第26話「今日の主役は譲ってやろう」
「うん、なかなかにいい勝負だった! キミのおかげでまたボクは輝けたよ☆」
「ゴメン、みんな……っ! ゴメン、アンちゃん……!」
ショップの真ん中でフレディもかくやといった様子で天を見上げる周藤に対し、耀は俯き、力なく地面を叩く。
「気にすんな、耀。お前はよくやってくれた。あとは──俺がやる」
キッと目の前の男を睨む。しかし今の奴にはソレすら興奮材料らしく、三日月形に口角を歪めたあと、ボヘミアン・ラプソディもかくやといった仰け反りで「フッ、ようやく
「ああ──役者気取りを、舞台から引きずり下ろしてやるよ」
「残念、姫とボクとの劇はこれから始まるのさ──」
「「レッツ・ストラグル!!」」
デッキを決闘台にセットし、光に包まれて決闘場へと移動する。
舞台は先程と同じ、海のフィールド。どこかのゲームと違って、場所でカードの性能が変わるわけではないが、相手に有利そうなフィールドだと、なんとなく幸先悪く感じる。
「美しきボクのターン! エナをチャージして中央右に《タツノサーペント》を召喚!」
海底から水飛沫を上げて、下半身が竜になったような蛇のスピリットが浮上した。鋭い飛沫は周藤のデッキトップを弾き飛ばし、そのまま手札へと弾いた。
「召喚時効果でデッキから1枚ドロー。これでターンエンドさ☆」
「俺のターン。エナチャージして、《ベビー・ドラコキッド》を中央左に召喚。召喚時効果発揮」
周藤は手札、俺はエナを増やし、お互いに次の動きを進める。だがプロ相手に、そんな悠長なことをしている暇はない。
「そのまま《ベビー》を《ガン・ドラコキッド》に
「通そう!」
鉛玉の立体映像が周藤の身体を貫き、ライフカウンターを三つ削る。
周藤の【サーペント】は、時間を稼がせればそれだけリソースも稼がれるミッドレンジデッキだ。守りを捨てても、
「俺はこれでターンエンド」
「ボクのターン。エナを置いて、黄を含んだ4コストで中央左に《ツチノサーペント》を召喚。効果で《ガン・ドラコキッド》を『フリーズ』☆」
「くっ」
ツチノコの吐いた粘液で、《ガン》の銃口が詰まってしまった。
《サーペント》スピリットは打点が低いがゆえに、『貫通』持ちで積極的にライフを狙えた《ガン》が縛られるのは痛手だ。
「アタックフェイズ。《ツチノサーペント》でキミに攻撃!」
「く……!」
蛇の吐いた粘液が身体に付着し、ビリビリとした痺れと共に、2点のライフが削られる。
「更にカウンタースペル《蛇魂早世》発動。《蛇》が相手にダメージを与えたとき、そのカードを破壊して2枚ドローできる! ボクはこれでターンエンド☆」
ブロッカーを残していなかった以上ダメージは覚悟していたが、《ガン》が止められた上にブロッカーが残されたのは厳しい。先程の耀のバトルのおかげで《脱け殻》《脱皮》など防御札の存在が割れていたので、早めに攻めたかったのだが。
となると、無理に攻めずに準備に費やすべきだろう。
「俺のターン。エナチャージして、5コストで右端に《竜の舞巫女》を召喚」
場に現れたのは、頭に角のようなアクセサリーを付けた、脇の空いた巫女服の少女。
「召喚時効果で、場の《龍》《ドラゴン》の数まで、山札からエナチャージする!」
少女が銀の髪を振り乱し、煽情的な踊りを披露する。その舞は竜神へと奉納され、その恵みがエナを生み出した。
「これでターンエンドだ」
「高貴なボクのターン! ドロー!」
引いたカードを見て、周藤はニヤリと口元を歪めた。
「2コスト払ってパッシブスペル《変換》の効果を使用。このカードを手札から捨てることで、このターンだけ好きな色として使える『エナチップ』を、払ったコストと同じだけ得るよ。チップで青1エナ分を補って、5コスト!」
