第7話 トゥルグ

 弟子(?)を始めて取った。

 しばらく取るつもりは無かったのだが、なし崩し的にそうなった。


 第一印象は、顔は良いが冴えない奴。しかし、魔法を行使した後は様子が違っていた。訳の分からない言語で喚き散らしたのには驚いたが、それ以上に、顔つきが大きく変わっている所に興味を持った。


 彼はルクスと名乗った。どこからどう見ても年端のいかない少年だった。

 彼の素質は申し分ない。始めて魔法を使ったはずなのに方向指定が出来ていたし、全く同じ出力の魔法を使えていた。魔法を行使した後の”魔力酔い”も無いようで、本当に初めて魔法を使ったのかと疑ってしまったぐらいだ。


 魔法使いの世界は、看板が重要だ。師匠が有名なら弟子への注目も高まるし、それの逆も起こり得る。裏を返せば、パッとしない一門は地味な仕事と役割だけを渡されて、一生日陰を歩かされることになる。

 私はというと名声を積み上げている段階だった。辺境の街、トゥルグではそれなりに有名になっていたが、有名な魔法使いの一門と比べると実績が足りず、それを覆せるだけの実力も無かった。


 そこにルクスが現れた。彼は光り輝く原石だ。磨いたところで価値のある物になるか分からないが、私と同じレベルには辿り着けるだろう。

 魔法使いの世界では上下関係は絶対的なものだ。彼が真面目に仕事に取り組んでくれれば、師匠である私は楽が出来るはずだ。その為にも、いち早くルクスを立派な魔法使いに仕立てる必要があった。



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 俺と兵士たちを乗せた馬車は山道を走っていた。孤児院と街とを隔てている山を越えているようだ。山間の平地部分を走ってるため道は曲がりくねっており、馬車は思うようにスピードを出せていない。

 どうらや、これから向かう街の名前がトゥルグらしい。孤児院は街から離れた場所に建てられているが、大まかなくくりではトゥルグの一部ということのようだ。


 ずっと木々に囲まれているので景色が変わらず、退屈だった。半日とは言うが、太陽の位置も分からず、時計のような便利な道具も無いため、いつトゥルグに到着するのか分からない。

 俺が乗っている馬車には、ケイトリンと白いローブの男、前衛職の兵士が二人乗っていた。恐ろしく会話が弾まない馬車で、甲冑の兵士たちが気を利かせて会話を投げ掛けるのだが、魔法使い連中がそれに答える事は無かった。俺にも会話を振ってくれるのだが、あまりにも拙い英語しか話せないので、馬車内での会話は早々に消えた。

 

 何となく外の景色を見ているが、日本っぽくない植生だなと思うだけで、特別目を引くような景色では無かった。地球の国で言うとどの辺りなのかは知っておきたかったが、それを導き出せるだけの情報は無かった。街に着いたら地図を探す必要がある。


 眠気に耐えていると、樹の密度が減ったことに気付く。もしやと思っていると、森の中から抜けて、開けた平野に出た。平野の向こうには白色の壁が見えた。かなり遠くにあるはずだが、途方も無く巨大な建造物に見える。しばらく走ると壁の根元に辿り着くことが出来た。


 白色の壁の高さは30mぐらいありそうだ。大きな壁は、緩やかな曲線を描きながら左右へと続いていた。前の世界では中々見られない規模の建築物だ。呆気に取られていると、ケイトリンがこちらを見て笑っているのが見えた。いかにも子供らしい反応だったのだろう。


 壁の周りには溝が作られており、水が張ってあった。濁っているため、どれだけ深いのか見当もつかなかったが、外敵対策だとすれば、成人男性が立っても足が付かない程度には深いのだろう。

 水が張ってあるため、街への通り道には橋がかけられていた。今いる場所の他に橋が架かっている場所は見当たら無いが、これも外敵対策で数を絞っているのだろう。入り口が少ない方が守りやすいに決まっている。


 橋もかなり巨大に見えた。馬車が余裕を持ってすれ違える幅があり、ぎゅうぎゅうに詰めれば四台同時に渡れるかもしれない。街の周囲の溝幅が大きいため橋も長くなっている。橋には鎖が伸びていた。鎖は街門の上の方まで続いており、跳ね橋になっている事が分かる。

