第13話 黒衣の訪問者

静まり返った城に、重い扉を叩く音が響いた。


――コン、コン。


「……誰も来るはずがないのに」

紗羅は窓辺で本を閉じ、音のする方を見た。

レオンはすぐに立ち上がり、険しい表情で扉の前に立つ。


「紗羅、ここにいろ」


低い声で言い残し、扉を開いた瞬間――冷たい夜風と共に、一人の男が現れた。


漆黒の外套に、鋭い青い瞳。

しなやかな長身は、戦士というより舞台俳優のように洗練されている。


「久しいな、レオン」

「……ゼノ」


名前を呼ぶ声には、確かな緊張があった。


男――ゼノはゆっくりと歩みを進め、視線を紗羅に向けた。

その瞳がわずかに細まり、唇が愉快そうに歪む。


「……なるほど。これが“召喚された娘”か」

「見るな」


レオンが遮るように立ちはだかる。

だがゼノは一歩も退かず、軽やかに肩をすくめる。


「お前にしては珍しいな。女を傍に置くなど」

「関係ない。出て行け」


二人の間に火花が散る。

紗羅は思わず口を開いた。


「あの、知り合い……なの?」

「……」

レオンの返答より早く、ゼノが答えた。


「かつての盟友だ。だが、今は敵と言っていい」


青い瞳が鋭く光り、彼は少しだけ紗羅に近づいた。

「その名は?」

「……紗羅、です」


答えた瞬間、レオンの手が紗羅の手を強く握った。

「答えるな」

「えっ……!」


その力に驚きながらも、ゼノは口元に笑みを浮かべた。


「……なるほど。お前が彼女を“手放せない理由”はよく分かった」


挑発するような声。

レオンの金の瞳が燃え上がり、紗羅をさらに引き寄せる。


「ゼノ。二度とこの城に足を踏み入れるな。次は……斬る」


張り詰めた空気の中で、ゼノはあえてゆっくりと背を向けた。

「面白い。……また来るさ」


黒い外套が翻り、夜の闇に溶けていく。

   








残された静寂の中で、レオンはまだ強く紗羅を抱きしめていた。

「……絶対に、あいつには触れさせない」


その声は怒りに満ちていたが、どこか怯えたようにも聞こえた。

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