水上に現れた竜巻の中から、巨大な蛇が姿を見せる。
「《彗星蛇シーサーペント》を中央左に華麗に召喚☆」
「クソ、早出ししてきたか……!」
「召喚時効果で2枚引かせてもらおうか! 更に《龍の舞巫女》を破壊して1ダメージだ☆」
蛇の放った水弾が、巫女に直撃し、その余波が俺をも襲う。
《シーサーペント》は青3エナを要求される。
とはいえ《シーサーペント》の召喚用に、手札コスト2枚と《変換》で少しアドバンテージを失っている。耀の時と違い《マネキ》でリソースを稼がれているわけでもないから、そこまで上振れているわけでもなさそうだ。
まだ、真のエースが見えていないのがネックではあるが。
「アタックフェイズ。《彗星蛇シーサーペント》で攻撃☆」
「通すぜ」
「更に《タツノサーペント》でもアタック☆」
「ぐっ……!」
3点と1点、合わせて4点のダメージが通る。先程受けたダメージと合わせて、ライフの残量が3まで減ったが、俺の構築でそれはメリットになる。
「カウンタースペル《雨降地恵》を発動。ダメージを受けたので山札からエナチャージ1と、更にこのターン4点以上のダメージを受けてるから1枚引く」
「フッ、いいだろう。ボクはこれでターンエンド!」
「俺のターン! スタートフェイズに、さっき『フリーズ』された《ガン》はスタンドするぜ」
《舞巫女》は倒されたが、『貫通』持ちのガンが動けるようになったのは大きい。それを見越して周藤はブロッカーを残さなかったようだが、それならそれで好都合である。あとは、先程伸ばしたリソースを活かして攻められれば──
そう思いながらカードを引けば、最高のカードがやってきた。
「エナチャージして、赤2エナ含む6エナ! 中央右に《獄炎龍インフェルノ・ドラグーン》を召喚!」
「出番じゃな!」
渦巻く爆炎の中から、紅き龍の美少女が飛び出す。ニッと強気に笑って、フェルは蛇の群れを見据えた。
「そのままバトルだ。《獄炎龍》で、《彗星蛇》を攻撃! 攻撃時効果で、BP以下のスピリットである《タツノサーペント》を破壊!」
「ファイアー・ブレスッ!」
フェルが放った熱線が、蛇を消し炭にした。
「更に相手のスピリットが破壊されたとき、俺のライフが3以下なら、《獄炎龍》の攻撃力は2000、BPは2上昇する!」
「火力を上げていくぞッ!!」
「へえ……」
より強く炎を滾らせるフェルを見ても、周藤の澄まし顔は崩れない。何か持っているのだろうが、そんなの構うものか……!
「いけ、《獄炎龍》!」
「カウンタースペル、《尊き犠牲》を発動! 《彗星蛇シーサーペント》を破壊してその攻撃を無効にし、クオリア分のライフを回復☆」
爆風に包まれ、《彗星蛇》の姿が見えなくなる。攻撃対象がいなくなり、フェルの足が止まった。
流石の
「カウンタースペル、《脱皮》を発動! ボクのサーペント・スピリットが効果で破壊されたから使えるよ、発動時に破壊されたスピリットはフィールドに舞い戻る!」
爆風の中から、一回り大きくなった《彗星蛇》が現れた。これを警戒して攻撃で破壊したのだが──たった二枚の手札が両方コンボパーツとは。運に愛されているのは、流石プロプレイヤーとしか言えない。
「《彗星蛇シーサーペント》の出たときの効果で、2枚引かせてもらうよ☆」
「だけど、シーサーペントが破壊されたから再びフェルは力を増す……! BP11000、クオリア6の《獄炎龍》で、周藤に攻撃! 攻撃時効果で今度こそ《彗星蛇》を破壊する!」
「退け有象無象よッ!」
「くっ!」
シャルの鋭い爪が、主を庇うように立ちはだかった蛇の身を割き、爆散させる。そのまま振り返った尻尾の一振りでライフゲージを一気に減らした。
