顔も知らない文通相手が、実は王子様だった
村沢黒音@「闇魔女」10/3発売
第1話
麗らかな朝日が差しこむ書斎。
アレシウス城の一室は、静謐な雰囲気に満ちていた。
1人の青年が、窓辺で本を読んでいる。その光景が1枚の絵になりそうな、美しい青年だった。
銀髪碧眼。均整の取れた肢体と、完璧な配置をした目鼻立ち。
理知的な瞳は、熱心に本へと向けられている。
ふと、開いた窓から風が吹きこんだ。彼の耳は、柔らかな羽音を捉えていた。
青年は顔を上げ、そちらを向く。
ふわふわ、ゆらゆら。
真っ白の小鳥が窓辺に留まっていた。丸くて小さなシルエットをした鳥だ。全身がもふもふの毛に覆われていて、綿毛のようにも見える。
くちばしには、巻かれた紙をくわえている。
青年はほほ笑んで、手を伸ばし、
「ポポ。いつもありがとう」
紙を受けとった。
そして、机に乗っていた器から木の実をとり出す。
「お礼の木の実だよ。そろそろ君が来る頃だと思ってね。用意していたんだ」
小鳥のポポは、「わー!」といった様子で、瞳をキラキラに輝かせた。ふわふわの体を揺らしながら、近寄ってくる。
青年は楽しそうに笑って、木の実を机の上に転がせた。
ポポが木の実をつついている間、彼は紙を広げる。
そこには、繊細な筆跡で文字が綴られていた。
『レオン様へ。今日はビッグニュースです。ポポにお友達ができました! 驚かないで聞いてくださいよ。なんと、その相手は小鳥ではなく、ワンちゃんなんです』
「……ふふっ」
思わずといった様子で、青年・レオンは吹き出した。
温かな眼差しで手紙に目を通していく。
最後まで読み終えると、また初めから読み直した。何度も何度も。この手紙を書いた人物の言葉を噛み締めるように。
手紙は後で、机の引き出しに大切にしまわれることになる。今までの分と合わせれば、そろそろ本が作れそうなほどの分厚さになるだろう。
いつも手紙でやりとりをしている相手――その顔を、彼女の名前を、レオンは知らない。
何度か尋ねてみたことがあるのだが、彼女はよほどの恥ずかしがり屋らしい。名前を教えてはもらえなかった。
だけど、彼女の人柄は手紙の文面から伝わってくる。
心優しく素直。
動物が大好き。
甘い物が好きで、すっぱい物は苦手。
受けとった手紙の数だけ、彼女の新たな一面を知ることができる。その度にレオンは胸を高鳴らせていた。
(いつか……君に会いたいな)
そう思いながら、レオンは便箋と羽根ペンをとり出す。
ポポが休憩している間に、返事を書かなくては。
――今日は、どんな言葉を彼女に届けようか。
そう考えるのも楽しくて、レオンにとっては大切な時間であった。
◇
子爵令嬢とは名ばかりだ。
エリシアの朝は、いつも忙しい。子爵家に仕える使用人は1人だけ。それも高齢の女性なので、無理をさせるわけにもいかない。
だから、エリシアは自主的に家の手伝いをするようになった。
大変だけれど苦はない。
両親は優しく、家族仲は良好だ。2人がお人好しすぎるせいで、お金がたまらず、貧乏ばかりだけれど。
学校の登校時間になるまで、エリシアは洗濯をするのが日課になっている。
その日も早朝から洗濯をしていた。
エリシアがシーツを庭に干していた、その時だ。
ふわふわ。
そんな様子で、綿毛のようなものが舞い降りてきた。
真っ白で、柔らかな羽毛。小鳥のポポだ。
エリシアはそちらを向いて、パッと顔を輝かせた。
「ポポ! おかえり!」
彼女が手を伸ばすと、ポポはパタパタと羽を羽ばたかせながら降りてくる。エリシアの手に留まり、ふぅーっと羽毛を膨らませた。
ポポのクチバシには、巻かれた紙がくわえられている。
エリシアはポポの頭を撫でてから、その紙を受けとった。
「いつもありがとう。レオン様は、元気そうだった?」
ポポは、くいっと首を傾げる。考えるように間を空けてから、今度は反対側に、くいっと傾けた。
呑気な仕草を見て、エリシアはくすくすと笑う。ポポを自分の肩に移してから、さっそく手紙を読み始めた。
