ってくれることでしょう」
突然仕掛けられたチキンレースに脳が混乱する。
土塊を足場にすれば落下は避けられるが、銀髪の女も付いてくる。土塊の上でひと悶着しているうちに別の”目”がやって来て、彼女はまた空中を飛び回るだろう。とは言え、このまま落下してしまうと自分の命は無い。
死ぬのだけは避けようと土塊を寄せようとするが、レイノルドの叫び声が耳に入った。
「俺を近づけろ!その背中の女は俺が斬ってやる!」
彼の冴えた提案に乗って、レイノルドを乗せた土塊を引き寄せる。すると、背中に感じていた銀髪の女の感触が消える。
「……落下の前に斬ってしまいますか」
後ろから物騒なアイデアが聞こえて、空中で物凄い勢いで振り返る。既に彼女は腰の剣に手をかけていて、抜刀すればルクスの命を葬れる状態だった。
しかし、彼女は悩んだ。
殺すのは安全な択で、当主様に叱られる事は無い。しかし、ルクスを見た時の興奮の表情は暫く見た事が無かったもので、ルクスに本当に興味を持っている事が分かった。当主様にとって”特別”なものをこの世から消し去ってしまうのが本当に最善なのだろうか。
一瞬悩んで、彼女は結論を出した。
「次会った時に成長していなかったら殺しますからね」
彼女は近づいてきたレイノルドの土塊を蹴って、地面へと墜落していった。物凄い勢いで着地したようで、着地点周辺の樹々がへし折れているのが分かった。
解放されたルクスは自分の足元に土塊を用意して、森の出口へと進路を取った。
「私の事も忘れないでくださいねー」
ウィルも回収して、三人一緒に帰路に着く。
銀髪の女は森の中に着地したため、デイモンと合流するのには時間がかかるだろう。デイモンに位置を共有できていなければ空を翔けることは出来ず、ルクスたちを追跡することは出来ない。デイモンも、あれだけ遠くから魔法を放ったという事は高速で移動する方法は持ち合わせていないのだろう。
暫く移動すると森の切れ目が見える。
ちょうどケイトリン達が森を抜けたのが見えて、しかも街から応援が大量にやって来ているのが分かった。それを見たルクスは深く息を吐いた。
「まだやる事は山積みだが、よくやったなルクス」
「本当に大した少年ですよ」
レイノルドとウィルが背中に添えた手は暖かく、誰一人かけることなく森を抜けられたことにひたすら安堵するルクスだった。
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