第4話 幼馴染の告白
「急に訪ねてきてどうかしたの?」
カイは忙しい身、大切な用事があるに違いない。
アイリスはそう確信しながら問いかけてみたがそれを見透かしたようにくすりと笑われる。
「さっき言っただろう、アイリスの顔を見に来たんだよ」
「まさか冗談でしょう?」
「冗談だと思うかい?」
ヘーゼルナッツの瞳を蕩けさせながら微笑むカイに相変わらず冗談が好きな人だとアイリスは頰を緩めた。
もしかして私の婚約が解消になったことを知って話を聞きに来たのかしら。
考えを巡らせているとカップを持っていたアイリスの手をカイの大きな手が包み込んだ。いきなりの事に彼女は動揺を隠しきれなかった。
「本当だよ。今までだって何度会いに来ようと思った事か」
「嘘よ。だってあなたから会うのをやめようとって言ってきたじゃない」
一年前、文官となったカイから言われたのだ。
忙しくなるからしばらく会うのをやめようと。
彼の邪魔は出来ないと頷いたアイリスだったが正直なところかなり寂しい思いをさせられた。それなのに今更会いに来ようとしていたと言われても反応に困ってしまうのは当然のことだ。
「ごめん」
「どうして謝るの?」
「あの時、君に嘘をついていたからだ」
「嘘?」
「忙しかったのは本当だよ。でも、会おうと思えばいつだって会えたんだ」
カイの話にアイリスは少し気分が悪くなった。それならどうして彼は自分との距離を置いたのか、なにか嫌われるような真似をしてしまったのだろうかと頭の中で思考を巡らせる。しかしいくら考えたところで真相に辿り着けるわけがない。
「それならどうして会わなかったの?」
「アイリスに会いたくなかったから」
「もしかして私のことが嫌いになったの?」
もしそうだとしたらかなり落ち込むだろう。しばらくは立ち直れないかもしれない。今だって泣きそうな気持ちを必死に抑えつけているのだから。
アイリスの心の中は今にもぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。たった一人の相手にここまで乱れるなんて彼女自身も想定外のこと。忘れていた、忘れようとしていた感情が湧き上がるような気分だった。
私、今でもカイのことが好きなのね。
カイはアイリスの初恋の人だった。
自分はハリーと結婚する。だから他の人を好きでいるのは彼に対して不誠実だと割り切った。つもりだったのだ。でも実際は違った。過去に置いてきたはずの初恋は今も続いていたのだ。
もしかしたらカイが好きだからハリーの婚約者という立場をあっさりと捨てることが出来たのかもしれない。平民に恋をした元婚約者のことをどうこう言える立場じゃないと自分を恥じ、嘲笑いそうになった。自分はハリーよりも惨めな存在かもしれない。なにせ好きな相手に嫌われているのかもしれないのだから。
王太子の婚約者という重い立場を放棄した罰が当たったのだろうか。
じっとりとした重い気持ちが深く沈んでいくような感覚に陥りそうになるアイリスを救ったのは焦ったような声だった。
「違う!」
「カイ…?」
机を叩きながら立ち上がるカイにアイリスは驚いた。優しく温厚な彼が声を荒げるなど今まで一度も見たことがなかったから。
「僕が君を嫌いになるなんて絶対にあり得ない!」
「それならどうして私と会うのを嫌がったの?」
「嫌がったわけじゃないんだ…」
どこか歯切れの悪い様子を見せるカイにアイリスの気持ちは再び沈み始める。一度悪い思考に陥るとそちらに引っ張られてしまうのは彼女の悪い癖だった。
「カイ、気を遣わなくて良いのよ。あなたに嫌われるようなことを私がしてしまったのでしょう?」
「だから違うんだ!」
本格的に焦りを見せ始めるカイをアイリスはじっと見つめる。嘘をついているようには見えなかった。これが演技なら彼は役者にでもなれそうだ。
「僕がアイリスに会いたくなかったのは自分の気持ちを抑えきれなくなりそうだったからだ」
抑えきれなくなる?なにを抑えるというのだろうか?
アイリスはカイの言いたいことがなに一つ理解出来ない。首を傾げているとカイは深く息を吐き、覚悟を決めたような顔で真っ直ぐ見つめ返した。
「僕はアイリスが好きなんだ」
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