『ポポの飼い主様へ。今日はポポに木の実をあげてみたんだ。ポポは5つも食べていた。そして、食べすぎたせいで、しばらく飛べなかったんだ。ポポの帰りが遅くなり、心配させてしまったかな? 大丈夫、ポポの身には何も起きてないよ――少し、お腹が昨日よりは大きくなっているかもしれないけれど。ポポの友達のワンちゃんも、昨日はポポが戻らなかったことで、寂しがったりしなかっただろうか?』
「ふ……ふふふっ」
エリシアは手紙を読みながら笑った。
「レオン様は、とても気さくな方なのね」
彼との手紙のやりとりが始まってから、すでに3ヶ月が経過している。
彼がどんな姿をしているのか、どんな立場の人なのか、エリシアは知らない。
知っているのは、『レオン』という名前。
エリシアと同じで、動物が好きということ。
酸っぱいものは平気だけど、辛いものが苦手。
甘いものは大好き。
そして、彼の優しく気さくな人柄は、文面からも伝わってくる。
エリシアはその手紙に最後まで目を通すと、顔を曇らせた。
『君も甘いものが好きだと言っていたね。美味しいパンケーキのお店を知っているんだ。よければ、今度、一緒に行かないか?』
エリシアは眉を垂らして、その手紙をじっと眺める。ポポが心配そうに顔を覗きこんでくる。ぽよんぽよんと体をエリシアにぶつけてきた。
「うん……そうね、私も本当は、レオン様に会ってみたいけど……」
彼との文通は今や、エリシアにとって心の拠り所になっていた。
彼からの返事が来れば、胸が高鳴る。『次は手紙に何を書こうか?』他のことをしていても、そのことばかり考えてしまう。
丁寧に書かれた文字と、綴られた文面でしか、互いを知らない。
それでも、彼の人柄にエリシアは日に日に惹かれていた。
――会ってみたい。その気持ちは本物だ。
でも、実際に会った時、彼に幻滅されたらどうしよう。
そう考えると、怖かった。
(レオン様は、高貴な身分の方なのかな? いつも言葉遣いが丁寧だし……。教養もあるみたい)
彼の身分は、平民ではないのかもしれない。
ということは、エリシアより確実に身分が上だ。
エリシアは子爵令嬢であるものの、貧乏だ。家の手伝いばかりに奔走しているので、暮らしぶりは平民とそう変わらない。
(レオン様に、私が本当はこんなに貧乏で、みすぼらしい女だって知られたら……)
エリシアの容姿は地味な方だ。暗めの茶髪に、同色の瞳。「素朴な容姿で可愛い」と友達はお世辞を言ってくれるけど、高貴の人の隣に並べるとはとても思えない。
出かけるための服だって、高価なものは持っていないのだ。
だから、エリシアは未だに自分の名前も明かすことができずにいる。
エリシアが固まっていると、ポポは飽きたのか、パタパタと飛んで行った。
わんわん! 最近できたばかりの友達、犬のジョンのところに遊びに行ったみたいだ。
ポポがジョンと戯れている間も、エリシアは悩み続けていた。
レオンとの文通は楽しい。このままの関係がずっと続けばいいと思う。それと同時に、レオンがどんな人なのか、もっと知りたいと思う。
(このお手紙……なんてお返事をしたらいいのかな……)
――誘いを断れば、レオンはがっかりするだろうか。
そう悩みながら、エリシアは屋敷の中へと戻るのだった。
レオンとの文通が始まったきっかけは、些細なものだった。
ある日、ポポの行方がわからなくなった。外に遊びに行ったまま、家に戻ってこなくなったのだ。
エリシアは心配のあまり、そこら中を探し回った。ポポがいなくなってから数日間、食事も喉を通らないほどだった。
そして、1週間が過ぎた頃――ポポはひょっこりと戻ってきた。元気そうに羽をパタパタと動かしながら。
その時、ポポはクチバシに小さな紙をくわえていた。
紙には優しい筆跡で、こう書かれていた。
森の中で、怪我をしたこの子を見つけたこと。怪我の手当てをしたこと。足にレッグバンドが巻かれていたので、誰かに飼われているのだろうと考えたこと。
『この子が戻ってこないことで、心配をかけたのなら申し訳ない』
丁寧に綴られた文章を、エリシアは何度も読み返した。
ポポが無事でよかった、こんなに親切な人に助けてもらえてよかった、と心から思った。
エリシアはその人にお礼の手紙を書いた。
そうして、レオンとの文通が始まったのだ。
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