よく考えたら婚約者に執着する必要ないですね?
高萩
第1話 気に入らないが婚約者でいる理由もない
公爵令嬢であるアイリス・シーモアはここ数日心に広がるもやもやしたものに苛まれていた。
その原因は分かりきっている。婚約者であるハリー殿下が自分よりも平民の少女マイラを気にかけているからだ。
貴族社会では結婚は政略の一つであり望まないものが多い。アイリスもその一人である。だからと言ってハリーのことを蔑ろにする気はないし、良きパートナーとして連れ添っていけたらと思っていた。しかしハリーの心の内を占めていたのは最近出会ったばかりの平民の少女だった。自分の存在を忘れられるほどに。
まるで恩を仇で返されたような気分だと軽くため息を吐き出す。
「アイリス様、あの女どうしてやりましょうか?」
悪魔のように囁いてくる取り巻きの令嬢(自称)にアイリスは少し眉を顰めた。どうするもなにも人の婚約者に手を出すことの恐ろしさを分からせるしかないだろうと考えてはみたが面倒臭さしかない。
「あの子を無視するのはどうでしょう」
他の令嬢は小馬鹿にしたように笑いながら提案をしてくる。
無視ってあまりにも幼稚過ぎない?
アイリスは心の中で呆れた声を漏らした。
物心ついたばかりの子供じゃないのだから無視はどうかと。ただ婚約者と仲良くする女と話したくないと思う気持ちもあって無視をするというよりも話さないようにするのは賛成かもしれない。
「それだけでは効果がありませんわ」
別の取り巻き(こちらも自称)が企み顔を見せながらアイリスに迫ってきた。確かに無視だけではマイラの性格的に反省しないと思う。
「婚約者がいる男性にむやみに近づいてはいけないと注意するのはどうかしら」
「それも良いですわね。強めに言いましょう」
当事者であるアイリスを置いて周りが盛り上がり始める。
そこまでする必要あるのかしら。やってはいけないことを注意するのは正しい判断だけど正直あの子と話すのも面倒なのよね。
アイリスはもう一度漏れそうになるため息をぐっと喉の奥に押し込んだ。
「それだけでは足りませんわ」
「そうですね」
「アイリス様、賢明なご判断を!」
まったく面倒な人達ね。私が平民の少女を苛めるわけないのに。安い挑発も飽きてきたわ。
アイリスの心の中はハリーに対するもやもやと目の前の令嬢達への呆れで疲れ切っていた。
王太子の婚約者は側から見れば魅力的な座だ。しかし現実は厄介な面倒ごとが付き纏う枷のようなもの。自ら望んで婚約したわけでもないのに妬まれ今のように自身を陥れようとする人間達に囲まれる。
気分転換にと自分の好きな紅茶を一口含んだ後アイリスはふとあることを思った。
よく考えたらハリー様の婚約者に固執する必要はあるのでしょうか?
答えは否。
幼い頃より王太子の婚約者として厳しい教育を受けてきたアイリスだが何度逃げ出したいと考えたことか。妬まれ悪口を言われるたびに心が擦り減っていった。誘拐されそうになったことだって一度や二度で済まされない。それでも婚約者としてハリーに尽くしてきたが優しさが返ってきたことは一度もない。今だって自分に向けたことのない笑顔を平民の少女に向けているハリーにアイリスは心底愛想を尽かしていた。
いくら政略的なものと言っても彼女も感情を持つ人の子だ。限度が存在する。
「もうやめましょう」
「アイリス様?」
「どうされたのですか?」
「なにをやめるのですか?」
ついて来ようとする令嬢達から逃げ切ったアイリスは深く深くため息を吐き出した。
「婚約解消しましょう」
その呟きは誰の耳にも届かなかった。
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