第13話「あくまでお前なんだから」



『おい、其方。暇?』


 週末。予定もなかったので昼前まで惰眠を貪っていた俺の枕元で、龍がぷかぷか浮かんでいた。


「まあ、暇ではあるけど……どうした? なんか欲しいもんでもある?」


『ある』


 あるんだ。記憶がないとはいえ、彼女に頑張ってもらったお礼ができていない。多少高い物でも奮発しようと「何が欲しいんだ?」と聞けば、ちまっこい手で俺の首裏の襟を引いた。


『着いてきなさい』


「いいけど……準備するからちょっと待っててくれるか?」


『それはいいけど』


 ちらりとデッキケースの方を見て、彼女は言う。


『あの子たちは、連れて行かないでほしい』


「えっ?」


『できれば──妾一人で』


 恥ずかしいからか、囁くように紡がれたその声で──不覚にも、少しだけ心臓は高鳴った。



 *



『人が多いな……』


「まあ……週末だしな」


 幾度となく繰り返されたようなやり取り。

 であるが、今回こそはようやく場所が違う。人が360度行き交う交差点に、巨大な電光掲示板。アパレルなどの方面で強い、今までとは別の繁華街である。

 俺の知っている彼女ではないとはいえ、恐らくこの街の方が、好む品は多いはずだ。土地勘がなさすぎて全然案内できないけど。


「さて、具体的に何が欲しい?」


『回ってから考えたいわ』


「そうだな、色々見て回るか」


 ぷかぷかと隣で浮いている奴に、頷いた。

 そこからアパレルを見て、軽食を食べ歩いて、雑貨屋でアクセサリーを眺めていると。


『満足した。次の店舗へ往くぞ』


「俺もう少しだけ見たいから、表で待っててもらっていいか?」


『あまり待たせるなよ』


 どこか名残惜しそうにしつつ、奴は店を出ていった。会計を済ませ、ぼーっと人混みを眺める奴の翼をつつく。どちらかといえば冷たくて、薄いのに硬さがある感触。


『き、気安く触れるな!』


「悪い。はい、これ」


 軽く包装された袋を手渡す。訝しげに包みを裂いて、出てきたものを見て、奴は目を丸くした。


『……何故わかったの』


 出てきたのは、宝石がぶら下がったイヤリング。いつも通りチープな質感ではあるが、光を受けて黄色く輝いている。


「そりゃわかるさ、アレだけまじまじと見てたらな」


 そもそも彼女は、光り物をよく好んでいた。その中でも特に黄色、それも輝きが美しいものを。値段や価値など関係なく、自分の興味の赴くままに。

 店のすべての商品に目を輝かせていたが、これがどストライクだろうな、とは思っていたのだ。だからどちらかといえば、メタ知識の賜物に他ならない。


『あ……ありがとう』


「どういたしまして。で、どうする? これは勝手に買っただけだし、何か欲しいものがあるならまだ見るけど」


『そうだな──』


 もじもじとどこか照れた様子で、ほしい、と奴は言う。


「何が欲しい?」


『……飲み物が欲しい。できれば、座って話せるところで』



 *



 近くにあったカフェに入り、テーブル席に座ってアイスコーヒーとカフェオレを飲む。歩き回って少し汗をかいていたのもあって、飲み物が身に染みる。


「…………」


『…………』


 飲み物を飲んでいるうちは気づかなかったが、よくよく考えるとなかなか気まずい。話せるところでと言われたからカフェに来たものの、全然話しかけてくれない。どうしよう。流石に場を回した方がいいのだろうか。


『……其方は』


「ん?」


『其方らは、妾と共にあったのだな?』


「ああ。お前がどう思ってたかまではわからないけど、少なくとも俺は、お前のことを大切な相棒だと思ってる」


『妾は…………』


 カフェオレを見つめて、何かを言い淀んでいる様子だった。黒でもない白でもない半端な色が、カップの中で渦を巻いている。


『妾の、出自については聞いているか』


「あまり詳しくは。結構いい生まれってことしかわからん」


 所作や物腰が丁寧なところや、細かい立ち回りから見える品で、口調はどうあれ生まれや育ちがいいことはわかっていた。本人が話したがらなかったから、詳しくは知らないが。


『そうか……』


 鋭い目を伏せて、カフェオレを一口飲んでから、竜は滔々と語り始めた。


『妾は名家の生まれでな。一族の姫君として、丁重に育てられてきた。そのせいで、高圧的でつまらぬ口振りばかりが身に付いた。父上にも母上にも感謝してはいるが、対等な知己が誰もいなかったせいで、他人との接し方もろくにわからぬ』


