第44話「あの敗北を忘れたことは」



「先攻は譲ろう──そういうだからね」


「俺のターン」


 ターンの処理を進めながら、先程感じた疑問を口にする。


「さっきの、開始時の宣言はなんだ」


「フフ、気になるかい?」


 命を賭けた闘いの合図である、『デス・ストラグル』ではなかった。きな臭いあの虹色のデッキケースの、特殊な効果なのだろうが……


「これはマーブルデッキケース。『滅びを刻む秒針バニシング・カウント・クロック』の力を活用して作ったデッキケースでね、まあ幾つか効果はあるんだが、いま使ったのはプレイヤーにあるを強要する効果だ」


「……そんなの聞いてないぞ」


「強制的に命を賭けさせられるよりはマシだろう?」


 その通りではあるが、そういう問題ではなかった。

 そして当然、──と思うような誓約を、要求される。


「『滅びを刻む秒針バニシング・カウント・クロック』《七針》の名において、この誓約は履行される──



「ワタシは、焔龍一の、虹崎皇凪への永久的な隷属を命じる」


「奴隷になれ、ってことか?」


「まあ、そうだね。三食昼寝くらいは付けるよ?」


「首輪を付けられるぐらいなら御免だぜ」


「まあまあ、そう悪い物じゃないよ? ワタシは気に入った相手には優しいんだ」


「……よく言うぜ」


 天性のカリスマ。無邪気な邪気。

 闇札会の面々は当然として、合宿の時に襲ってきた綾吊のように、その毒牙に侵された狂信者は少なくない。

 その末路を思えば、軽々しくそんなことを吐ける女を信用できるはずはない。


「俺が勝ったら、必ずその無駄口を塞いでやる」


「熱烈な告白だね」


 軽口は無視して、カードをプレイする。


「俺は、2コスト支払って《ベビー・ドラコキッド》を召喚。召喚時効果で、手札の《アックス・ドラコキッド》をエナへ。更に2コスト支払って、パッシブスペル《ドラグ・フィールド》を設置。これでターン終了だ」


「変わらないね。安定している、というのは良いことだ。基礎が出来上がっている方が、壁を破った時の成長も大きい」


 奴が静かに、デッキからカードを引く。流れるようにエナを増やし、そして何かをプレイする。


「ワタシは3エナ使用して、パッシブスペル《龍神の祭壇》を設置」


 フィールドが、厳かで暗い雰囲気の神殿に変わった。俺たちの背後には松明だけが、この場を照らす唯一の照明である。


「このカードが場に出た時、相手の場のカードの数まで『儀式カウンター』を、《龍神の祭壇》に置くよ」


 二個、俺たちを囲うように松明が増えた。それにより、アレが何をするカードなのかを察する。


「条件を満たすとカウンターを増やし、それを溜めきって強力な効果を発揮するカードか」


「こんな見え見えの演出してたら当然分かるよね。あ、カウンター溜まる条件は教えないよ?」


「最初から期待してないぜ」


 松明の増え方からして──恐らく、十数個はカウンターが必要なはず。条件にもよるが、まだ数ターンはかかると見て問題ない。

 それまでにあのカードを除去するのが手っ取り早いが、ああいった条件達成に時間を要するカードは、そもそも場から退けることができなかったり、カウンターを消費して耐えたり、何らかのサポートがあったりと除去への対策があるはずだ。

 どちらにせよ手札にアレを触れるカードはないし、やるべきなのは──短期決戦。



「ワタシはこれでターンエンド。さあ、どう動くか見せてもらおうかな?」


「俺のターン、ドロー」


 引いてきたのは、短期決戦を目指す上で最も欲しかったカード。ここから更に運が絡むことになるが……デッキを信じよう。


「俺は5コスト払って、ウェポンカード《龍の依代―エンゲージリング―》を装備」


 俺の左手薬指に指輪が装着された。そしてそのまま、デッキトップに手をかける。


「《ドラグ・フィールド》の効果でエナを増加。更に《龍の依代》の効果発動。このカードの装備時、またはターンの開始時に、山札の上から一枚目をこのカードの下に置く。そのカードがコスト8以下のドラゴンであれば、次の自分のターンの開始時まで、このカードはその効果とクオリアを得る」


