第30話 失われた記憶

夜の帳が城を覆っていた。

 黄金の結界に囲まれた私の部屋は、相変わらず外の世界と切り離され、息苦しいほど静かだ。

 レオンは隣で眠っている。金の瞳は閉じられていても、守護者としての存在感は消えない。


 けれど、胸の奥でゼノの声がこだまする。

 あの蒼い瞳が、私の心の深い場所を揺さぶる。


『紗羅……思い出せ』


 思い出せ――?

 何を?

 胸の奥に小さな光が差し込むような感覚。

 でも、まだはっきりとは見えない。


 意識の奥で、断片的な映像が揺らめく。

 子ども時代の自分。森の中、透明な水辺に映る自分の影。

 誰かの手を握った記憶。暖かさと、けれど遠くに消えた感触。


「……これ、誰……?」


 声に出してみる。答えはない。

 ただ、胸の奥が痛み、何かを失った感覚が広がった。


 窓の外に目を向けると、闇の中で蒼の光が揺らめいた。

 ゼノだ――。


『覚えているだろう? お前が誰で、何者なのか』


 その言葉に、記憶の断片がさらに鮮明になる。

 小さな声で呼ばれる名前、遠い国の風景、誰かの笑顔。

 ――忘れたはずの自分が、確かにここにいる。


 胸がざわつく。

 レオンの温もりに守られていながら、ゼノの言葉に心が揺れる。

 ――私、自由を求めていたのかもしれない。

 でも、レオンがいるから、安心感も捨てがたい。


「紗羅?」

 背後でレオンが声をかける。

 金の瞳が開き、私を見つめる。

 その視線は愛情に溢れ、しかし独占欲も隠さない。


「……大丈夫。少し、考えていただけ」

 嘘をつくと、レオンは眉を寄せたが、抱きしめる腕は緩めない。


「……ゼノの言葉が、お前を惑わしても、俺が守る」


 その言葉に心が震える。守られている安心と、何かを失う恐怖が同時に押し寄せる。

 けれど、胸の奥で覚醒し始めた記憶の光が、私を静かに鼓舞した。


――私は、誰かに支配されるために生まれたわけじゃない。


 目を閉じ、深く息を吸う。

 ゼノの声も、レオンの腕の温もりも、どちらも否定できない。

 だけど、思い出すべきものがここにある。

 忘れてはいけない、自分自身の心――。


 夜は深く、黄金の檻の中で私は揺れ続けた。

 自由を求める心と、愛に守られる安らぎ。

 二つの光が、胸の奥で絡み合い、答えを求めてうずく。


 次の朝、城の鐘が静かに鳴った。

 その音が、私に告げる――物語はまだ、終わってはいない、と。


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