正夢の巫女

八雲尤明

第一話 小枕うたたの朝

 それはまだ、うたたが幼かった頃の再現。

 体ほど大きなぬいぐるみを抱えて、母とともに白い車をさがした。父が車を出しているはずだった。春の駐車場はやわらかな空気に包まれて、うたたはぬいぐるみを手に入れた喜びをその中で感じていた。ずっとねだっていた犬のぬいぐるみだった。赤い車を曲がると、真っ直ぐ目の前に道路が見えた。車一台も走っていない。忘れてしまっているのかも知れない。道路の縁には大きな桜の木が植っていた。桜並木だった。うたたがそれに気付くと、示し合わせたように、ゆるやかな風が吹いて桜をなでていった。花びらが軽く飛んだ。うたたは花びらの飛ぶ先を目で追った。幼いうたたには、その日常の景色さえ夢にまで見る幻想に思えた。桜の花びらを眺めて、そのとき目にとまった白い車に、父が乗っていた。


 ※


 小枕こまくらうたたはアラームをかけない。自然起床主義だ。遮光カーテンは時間になると開くように、専用の機械に取り付けてある。夏の照らすような太陽を、一枚のレースカーテンがやわらかい光に置き換えてくれる。夢の中にあったうたたの思考が、光を浴びて浮かび上がってくる。

 なんて、いい朝!

 うたたは伸びの反動で体を起こして勢いよくカーテンを開けた。光に目が驚く。しかし心は喜ぶ。夢のことはしっかり覚えている。早く母と父に伝えたい。

 こうしてうたたは、今日も目を覚ました。

「今日はどんな夢を見たの? うたた」

「イヌスケ買ったときの夢!」

「イヌスケ? そんなやついたか?」

 一家団欒だんらんの食卓である。うたたは毎朝こうして両親に夢の話をしている。である。風邪の日も熱の日も、かならずうたたは夢の話をする。

 そう、うたたは夢を忘れない。本来ありえぬことである。睡眠の周期によって、夢を覚えていられる夜といられない夜があるはずだが、うたたはそれを凌駕して全ての夢を覚えている。当然いま十何年も前の夢を覚えているわけではないが、少なくともその日の夢は必ず覚えている。うたたの父も母も、今さら気に留めはしない。

 うたたはその朝を今日も終えて、バタバタと学校へった。

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