「へえ、君はそういう運否天賦なカードを好まないかと思ったよ」


「別に嫌いじゃないぜ──勝たなきゃいけない闘いで、それに頼り切りになるのが嫌なだけで」


 それでも、カードゲームである以上は運に頼る瞬間があるし──だからこそ、カードゲームは面白いと思う。ジャイアントキリングだって起こり得るし、出来ることをやり尽くした果てにソレで決まるならば、後悔はない。

 それに、これは相棒たちとの絆の結晶だ。どこかの漫画のセリフじゃないけれど、命がかかっているからこそ、うんをこちらへとはこんでくれる──運命のカードだと、そう信じている。


「デッキトップは──《刻輝龍アンフィスバエナ》。コスト8以下のドラゴンだ」


『まっかせといて!』


 ふんす、と鼻息を荒くして、俺の隣に半透明の姿になったアンが出現する。それを見て皇凪は、露骨に顔を顰めた。


「出たな軟弱メスドラゴン。よくやるよまったく」


『その軟弱メスドラゴンに負けたのはどこの何方どなたでしたっけ〜?』


「ワタシはキミたちに負けたなんて思ってないよ。ボードゲームで駒に栄誉が与えられることなんてないだろう?」


 尤も、このレベルになれば話は違うかもね──と、カラフルに彩られたネイルで、アイツはデッキを撫でた。鳥肌が立つような、どす黒いオーラが見えた。


「どんな強い駒も、使えなけりゃ意味はないぜ──バトルだ。《龍の依代》で、お前を攻撃する。攻撃時効果で、このバトル終了時まで、俺がこのターン回復している数値以下のコストのカードを、お前は使えない」


「なるほど、素のままでもカウンタースペルを封じられるのね」


 回復している数値が0でも、同じく0コスト扱いであるカウンタースペルは使用できない。スタンドしているエナがない以上、この攻撃は確実に通る。


『妾たちからあるじを取るつもりなら、容赦はしないかんねっ!』


「…………」


 アンが正拳突きと共に放った閃光を、奴は涼しい顔で受ける。


「『ドレイン』で、2点回復──そのまま『2回攻撃』」


『はあっ!』


「…………ハア」


 飛び出したアンが繰り出した、落下速度の乗った踵落とし。それを交差した腕でいなして、奴は大きく嘆息した。


「そのまま《ベビー》で攻撃!」


「……カウンタースペル、《雨降地恵》発動。このターン4点以上ワタシのライフが減っているから、1枚引いて1枚エナを増やすよ」


「ちっ」


 これは明らかに俺のミスである。早めに削っておこうと意地を張ってしまった結果、カウンタースペルの誘発タイミングを作ってしまった。

 だが先攻2ターン目から5点削れたのは悪くない展開だ。このまま押し切ればリソースの伸びなど関係ない、と意識を切り替えていこう。


「ターンエンドだ」


「キミのターン終了時、《龍の祭壇》の効果が発動する。このカードはお互いのターン終了時に、そのターン減少したプレイヤーのライフと同じ数の『儀式カウンター』を置く」


 俺たちを囲う松明が、一気に五本増加した。これでおよそ半分だろうか……増加トリガーが判明したのは大きいが、そうなると下手に削らずワンショットキルを狙うべきか。


「ではワタシのターンだね──フフ」


 引いたカードを見て、奴は口元を歪めた。


「見せてあげるよ、真のドラゴンを。2コストで《龍鱗研ぎ》を発動! 次に使うドラゴンのコストを-3、更にこのカードの使用時にレストした龍の数だけ軽減する。赤2、白2を含む4コスト! 《陽光龍コズミック・サン》を召喚!」