 ここまで長大な橋が木材ベースで作られている事に違和感があった。枠組みには鋼鉄が使われているとはいえ、これだけ巨大な物を木材で支えられるのだろうか。疑問に思って、馬車の上から検分しているとある事に気が付く。


「綺麗すぎるな」

 

 橋に使われている木材には、パッと見て分かるような損傷が無かった。定期的に修繕が行われているとしても、不自然なくらいに綺麗だった。馬車の往来が多そうな橋の中央部分ですら、轍による損傷が少し見受けられる程度で、腐食が進んでいたり、樹の繊維がはみ出しているような箇所は少なかった。

 橋から街門に向かって伸びている鎖もだ。橋を上げたり下げたりするたびに鎖の輪っか同士で接触するため、塗装が取れたりで錆が発生しているはずなのに、やたらと綺麗な状態が保たれている。


「もしかして、橋、ずっと開いてる?」

「いや、日が沈んだら跳ね上げて、日が昇ったら橋を架けてるんだ」


 甲冑の男が応えてくれた。

 彼の言うことが本当だとすれば、橋を構成している素材は驚異的な強度を持っている事になる。現代よりも進んだ技術がある可能性が出てきた。


 俺が驚嘆しているうちに馬車は橋を渡り切った。門をくぐると街並みを眺める事ができた。


 一番最初に目を引くのはやはり、街の周囲を囲っている壁だった。遠くに反対側の壁が見えて、それが綺麗な円を描くように街を囲っているのが分かった。

 基本的に二階建ての建物が多いようで、それよりも背の高い建物は少なかった。唯一、街の中央の方に五階層ありそうな建物が建っているが、壁の高さと比べるとかなり小さく見えた。

 

 街の通路の引かれ方も特徴的だった。というのも、今しがた馬車が通っている道がどこまでも直線で続いており、反対側の壁まで真っすぐ繋がっているように見えるのだ。日本の曲がりくねった道に慣れた身には珍しく見える。道幅は広く、あちこちで露店を開く人たちの姿が見えるが、馬に轢かれる心配がいらないぐらいには道幅に余裕があった。


 円形の外壁に、一直線に伸びる道。


「ステレオタイプな街だな」


 俺にはこの街並みが典型的なものに見えてしまった。いわゆる”異世界転生”と呼称される作品群によく見られる街並みと同じなのだ。円形の外壁が防衛に際して効率の良い形状であるのは分かるが、平地のど真ん中に建設するだろうか。孤児院との間にある山間に街を建てた方が、防衛面では有利そうに思える。


 やたらと巨大な構造物に、綺麗すぎる設備、どこまでも典型的な街並み。

 魔法がある世界なのに昔いた世界と全く同じ星座が見えるし、元の世界とは別の世界だと思ったら、英語を使っている。ひたすら積み重なっていく疑問点に頭を抱えたくなるが、魔法を極めて元居た世界に戻ってしまえば、気にしなくて良い問題とも言える。


 独り言を言ったり、頭を抱えたり、急に前向きな表情を見せるルクスの事を、ケイトリンは不思議そうに眺めていた。



 馬車は街を貫く道を進み続ける。

 中心部に辿り着く前にケイトリンと俺は馬車から降りた。どうやらこの辺りにケイトリンの住む場所があるようだ。街の中心を貫く道を大通りとすると、ケイトリンの家は大通りから一つ裏の路地にあった。この通りにも荒れた様子は無く、治安の良さが感じられた。更に裏の方へ進んでいくとどうなるかは分からないが、ひとまず平和に暮らせそうである。


 ケイトリンの家は、その通りの他の家々と似たような見た目をしていた。庭は無く、玄関は道路に面している。二階建てという所までは同じだが、一つだけ違いがあった。

 他の家々には三つの玄関がある。それぞれに表札があるのを見ると、一つの建屋に複数世帯が住んでいるのだろう。一方、ケイトリンの家には玄関が一つしかない。三世帯が住めるサイズの家に一人で暮らしているようだ。

 孤児院での立ち振る舞いから、魔法を使える人間は少なそうだ。もしかして魔法使いは儲かるのだろうか。


 ケイトリンは玄関を開くと、俺を招き入れる。


「ようこそ”何でも屋のケイトリン”の邸宅へ」


 異世界における二つ目の住処は魔法使いの家となった。

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