第5話 檻の城、檻の言葉

紗羅は窓辺に座り、外の光を見つめていた。

森の緑、空の青。遠くから鳥の声がかすかに響く。


「……こんなに近いのに、触れられない」


呟きは風に溶けた。

けれど、背後から低い声がすぐに返ってくる。


「紗羅」


振り返ると、そこにレオンがいた。

いつの間にか背後に立っていたその姿に、紗羅は肩を震わせる。


「……また勝手に近づいて……」

「君が外に憧れている顔をするからだ」


レオンは窓辺へ歩み寄り、紗羅を椅子ごと抱き寄せるように後ろから腕を回す。

その動きは優しいのに、力強く逃げ道を塞いでいた。


「君は俺の城の中でだけ生きればいい。森も空も鳥も、君を奪うものだ」

「自然が敵ってどういう理屈なの」

「俺の理屈だ」


さらりと返され、紗羅は言葉を詰まらせる。

――いや、怖いくらい重い。


「紗羅。君が扉を見たときの顔、俺は忘れていない」

「……っ」


背筋が冷える。

昨日の“逃亡未遂”を、彼はまだ根に持っているらしい。


「もう一度でも外に出たいと言ったら……俺はどうするか分からない」

「脅し?」

「警告だ」


彼の声は低く、耳元で鋭く響く。

けれどその直後、彼の唇が頬に触れた。


「怖がらなくていい。俺がすべてを閉ざす」


囁きは甘いのに、意味は檻そのものだった。


「……ねえ、レオン」

「なんだ」

「こんなに閉じ込めて、私が嫌いになったらどうするの?」


ふと口をついた言葉に、レオンの瞳が燃えるように揺れた。

「それはありえない」

「……私が、って言ってるんだけど」

「紗羅が俺を嫌うなんて、想像できない」


「もし嫌ったとしても――俺は離さない」


一瞬の沈黙。

胸が締め付けられるように苦しくなった。


怖い。でも、不思議と心臓は強く打つ。

――なぜか、完全に否定できない。


城の奥から、またあの唸り声が響いた。

紗羅は思わずレオンを見上げる。

「……ねえ、あれは何?」


レオンの表情が硬くなる。

そして、低く言い切った。


「紗羅には関係ない。俺の腕の中だけ見ていろ」


まるで鎖のように抱きしめるその腕に、紗羅は言葉を失うしかなかった。


――檻はますます深く、強くなる。

それでも、心はまだ抗おうとしていた。

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