「2コスト払ってクイックスペル《連撃》を発動! 《獄炎龍》をスタンドさせて、そのまま再攻撃だ!」
「これで……終わらせてやる! インフェルノ・ブラストッ!」
両手に生成した火球を合わせ、そうして生まれた巨大な炎の塊をフェルは周藤に向けて放つ。
「カウンタースペル《ラウンド・シールド》発動。5点以上のダメージを受ける時、そのダメージを0にするよ☆」
炎は巨大な盾に阻まれ、やがて消滅した。《ガン》が残ってはいるものの、その攻撃では周藤のライフを削りきることはできない。
「く、ターンエンド……!」
「フッ、危ない危ない。ボクの美しさが陰らされるかと思ったよ」
「……嘘つけ、汗一つかいてない癖に」
リソースはギリギリだったというのに、それでもターンが返ってくると信じていた──否、どころか確信していたのだろう。
正気でなくても、その度胸と勝負強さには変わりがないらしい。
「輝けるボクの、ライトニングドロー! そしてラストターン!!」
「なっ……!」
それは、ここで勝負を決めるという宣言。競技シーンであれば煽りと捉えられかねず、その上、仮に決められないままターンを返せば拍子抜けという、ノーメリットな諸刃の剣。裏を返せば、それだけの自信があるということである。
「ボクは3コストでプッシュスペル《速贄》を発動! 効果で墓地の《彗星蛇シーサーペント》を場に戻す! ただしこの効果で出したカードの効果は発動できず、相手ターン終了時に破壊されるけどね」
大きな
「墓地の《変換》の効果。このカードが墓地にあるとき1度だけ、手札を1枚捨てて《変換》の効果を使用できるよ。これによって黒2エナ分のチップを生み出して、青2エナ、黒2エナを含む4コスト!」
──海が荒れていく。
空には暗雲が立ち込め、海上には津波と竜巻。それが銛に刺さった《彗星蛇》を覆い隠し、徐々にそのシルエットを変貌させる。
「《墜星蛇カラレスサーペント》に
現れたのは、悍ましい姿の蛇だった。
美しかった藍色の鱗は、鈍い黒に染まり、流線型のボディは醜く太くなり、その首は二股に分かれている。
あれが彗星蛇が、マッドデッキケースで『塗替』された姿。今後のことも考えると、本当は出される前に決めたかったが、やはりそう上手くはいかないらしい。
「《墜星蛇カラレスサーペント》は本来8コストのクリーチャーだけれど、ゲーム中に捨てた手札の枚数だけ召喚に使う無色エナを減らせるよ。更に
「4枚のドローだと……!?」
減ったリソースを一気に補充された。驚愕する俺を見て、周藤は口の端を釣り上げ、手札3枚を投げ捨てる。
「なっ!? わざわざ得たリソースを捨てた!?」
「《墜星蛇カラレスサーペント》は、出た時に手札を好きなだけ捨てられるんだ。捨てたカード1枚につき攻撃力が2000、クオリアが1上昇し、2枚以上捨てたから《インフェルノ・ドラグーン》を『フリーズ』、更に3枚以上捨てているから『4回攻撃』を得る☆」
「くっ……!」
《墜星蛇》の吐いた水弾が、フェルの動きを縛る檻となる。
元のスタッツが10000/2だった《墜星蛇》は、16000/5まで成長する。しかも脅威の『4回攻撃』まで得られた。たしかに、ラストターンを宣言するのも頷ける、脅威のフィニッシャーである。
「さあ、終わらせようか。まずは《カラレスサーペント》で《インフェルノ・ドラグーン》に攻撃!」
「《ガン》でブロック! 更に『グロウガード1』で耐える!」
フェルに向かった蛇の身体を、《ガン》は狙撃して意識を逸らした。噛み付かれたものの、かろうじて引き剥がし耐える。
「ならその穴を抜かせてもらおうかな。2回目だ☆」