『Ga、GULAAA!!!!!』


 咆哮とともに、皇凪の頭上の空間が罅割れ、その赤き龍は現れる。

 五階建てのビルほど大きい巨大な体躯。それは決して鈍重な訳ではなく、手足はしなやかで、筋肉が発達しているのがわかる。体の所々から、プロミネンスのような鱗が生えており、その刺々しいデザインが嫌いな奴なんてどこにもいない。

 何より特徴的なのは、背後にとてつもない熱量の日輪を浮かせていることだった。


「そっちも、進化させてきてたか……!」


「当然。強くあれないなら、死んだ方がマシだからね──《コズミック・サン》の登場時効果。このスピリット以下のBPを持つスピリットすべてを破壊する」


《陽光龍》の背後の日輪が、眩い光を放つ。その選別の光に耐えられなかった《ベビー》が、破壊された。


「このままバトルしようかな。《コズミック・サン》で、龍一君に攻撃。更に攻撃時効果を発揮」


 皇凪から《陽光龍》に向けて、血のように赤いエネルギーが流れていく。それを受けて陽光龍の背後の日輪が巨大に、禍々しくなっていく。


「ワタシのライフを好きなだけ払って、払ったライフ1につきBPを+2000、ライフ2につき『臨時1』。4点払ったから、《コズミック・サン》のスタッツは──14000/3」


 日輪の中心に、エネルギーが集約していく。そこから放たれた光が俺の身を焦がした。


「ぐ……」


「『ドレイン』『2回攻撃』」


 再度日輪が煌めいた。お互い『ドレイン』込みの攻撃をしているせいで、ライフは俺が8、奴が7と拮抗しているが、短期決戦したかったことを考えると、厳しい展開と言える。


「終了時、《龍神の祭壇》の効果。4個『儀式カウンター』を乗せるよん」


「自傷でもいいのはズルだろ……!」


「ワタシの生命ライフを供物にしていることには変わりないからね」


 現在カウンターは11個。目算だと、あと4か5個で条件達成だろう。自傷でカウントを満たされる可能性も考えると、次のターンで倒し切るのがベストか。

 次点でも《陽光龍》の動きは止めたい。あのカードが自傷のトリガー+アタッカー兼ヒーラーであるため、その動きを止められれば、まだ遅延できる。

 進化して効果が変わっているとはいえ、前回戦った時のことを考えると、なるべくあのカードは触りたくないのだが……


「……俺のターン。《龍の依代》が得ていた《刻輝龍》の効果は失われる。そして再び、山札の上を捲る」


「いいのが引けるといいね」


 茶化しは無視して、祈るようにトップを捲る。現れたのは──


『やっほ〜〜〜、助けに来たよ〜〜〜』


「最高のタイミングだぜ──ふに子」


 傍らに、安心感のある緑の巨人が現れる。それを見て皇凪は、小さく鼻を鳴らした。


「壁メスドラゴンじゃん、ボコボコにされたの忘れちゃった? あ、殴られないために透明になってんの?」


『くふふ、その節はどうもね──あたしは低反発枕だよ、壁打ちできそうな胸で何言ってんの?』


「あ゛?」


 口撃の応酬。間に挟まる者としては居づらさがすごいが、これで奴の冷静さを欠けるなら安いものだ。


「《龍の依代》は《殻緑龍ファフニール》の効果を得る。そのままアップフェイズ、メインフェイズに移行。2エナ払って《龍鱗研ぎ》を使用。次に使うドラゴンのコストを軽減する。青2エナで、俺は手札から、《氷龍ブリザード・ワイアーム》を召喚!」


