第49話 龍穴の目覚め

 私たちが乗ってきた車は、鳥居に一番近い場所に停められた。


 車から降りると、思っていたよりもずっと大きくて、荘厳な存在感のある鳥居が目の前にあった。


 鳥居をくぐり境内に入ると、一気に空気が変わるのを感じた。


 ピンと張り詰めたような、まさに静謐な空気。


 きっと普段は参拝客でごった返す日が多いんだろうけど、今の人が全くいない静寂に包まれたその参道は、まさに神様に繋がる道のような気がした。


 深い緑の木々に囲まれて石段を50段ほど上ると、厳かな雰囲気の拝殿が現れた。


 そしてそこに白くまばゆい装束をまとった一人の男性がいて、こちらに向かって歩いてきた。


 遠目にも分かる、その背筋の伸びた立ち姿と威厳ある歩き方に、一瞬息を呑む。


 淡い光を帯びたような白の浄衣じょうえを身にまとい、腰には長い袴を流れるようにまとわせている。

 頭には黒い立烏帽子たてえぼしが乗り、神事の場にふさわしい凛とした気配を纏っていた。


 年齢は60代半ばぐらいの男性だけど、顔立ちからすぐに高坂さんのお父さんだと分かった。



「高坂宮司、今日はありがとうございます。正装で迎えていただいて恐縮です」


 堀江課長が笑顔で話しかけるとその男性、高坂宮司は表情一つ動かさず、ちょっと低めの声でゆっくり答えた。


「お国から言われたら従うしかありませんからね。龍穴開放は神事ですから」


 そして高坂宮司は私の隣にいる高坂さんにチラッと視線を向けた。



「……帰ってきたんか」


「……」


 高坂さんは答えない。


「後で家にも寄れ。母さんが心配しとるぞ」


「……分かっとる」


 高坂さんが関西弁を喋るのを、私は初めて聞いた。


 意外ではあったけど、でもその言葉のトーンにこの人の素が少しだけのぞいてる気がした。


「……鳥居の前、えらい変わったんやな」


「ああ、最近は外国人観光客も多いからな。あれでも足りんくらいや」


 そこで何か言いたげになりながらも黙り込む高坂さんに、高坂宮司は軽くため息をついた。


「ほとんどの神社が経営難なのはおまえも知っとるやろ。……信仰だけで飯は食えん」


 高坂宮司は歩きだし、私たちについて来るように促した。


「龍穴までご案内します。少し山道を歩きますが」


 拝殿の横を抜けると普段は立ち入り禁止になっている柵があり、その奥に鬱蒼とした山道があった。



 その山道を、高坂宮司はその装束のままためらいもなく歩いていく。


「これでも少しは整えたんですけどね。歩きにくいですけど、わりとすぐですから」


 その山道はほとんど獣道みたいで、歩くのがとにかく大変だった。


 歩きやすい格好で来るように事前に言われてたので、まだ私と高坂さんは普段着にスニーカーだけど、官僚の人たちはスーツに革靴だ。


 それでも顔色を変えず黙々と歩いていく。


 ただ途中で斎藤さんが「堀江さん、大丈夫ですか?」と声をかけると、堀江課長は


「いやあ、普段の運動不足が堪えますね…。まあ、でももうすぐ……」


 と若干息を切らしながら答えていた。



 しばらく木々を避けながら何とか歩いていくと、やがて視界が開け、木の生えていない不思議な空間があった。


 そしてそこに、かなり大きな洞窟がぽっかり口を開けていた。


 直径何メートルあるんだろう……3階建てくらいのビルならすっぽり入りそうだ。


 400年使われていないと聞いていたけど、その洞窟の周りは植物に覆われることもなく、まるで何かに守られているかのようだった。



「これが龍穴です」




────────────────────





 これが龍穴……


 シオガと繋がっている龍の通り道。


 その洞窟は奥の方が真っ暗で、なにも見えない。


 本当にここから龍が来るのかな?



「……早速ですが始めます」


 そう言って高坂宮司は龍穴の正面に立ち、大麻おおぬさと呼ばれる紙垂のついた木の棒を振って、場を祓い清めた。



「遠つ祖の龍神の御前に、此の地を開き、声を持つ者を捧げまつらん――」



 響く声で徐々に場の雰囲気を変えていく。


 私は自分の声が周りに影響を与えると言われてきたけど、まさにこういう感じなのかもしれないと思った。



 その後、高坂宮司は一礼し、静かに玉串を立てて置き、二礼二拍手一礼で儀式を締めた。


 でも……


 特に龍穴に目に見える変化はなかった。



「斎藤さん、400年前に龍を呼んだ時、文献にはどんな記載がありましたかね?」


 堀江課長の質問に、斎藤さんは淡々と答えた。


「確か穴の奥から強い風が吹いてきて、音が共鳴する感じがするらしいんですよね」


「でも全く風は来ないですね……。やっぱり400年閉じてると開くのは難しいか……」


 斎藤さんはふと私の顔を見て言った。


「早川さん、一度龍穴に向かって龍の召喚言葉を言っていただけます?」


「は、はい……」


 そう言われて龍穴の入り口に立ち、思いっきり息を吸って大声で叫んだ。



「イルサ・ハナ・ルエンカ! 我のもとに今降り立て!」


 しかしその声は穴の奥に吸い込まれ、スッと消えていくのが分かった。



 ダメだ。


 私は直感的に感じた。


 この声は龍には届かない。



 手詰まり感を感じてみんなで固まっていると、ふと斎藤さんが高坂さんに声をかけた。


「高坂さん、早川さんの隣に立ってみてください」


「え?」


 この一連の流れを一番後ろから見ていた高坂さんは、不思議そうな声を上げた。


「俺ですか?」


「そうです。早く」


 促され、首を捻りながらも私の隣に立つ。



 すると……


 ヒュウウウと龍穴の奥から空気が動いてきたのが分かった。


 高坂さんの体から、目に見えない風のうねりのようなものが滲み出し、それが空気の流れに沿って龍穴へと吸い込まれていく。


 そんな奇妙な感覚だった。



「え?何で?何が起きてるんだ?」



 高坂さんも、自分の体に何が起こってるのか分からないようだった。


 その高坂さんの放つ”気”と龍穴の空気が混ざりあい、それは徐々に強い風になって龍穴から吹き始めた。


「やっぱり」


 斎藤さんは、腑に落ちたように言った。



「高坂さんは実際に龍と触れ合った神羅儀神社直系の人ですから、龍と繋がれる力があるんじゃないかと思いました。思った通りですね」

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