異世界転生|最上位魔法の習得が必要です|
無味 乾燥
プロローグ
第1話 仲良し三人組
その日も、いつも通りの時間に起きた。平日も休日も関係なくいつも通りの時間だ。いつも通り眠気覚ましにシャワーを浴びて歯を磨いて朝ご飯を準備する。空には雲一つなく、心地の良い朝だった。早朝だから肌寒いものの、日中は過ごしやすい気温になりそうで絶好のお出掛け日和だった。
一通り朝の準備を済ました所で利香が起きてくる。今日はいつもより少し早い起床だ。
「おはよう」
「おはよ~」
まだ完全には目が覚めていない様だが、それでも自分の席に座って、朝ご飯が出てくるのを待っている。まるで猫みたいだと思う。気まぐれで少しわがままで本能に沿って生きている。
利香は婚約者だ。昔からの腐れ縁で、なんやかんやあって今に至る。現在同棲中で、仕事が落ち着いたら籍を入れようと話をしていた。
利香と自分の席に朝ご飯を並べていく。代り映えのしないいつも通りの朝食だ。決まりきった朝食に対しても、彼女の反応は様々だ。
今日は卵の焼き加減が絶妙だの、ミニトマトの水気が最高だの。毎日が新鮮な驚きに満ち溢れていてたまらないといった風情なのだ。日替わりとはいえ、ある程度ローテーション化した朝食になっている自覚があるため、彼女が良い反応をする度に少し心が痛かった。
利香のような人物が、よくも機械的な自分を選んでくれたものだと常々思う。何が気に入ったのか聞いてみても良いが、少し怖くもあった。
きっと彼女は自分の想像もできない語彙で自分の事を褒めてくれるのだろう。しかし、誰よりも自分の事を嫌っている自分が、その言葉を彼女の意図通りに受け取れるとは思えなかった。それどころか、自分の知らない言語を喋っているようにさえ感じるかもしれない。
彼女の事を異国の人間のように感じたくなくて、そういった類の話はしないようにしていた。彼女も薄々感じているのか、そういう話題に繋がりそうな話は努めてしないようにしているようだった。
「あ、ニュース見て。これ今日インタビューしに行く会社だよ」
彼女に言われてTVを見る。特集が組まれている会社は俺も知っている会社だった。画面右上のテロップにはこう記されている。
”有史以来最大の発明”
「ワープ技術の研究してんだっけ?」
「そう。正式名称は”空間転送技術”……だったかな、確か」
「今日インタビューに行く会社なのに、そんな自信無さそうで大丈夫なのか?」
「うるさい、……寝起きだから」
不安になったのか、どこからか仕事用の手帳を探し出して再確認をしている。知識の定着を手伝ってやろうと、色々聞いてみる。
「”物質”転送じゃなくて”空間”転送なんだな」
「そこが肝らしいの。物質の転送だと人間に適用するのが難しくなってしまうって。何でも”転送”っていうのは、移動先の空間に人間の原子配列を再現するだけの技術だとか」
「なんかそういうパラドックスあったよな」
「テセウスの船の事だよね。船の古くなった部品を一つずつ交換していって、最終的に全ての部品を交換した時にその船は元の船と同じだと呼べるのか、っていう」
「それを人間でやった時に、転送先の人間は元の人間と連続した意識を持っているかが問題って訳だな」
「……ま、そういう事」
仕事のスイッチが入って来たのか、彼女は下調べの結果を思い出したようだ。
「だから”空間”を転送しようっていう発想が生まれたわけなのよね~」
「”空間を転送”って概念が分からないけどな」
俺がポツリと言うと、彼女が得意げな顔でこちらを見てくる。どうやら、これについても勉強済みらしい。
「分かりやすく説明してあげよっか?」
「頼んます」
大げさに顔の前で手を合わせてお願いのポーズを取る。
「よろしい。じゃあさ、何処か行きたい場所を思い浮かべてよ」
残念ながら、そう言われて即答できる人間じゃなかった。少し考えるふりをして無難な場所を伝える。
「うーん、ピラミッドの頂上とか」
「いいね、そしたら、ピラミッドって何で出来てるか知ってる?」
「え、石とか?」
「そうだね、じゃあ石って何で出来てる?」
石の主成分って話か?でも彼女がそんな知識を持っているとも思えないし、話の流れから言って、
「……原子か」
「原子は何から出来てる?」
「……多分、素粒子」
「そう、ピラミッドだけじゃなくて、人間も空気も元を辿れば素粒子から出来てる。つまり空間って呼ばれるものも、素粒子の集合で出来てる」
朝一でする話題としてはヘビーな内容だったが、興味のある分野の話だったため彼女の話に聞き入る。
「だから、ピラミッドの頂上部分の素粒子の並びを完璧に再現できれば、空間を転送できるって訳」
彼女の説明には粗があるように思えた。
「でもそれって、ピラミッドの頂上周辺の素粒子を再現してるだけで、ワープって感じじゃなくないか?」
「あれ、言われてみればそうかも。勉強し直さなきゃじゃん。間に合うかな~」
完全に朝ご飯を食べる手は止まっている。箸を持っていたはずの手にはボールペンが握られており、しきりにこめかみを突いている。
「ほら、朝飯食ってからにしろよ」
「あ、ごめんごめん」
TVの方はというと、特集は終わっており、駅近くのフルーツ屋の紹介に変わっていた。彼女の独り言と、アナウンサーの声が部屋に響く。いつも通りの朝だ。他愛のない話でも利香となら少し特別な時間に思えた。
「そういえば、俺も今日は予定があってさ」
彼女なら、今からする話もいつも通りに聞いてくれるだろう。気まずさを感じているのは自分だけのはずだ。
「何するの?」
「久しぶりに龍介に会うんだ」
いつも通りに喋れただろうか。
「え、凄い久しぶりじゃない⁉ え~私も誘ってよ」