『ぎゃうっ!?』
疲弊していた《ガン》に巻き付き、蛇は獲物を締め上げて破壊する。これで、俺を守るように立っていた片翼が、消えた形になる。
「カウンタースペル《龍の遺志》発動! 俺の場のドラゴンが破壊された時、そのコストと同じだけライフを回復する。更に、破壊されたのが成長スピリットだったから、山札から1枚引くことができる……!」
手札はこれ1枚。ここでもう1枚受け札を引けなきゃ、そのまま終わる。
「へえ、いいカードは引けたかな? それじゃ答え合わせといこう☆」
「
周藤が上げた手を振り下ろすと、巨大な蛇は口腔に溜めた水弾を、俺に向けて発射する。
「ぐ……っ」
着弾の衝撃と共に訪れる、膝から崩れ落ちるほどの虚脱感。カードを持つ手すら下ろしてしまいそうになるのを、プライドだけで保つ。
「さあ、フィ・ナーレだ! 《カラレスサーペント》、勇者に幕引きを☆」
「カウンタースペル《ドラグ・バインド》発動。俺のライフが3以下だから、その攻撃を無効化し、攻撃スピリットはこのターンスタンドできない……!」
「……っ、ターン・エンドだ」
「俺の、ターン」
なんとか生き延びたものの、盤面には『フリーズ』されたままのフェルのみ。手札もなく、エナも伸びきってはいない。
だがリソースがないのは対面も同じだった。手札1枚、ブロッカーがいない今、残り4点を削れるカードを引けるかどうかで、勝負が決まるのだ。
「ドロー!!」
確認したカードを、俺はそのまま盤面に叩きつける。
「俺は4エナでクイックスペル《バドラタッチ!》を発動する。発動時にレストしたドラゴンの枚数だけライフを回復して、その後、自分の場のドラゴン1枚を選ぶ。フェル、悪いけど譲ってくれるか?」
「仕方ないのう。後でデザートを寄越すんじゃぞ」
水の檻を燃やし尽くして、フェルが空高く飛び上がる。《バドラタッチ!》のカードから溢れた光の道に従って進んでいくと、宙に輝く穴が開いている。そこから、褐色の手が伸びた。
「今日の主役は譲ってやろう。ちゃんと締めるんじゃぞ?」
「おっけー、まっかせといて!」
パチン、と子気味いい音を鳴らしてハイタッチが交わされる。穴に潜っていくフェルと入れ替わりで、編み込まれた金髪を揺らして、新たな装いの彼女が降ってくる。
「選んだカードを戻して、それとは違う色で同じコストのドラゴンを場に出す──舞え、《刻輝龍アンフィスバエナ》!!」
「あるじに迫る艱難辛苦は、ぜーんぶわらわが止める!」
耳から下がった、黒鱗のようなイヤリングを軽く弾いて、アンが隣に降り立つ。
「いまから一発ガツンと殴るから、覚悟しといてよね!」
ヒールをカツンと鳴らして、彼女は周藤を指さし言った。
その出で立ちは天使のような白いワンピース姿であるが、発言ばかりはそうはいかないらしい。彼女の宣戦布告に周藤は「抱きとめる準備をしておくよ☆」と笑う。
「いくぞ、アタックフェイズ! 《
「歯ァ食いしばってよ!」
「甘んじて受けぶシっ!」
両手を大きく広げ、ハグ待ちの姿勢の腹に、見事な正拳突きが刺さった。
「《刻輝龍》の『ドレイン』で、俺は2点回復する! 更に、『2回攻撃』!」
「フッ、カウンタースペル《尊き犠牲》で《カラレスサーペント》を破壊して──!? は、発動しない!?」
「《刻輝龍》がアタック・ブロックしている時、相手は俺がこのターン回復した数値より小さいコストのカードを、使うことができない!」
「オーマイガー!!!」
アンが勢いよく振った尻尾が、周藤の身体を吹き飛ばした。
「これで──幕引きっしょ!」
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