第16話

 テスト一週間前。さすがにそこまで来ると、学校内はテストモードになる。部活は完全に停止になって、授業も「ここはテストに出るからな」とか提出物の話しやら、自習の時間も増えてくる。

 今更ながら焦り始める人たちも多い。

 そんな人たちを横目に私は余裕綽々な表情を見せる。


 私の目の前にも焦りを見せる子がいた。


 「宮坂はなんでそんなに余裕そうなんだー」

 「コツコツ勉強してたからね」

 「裏切りだ」

 「裏切りでは……ないけど」


 五十嵐は嘆いている。

 私はそんな彼女を腕を組んで高みの見物をする。


 「せめてワーク。ワーク写させて」

 「すごい。せめてがぜんぜんせめてじゃない」


 なにも控えていなかった。

 図太すぎる。


 「じゃあノートで妥協するよ」

 「妥協って……」

 「あっ。宮坂様、ノートを見せてください。写させてください」


 私の机にどんっと額をくっつける。そしてスリスリ擦る。


 「別にダメって言ったわけじゃないけど」

 「おお、いいの?」

 「いいよ」


 そう言って、ノートを押し付ける。

 五十嵐は喜んでノートを受け取った。単純だなあとか思いつつ、意識は五十嵐じゃない方に向いていた。少し遠くで囲まれている堀口。私はふたした瞬間にそっちを見てしまう。そしてあの夢を思い出すのだ。

 夢だからきっと時間が経てば忘れるだろう。なんて思っていた。二度寝して、目が覚めても夢を忘れることはなく。学校へ行くまでの時間にも忘れることはなく、学校に到着して、授業を受ける合間もしっかりと記憶に残っていた。忘れよう、忘れよう。そうやって意識をするせいで忘れられなくなる悪循環。

 そして、堀口を見て、私は本当にこの人を好きなのかなと考える。目が合うと、恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。


 自分でもよくわかんなくなっていた。

 堀口のことが好きなようにも思えるし、意識しすぎてるだけのようにも思える。複雑な迷路にでも迷い込んだ気分だった。誰かにこの気持ちを吐露したい。相談したい。答えを教えて欲しい。

 でもこんな答えの見えない窮屈な質問をぶつけられるような人はいなくて、結局自分で抱え込んでしまう。


 なんでも相談してね、と五十嵐は言ってたけど。


 「さすがになあ。これは無理だな」


 ノートを必死に写す五十嵐の背中をぼんやり見つめながらそんなことを思った。


◆◇◆◇◆◇


 放課後に図書室へと行く。テスト一週間前になると閑散としていた図書室は活気に溢れていた。ちょっと早めに来たのにもうまともに席は空いていない。

 目を擦る。幻影でも見ているんじゃないかと思った。それほどに目の前の状況が信じられなかった。あの誰もいない静かな図書室が。満席になるなんて。


 「おお、すごい人だね」


 私の隣に並んだのは堀口だった。

 いつからいたのだろうか。


 「うわっ……び、ビックリしたあ」


 突然の登場に驚く。

 心臓が跳ね上がった。そのままどこかに飛び跳ねて逃げてしまいそうだった。ガシッと逃げそうな心臓を掴んで元の場所に戻す。表情も揺れないように取り繕う。


 「脅かしたつもりなかったんだけど」

 「突然声かけられたからビックリしただけ」


 だから他意はない、と告げる。


 「そう? ならいいけど。それよりもどうしようか。これじゃあ勉強するのは難しそうだね」


 そう。その通りだった。私が驚いたことなんて正直どうだっていい。

 この満席をどうにかしなければならなかった。これじゃあ堀口と一緒に勉強することができない。でも今から堀口と勉強するからどいてくれと言えるわけないし、そんなのあまりに横暴すぎる。


 「どうしよう……」


 真剣に悩む。


 「今まで頑張ってたし、今日は帰っちゃう?」

 「え、ダメだよ」


 即答だった。


 すぐに反応してしまったことに恥ずかしくなって俯く。

 それから、私ったら変わったなあなんてふと客観視する。

 今までは堀口と関わりたくないと思っていた。もしもこういう状況になれば喜んで家に帰ろう。と提案していたはず。少なくとも、一緒に勉強できなくなるなんて考えていなかったはずだ。

 でも今私は考えた。しかも真剣に。

 一緒に勉強できないことを問題視した。


 堀口と関わることを望んだ。

 堀口と離れることを拒んだ。


 「…………」


 あれは夢の中の戯言だった。事実でもなんでもなくて、好き勝手夢の中で語ってるだけだった。

 はずなのに。


 ちょっともう戯言とは言えないなあと思う。


 認めるしかないなって。


 まだライクかラブかはわからない。ラブだって認めたくないって気持ちがあるから。まだ踏み止まる。だけれど、好きである。それに関してはもう認めないといけない。


 「駅前のマック行こうか」

 「うーん」


 気持ちを整理していたので適当に返事をしてしまった。


 「え、マック? なんで?」

 「なんでって勉強するためだけど」

 「マックで?」

 「うん」

 「マックで勉強?」


 頭の中になかった概念を叩き込まれて、私の思考は大渋滞を起こしていた。


 ハンバーガーを食べて、ポテトをつまみ、紙ストローでジュースを飲む。その片手間に勉強をする。これはまあこれで悪くないなと思った。

 でも目の前に堀口がいて、この人のこと私好きなんだなって思うと、感情がぐるぐる駆け巡って、ちょっと勉強どころじゃなくて集中できなかった。

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