 だから、と竜は続ける。


『妾が、其方らのような賑やかな存在と打ち解けていたと、どうしても信じられぬのだ。妾は、このように固くてつまらぬ龍だから』


「なるほどな」


 ぬるくなったコーヒーを口にしてから、俺は、どういったものか、と思案する。


「俺は、逆に納得したよ。そういう過程があったから、きっと俺たちの知ってるお前があったんだな、って」


『……其方らの知る妾は、一体どのような者なのだ?』


「きっと、お前がなりたかったお前の姿だよ」


『……そうか』


 いまいち読めない表情で、龍は窓の外を見つめた。

 若者の行き交う賑やかな街。彼女が好きだった街。


「──でも、別に無理してそうなってほしい訳じゃない。初めは少し違和感があったけど、お前は、あくまでお前なんだから。光り物が好きなのも、オムライスが好きなのも、何も変わってなかった」


 耳から下げたイヤリングを見る。人用の物だから少しだけ浮いているが、それでもやはり黄色い宝石は、彼女によく似合っていた。


「だから──がんばって記憶を取り戻すとか、そういうのはいいよ。嫌じゃないならもう一回、俺たちと一緒にいてくれたら」


『……妾は──』


 返答の前に、こちらに無数の足音が近づいてきていることに気づいた。悲鳴が聞こえて思わず目をやれば、全身タイツの集団が俺たちの周りを囲んでいる。


「お取り込み中のところ失礼するヤミ」


「謝るくらいなら来ないでほしいんだが」


「そうもいかないヤミね。焔 龍一。この店で前のような爆発を起こされたくなければ、大人しく着いてくるヤミ」


「正気か? お前らも無事じゃ済まないだろ」


「貴様を屠れるなら安いもんヤミ」


 やばい、覚悟がガンギマっているタイプの戦闘員だ。口調が穏やかなのに目が据わっていて最悪すぎる。

 渋々、飲みかけのコーヒーを片付けて店を出る。全身タイツの人間たちに囲まれて動いていると少しだけ、SPを雇った重役のような気持ちになってくる。


 繁華街から徐々に離れ、閑静な街に入り、その一角の廃ビルまで連れてこられた。所々鉄筋が剥き出しになった内装を眺めながら、崩落してもおかしくなさそうな階段を恐る恐る登り、屋上に、俺は追い詰められた。


「さあ……ここなら邪魔は入らない。私とバトルするヤミ!」


「……しょうがねえな」


 公の場所に爆発物を仕掛けたり、子供を脅して誘拐したり、資産家を狙って襲撃したりする犯罪組織ではあるが、あくまでTCGアニメなので、最終的な決定はカードゲームで下されるのだ。逆に言えば、ので、渋々デッキを構える。

 構えたところで、俺はハッとした。


「ちょ……ちょっとまって!」


「まってもヘチマもないヤミ!」


「いや、マジでまってくれ! 俺物理的にバトルできないかも!」


 よくよく考えると、今日はフェルとリザを家に置いてきていた。一応デッキの雛型自体はあるものの、枚数が足らない可能性がある。何かないかと慌ててポケットをまさぐっていたら、見かねたように傍らの龍が嘆息した。


『妾の責任もある。仕方がない』


奴がクオオオオ、と甲高く吠えると、どこからか光が集まり、それらはカードの束となって奴の前に浮かび上がった。


『家臣たちだ。スピリットに過ぎぬとはいえ、あまり呼びたくはなかったがな』


「マジで助かる、ありがとう! おい、三分だけ待ってもらっていいか!?」


「それ以上は待たないヤミよ!」


 さしもの悪の組織もルールそのものを破ることはできないらしく、渋々といった様子で頷いてくれた。

 急いで束を見つめ、効果を把握しデッキを作っていく。黄属性のデッキは使い慣れていないが、耀やアヤカのプレイングを参考に頑張るしかない。


「んー……決定打が足りないな」


 悪くはないが、フェルやリザのような勝負の行く末を決めるエースが足りない。どうしたものかと悩んでいれば、風に乗ってカードが運ばれてきた。


『仮にも主を敗けさせるわけにはいかないからな……感謝しなさい』


「ああ……本当に助かるぜ!」


 これできっかり四十五枚。仮に負けても。慣れないデッキだからと言い訳することは二度とできない。

 相手が黒いデッキケースを構え、俺たちは黒い瘴気に囲まれる。背筋が凍るような、嫌な重圧。それを振り払うように、高らかに宣言する。


「レッツ・ストラグル!」


「デス・ストラグル、ヤミ」





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