「最近あいつから連絡が来てさ。利香は仕事が入ってるの知ってたから」
「それじゃあさ、夜ご飯で合流しようよ。私も仕事終わってるし」
利香の提案に頷きで返す。彼女は満足したようで、再び朝ご飯を食べ始めた。
気まずい雰囲気にならなくて良かった。
利香と俺と龍介は幼馴染だった。公園の周りを囲うように各々の家が建っていて、公園で遊んでいるうちに仲良くなったらしい。小さい頃の記憶だが、初めて会った時から妙に気が合ったのを覚えている。
そこから大学生になるまでは疎遠になる瞬間がありつつも、仲良し三人組として生きて来た。大学2年の時に龍介がいなくなるまでは……。
当初、利香は龍介に気があるように見えた。龍介が利香を好きなのは丸わかりで、彼らの近くにいた俺は随分とヤキモキさせられた。告白して失敗した時に仲良し三人組としての縁が終わってしまうのを恐れていたのだろう。
それでも、龍介や利香の相談に乗っているうちに二人はお互いの恋心に気付いていき、後は”告白”という最後の一歩をどちらが踏み出すかという段階まで来ていた。
龍介がいなくなったのはそのタイミングだった。いなくなった理由も原因も分からず、彼の両親も消息を知らないというのだ。最初のころは、すぐに戻って来ると思っていたが、一年、二年と消息の分からない時期が続いた事で、希望を持つ事も難しくなってしまった。
利香の落ち込み様は酷かった。部屋にこもりがちになって、食事もあまり取らなくなった。大学院でモラトリアムを享受していた俺は、時間の融通が利く事もあり、利香の看病に身を投じる事となる。
龍介との離別、利香の辛い時期を支えた事で、俺と利香は婚約するまでになった。結婚までいっていないのは、仕事が忙しいのもあるが、一番大きな理由は龍介に報告してからするのが筋だと思っていたからだ。
龍介がいなくなってから六年。このまま再開することは無さそうで、仕事が落ち着いたら結婚しても良いだろうと思っていた。その折での連絡だったのだ。
今まで何をしていたかという話をしても良いが、何よりも利香との婚約を伝えるべきで、その事が何よりも憂鬱だった。
話題の中心人物となる利香はあっけからんとしていて、あれだけの事があったのに龍介と会う事に全く緊張していないようだった。
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龍介が指定した場所は、オフィスビルの2階部分に入居しているイタリアンレストランだった。形式ばっていて、肩が凝りそうな店を想像していたが、客層は様々で、大学生くらいのカップルから主婦の集まりや、家族連れまでいた。
俺が堅苦しい店が苦手だという事を分かっていたのだろう。龍介らしいチョイスの店だった。
入り口に立つ俺に気付いて店員がやってくる。待ち合わせをしている事を伝えると、すぐに席へと案内してくれた。
昼間だったが店内は薄暗かった。嫌な感じは無く、落ち着ける暗さだった。店内のレイアウトは緻密に練られているようで、どの席に座っても他の客の視線を気にする必要が無いように、柱やインテリアが配置されていた。
その中でも、一段と奥まった場所に龍介はいた。
ぼんやりとメニュー表を眺めているようで、こちらの存在にはまだ気付いていなさそうだ。
「よっ」
声を掛けると、龍介はメニュー表を持ったまま大げさに驚いてみせた。どこか懐かしさを感じさせるその仕草に思わず笑みがこぼれる。
「久しぶりだな」
「うん、と言っても6年ぐらいだけどね」
「6年は長いだろ」
龍介と連絡が取れなくなってから6年。久しぶりの顔合わせだったが、あの頃と変わらない空気を感じた。昔よりも髪が伸びていて、痩せた印象を受けたが、屈託の無い笑顔や柔和な雰囲気は記憶の中にある龍介そのものだった。
伸びている髪は綺麗にセットされていて、着ている服は質素ながらに上等に見えた。長身で細身の龍介によく似合っている。
「龍介は何してたんだ?」
いの一番に聞くべきではないと思っていたが、龍介の自然体な態度につられてつい聞いてしまった。出だしから下手をうったかと顔色を伺うが、龍介はごく普通の世間話といった風に語り始める。
「研究内容が評価されて、ある企業で働いてたんだ」
嘘をついていると思った。嘘では無いとしても、用意してきたものをそのまま喋っているような、仮初めの話をされている感覚があった。
「忙しかったのはあるけど、一回疎遠になると連絡するのが気まずくて……」
これは本心からの言葉なのだろう。気恥ずかしくなったのか、龍介は店内の様子を忙しなく見回した。
「僕のこれまでが気になるんだろうけど、健太の事も教えてくれよ」
「俺の話か……、あんまり面白くないだろうけど」
俺は龍介に6年間の出来事を話した。
大学を出て、会社で働いている事。製品設計の仕事をしていて、それなりにやりがいを感じている事。そして……。
「後はそうだな、利香と婚約した」
龍介は、そうか、と呟く。落胆しているように見えた。ただ、その感情は作られたものだった。小さい頃から一緒にいる自分には龍介の感情の機微を見抜くことが出来た。落胆はしているが、そういうものだと受け入れていて、それでも前向きに捉えているようだった。
そういう感情が湧いてくるのは理解できるが、何故感情を隠そうとするのかが分からなかった。利香への未練があるならもっと落ち込めば良いし、吹っ切れているならそういう態度を取ればいい。どちらでもなく、作り出した感情を出している所に言いようのない不安を感じてしまった。
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