「雪辱を晴らす時が来ましたね」


 粉雪を散らしながら、リザがフィールドへと舞い降りた。


「《ドラグ・フィールド》の効果でエナチャージ。《氷龍》の召喚時効果。相手のスピリットを『フリーズ』」


「日輪すらも、凍てつかせて差し上げましょう」


 彼女が袖を降れば、《陽光龍》の厚く、熱き身体すらも凍り付く。これで破壊せずに封殺できる。


「前回と同じ展開かよ。成長ね〜〜〜〜」


「あら、良いじゃありませんか。、あの時と同じ流れなのですから」


「対策、してこないと思ってんの?」


 しているとしても、行くしかない。この細い一撃殺ワンショットキルで、エースの降臨前に倒す。


「《殻緑龍》でプレイヤーに攻撃する時、攻撃時効果発揮。エナを1枚墓地において、そのカードの種類に応じて効果を発揮する」


 裏エナを送って賭けをする必要はない。既に、必要な札は埋まっている。



「墓地に送ったのは《龍の逆鱗》。カウンタースペルだからそのまま発動する。《龍の依代》のBPを5000上昇させて、『臨時2』獲得」


 ふに子の身体がむくむくと大きくなる。《陽光龍》には及ばぬものの、17000/5と、倒すには十分なスタッツである。


「さあ、どうする!?」


「それは受けてあげよう」


『おっけ〜〜〜、前回のお返しがしたかったんだよね〜〜〜〜ッ!』


 腰の乗った、重いパンチが皇凪の頬を捉え、後方へと吹き飛ばした。赤くなった頬を撫でながら、奴は立ち上がる。


「うら若き乙女の頬を殴るとは、容赦がないね」


『乙女というには、ちょ〜〜っととうが立ちすぎてるかな〜〜〜?』


「失礼な、まだ二十五だというのに」


「……『2回行動』」


『それじゃ、おつかれ〜〜〜』


 逆の拳が奴の身体に向かうが、《陽光龍》の咆哮がそれを咎める。


「カウンタースペル、《ドラグ・バインド》発動。この攻撃を無効にして、ターン中のそのカードのスタンドを防ぐよ」


「なら《氷龍》で!」


「《コズミック・サン》の『誘導1』で、ターン中1回だけ攻撃対象をコイツに変更するよ」


「く……!」


 皇凪に向かっていく氷の礫を防ぐように、《陽光龍》が立ちはだかる。《氷龍》はBP7000。《陽光龍》は6000。バトル自体には勝った──勝ってしまった。


「察しはついてるみたいだね──《コズミック・サン》の破壊時効果。手札/墓地からあるカードを『特殊召喚』する」


《陽光龍》の破壊により生まれた煙が晴れる。そこに現れたのは巨大なシルエット。

 蒼く流麗な、三日月を彷彿とするボディ。背後に浮かぶ金環月食のような光輪。


「日が沈めば、月が登る。《《月影龍げつえいりゅうコズミック・ムーン》、降臨」


『……………………』


《陽光龍》とは対称的に、不気味なほど静かに《月影龍》は姿を表した。


「《コズミック・ムーン》の効果。《ブリザード・ワイアーム》を『フリーズ』」


「くっ、申し訳ございません……!」


 召喚時ならぬ登場時は、場に出たことに起因する処理であるため『特殊召喚』でも起動してしまう。踏み倒し効果だし、流石に対応してたか。


「攻撃、止まっちゃったねえ。どうする?」


「まだ終わってねえよ……4エナ払ってクイックスペル《バドラタッチ!》発動! 3点ライフを回復して、場のドラゴンと同じコストで違う色のドラゴンを『特殊召喚』する!」


 リザが空高く飛び上がり、上空に裂け目が走る。そこから出てきた赤いネイルの手と、ハイタッチした。


「後は任せましたよ──エース」


「任されたのじゃッ!」


「来い、《獄炎龍インフェルノ・ドラグーン》ッ!」


 紅いネックレスを煌めかせ、フェルが場に降り立つ。その姿を見て、奴が目を細めた。


「あの時以来だね」


 皇凪が初めて、ドラゴン娘へ悪態以外を吐いた。

 フェルは確実に、前回の勝因となったスピリットだ。全員頑張ってくれていたけど、彼女の覚醒がなければ今はない。


「ワタシは今日まで、あの敗北を忘れたことは片時もないよ」


 皇凪はそっと目を細めて言った。

 俺だって、あの苦い勝利を忘れたことは、一瞬もない──


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