第44話 国益の名のもとに

 翌週の水曜日、私は五菱本社の会議室にいた。


 シオガに行っていた半年を挟んだとはいえ、ここにはもう何度も来ているので緊張することはなくなっていた。



 その場に集まったのは私と高坂さん、向かいには斎藤さんとその隣に50歳手前くらいの男性、その他に二人の30代くらいの男性がいた。


 斎藤さんの隣の男性はちょっと小柄で最初からニコニコしてたけど、目の奥が笑ってない気がした。


 斎藤さんとはまた違う、すごくシビアな人な気がする。


 斎藤さんが口火を切った。


「早川さん、高坂さん、今日はご足労頂きありがとうございます。こちらは私の上司で国際安全保障政策課の堀江課長です」


 斎藤さんに紹介され、その男性は挨拶をした。


「初めまして。斎藤さんからお二人のお話はうかがっております。堀江です。よろしくお願いいたします」


 丁寧な挨拶を受け、慌てて頭を下げる。


「初めまして。早川です。こちらこそよろしくお願いいたします」


 そんな私に堀江課長は、微動だにしない笑顔で話を続ける。


祷雨とううの動画、私も拝見しました。すごい迫力でしたね」


「ご覧になったんですか……?」


「はい、斎藤さんからデータをもらいまして。外務省内はもとより、青嶋あおしま総理も興味を持たれてますよ」


「総理!?」


 とんでもない人の名前まで出てきた。


「総理も祷雨をご存じなんですか?」


 堀江課長は頷いた。


「はい、青嶋総理は元々慎重派ではあるんですけど、これは使えるかもしれないとおっしゃっていて」


「使えるって……」


 まさか。いや、でももう察しはついてるけど、でもまさか……


「はい」


 目の笑ってない笑顔で、堀江課長は続ける。


「日本でも祷雨を行っていただきたいと思っています」



─────────────────────



 日本で祷雨……。


 祷雨が日本の国益になると言われた時点で何となく感じてはいたけど、はっきり言われると息が詰まる感じがした。



「日本でって、……何故ですか?龍もいないのに……」


「いるとしたら?」


「え?」


 想定外の答えに思考が止まる。


 日本に龍がいる?




 すると隣にいた斎藤さんが、おもむろに口を開いた。


「早川さん、去年度の自衛隊機によるスクランブル、いわゆる緊急発進は何回あったと思います?」


 え?


 思考がついていかずに固まっていると、斎藤さんがいつもの口調で淡々と説明した。


「他国による領空侵犯で、自衛隊機が緊急発進したのは1年で700回です。平均すると1日あたり2回近く発進してることになります」


 何も答えられずにいる私に、斎藤さんは更に続ける。


「これはあくまで緊急発進した回数。実際領空を侵された数はもっと多いでしょう。そしてそれは空だけです。海も入れると更に数は増えます」


「……」


 どこかで聞いた話だ。


 まさか……



 その後を堀江課長が、その笑顔を崩すことなく続けた。


「シオガでも領空領海侵犯は問題になっているようですが、日本はその比じゃないんです。ほぼ毎日のように、日本は他国から見えない攻撃を受けている。……正直、日本は舐められてるんですよ。悔しいことに」


「そ、それで……?」



 堀江課長の笑みが深くなった。


「シオガの祷雨による他国への影響は、すごかったようですね。私はあの流れをシオガモデルと呼んでいますが、是非日本でもあれを行いたい。

正確に言うと祷雨は日本では行いません。こちらでも干ばつや記録的な乾燥に苦しんでいる国はあります。それらを救う慈善事業として祷雨を行い恩を売る、そしてそれを全世界に発信する」


 一息置いて、堀江課長はゆっくりと言った。



「専守防衛しかできない日本では、他国への威圧は重要な外交カードなんですよ」


「で、でももう私は祷雨は行いたくありません。それも他国への威圧のためだなんて……」


 すると斎藤さんが、いつになく冷たい目で私を見つめてきた。


「早川さん、それご家族が犠牲になっても言えますか?」


「え?」


 どういうこと?


「さっきも言いましたけど、日本は専守防衛が基本。一度武力攻撃を受けないと反撃できないんです。要は国民や国土が、一度被害を受けるのが前提です」


 斎藤さんが更に目を細める。




「……ご自身の大事な人たちが被害を受けても、祷雨をしたくないと言い切れますか?」



「……!」




 その瞬間、両親とヒロミの顔が浮かんだ。


 結婚が間近であんなに幸せそうなヒロミが、万が一そんなことになったら……



「……シオガで早川さんは、人は強すぎる力を持つべきではないと仰ってましたけど」


 固まってる私に、斎藤さんはゆっくりと言葉を続ける。


「でも現実、人はもうその力を持ってしまっているんです」



「……で、でも龍はいないんですよ?」


 必死に、逃げるように言葉を探す。



 すると堀江課長が淡々と告げた。



「ですから、龍はいますよ。正確には呼ぶんですけどね。シオガから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る