#11「さらば、異世界よ」その3.

 バニラと対面した時に戻る。

 「おい、バジル。ガチで引き受けたの?」

 「仕方ないだろ、これしか方法がない。それに、俺は、ゲーマーだぜ?ピンチを切り抜ける方法は、数多く頭の中に入ってる。」

 「なら、いいけど。」

 密談を交わした後、バジルは、バニラに願いを言った。

 「まずは、トマトを世界最強の体にしてほしい。対価は、何だ?」

 「うーん。アタシィ、魔女じゃなくて、サキュバスになりたいんだよね。今、なろうと頑張ってんだけど、犠牲になってくれる人が、なかなかいなくて。」

 会話の途中、チーズは、バジルの肩を叩いた。再び、2人は、後ろを向き、小声で話す。

 「なあ、サキュバスってなんだ?」

 「男の精液をくたばるまで吸い取る悪魔だ。」

 「くたばる!?それって、死ぬってことか?」

 「そうよー。」

 バニラは、軽やかに高く跳び、2人の目の前に来た。

 「聞こえてたのか。」

 「地獄耳だからね。で、要は、男の人とエッチして殺しちゃうってこと。」

 「なんか良いけど、死にたくないなー。」

 チーズは、嬉しそうだったが、「死ぬ」と分かると、暗い声になった。

 「その対価というのは、俺たちをその練習台にしたいってことか?」

 「その通り。でも、安心して、2人だから、ちょっと疲れるぐらいまでで止めてあげる。」

 「やりますッ!!」

 2人は、一斉に前向きな返事をした。まったく、男は、単純な生き物である。

 10分後、2人は、全裸になり、仰向けで、息を荒くしていた。あまり運動と性行為に興味のないバジルは、苦い顔を浮かべていた。チーズは、乗り気だ。

 「いやー、良かったー!お姉さん、良い体してんね。」

 「バニラって呼んで。」

 「いいよー、バニラちゃーん!」

 チーズは、裸のバニラに抱き着いた。だが、その挑発が仇となる。

 さらに10分後、2人は、また仰向けになっていた。少し顔が老けたようだ。2人は、覇気のない声で話す。

 「ハッハッハッ、いやー、バニラちゃん。ここまで、意欲的とはねー。」

 「なあ、これ、半殺し程度じゃねーか?」

 「童貞卒業した次いでに、ここまでサービスしてくれてんだから、いいじゃないの。」

 「ねえ、まだー?私、まだまだ物足りないんだけどぉ?」

 「はいはい。今から行くよー。」

 チーズは、立ち上がり、腰を曲げながら、バニラに向かった。バジルは、慌てて止めようとする。

 「チーズ、もうやめとけ!殺されるぞーー!!」

 「あら、まだそんな声出るの?その力、私にぶつけてよぉ。」

 「いえ、結構です。結構ですぅ!!」

 バジルも、バニラに手を引っ張られ、再び愛の海に浸水した。

 また10分後、今度は、2人がうつ伏せに倒れていた。目をバキバキにし、周りに聞こえるほどの激しい深呼吸をしている。もはや、言葉も出ない。

 バニラは、ドレスを着ながら、

 「まだ物足りないけど、あんたたちが死んじゃうわね。お疲れ様、お望み通りにしてあげるわ。」

 と言った。

 「ありがとう、ございます。」

 2人は、うつ伏せのまま、老人のような声で、感謝を口にした。


 2人にとって、あの時は、トラウマだった。冷や汗をかきながら考える中、バジルは、思いつく。

 「分かった。吸わせてくれるやつを紹介するよ。」




 その相手は、学校から10km以上離れた山にいた。

 彼は、深い森を歩きながら、独り言を呟いていた。

 「僕の何が悪いんだ。自分勝手?亭主関白?決めつける?それの何が悪いんだ。そんな人間、どこだっているだろ。どいつもこいつも、僕を見下しやがって!」

 「あなたは正しい。」

 後ろから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。彼は、不満げな顔で振り返る。そこには、バニラがいた。体育館にいた時と違い、黒いシースドレスを着て、銀色の王冠をつけている。

 「今更、何を言う。僕を裏切ったくせに。」

 「ごめんなさい。あの時は、アタシを分かってもらいたくて、そうしたの。あと、周りに嫉妬したから。」

 「そうなのか?」

 「そうよ。あなたと2人きり。それだけで、アタシは、幸せだわ。」

 「バニラ・・・。」

 「何でもしてあげるわ。あなたが死ぬまで。」

 そのハゲ頭のおじさん子供は、バニラの胸に抱かれた。彼女は、優しく彼の背中を、自分の腕で包み込む。口の周りに舌をなぞりながら。背中に生えたコウモリの翼もバタバタと激しく動かして。




 「しっかし、あの魔女、こえーな。」

 「な、沼水祥三のやつ、可哀想だよな。」

 「そうじゃなくて、こんだけの人間、白黒の壁や兵隊に変えたんだぜ。粉々にして。」

 体育館を出ると、いつものように、沢山の人が行き来していた。もちろん、トマトたちは、カツラ等をバッグにしまい、学校の時の格好に戻っていた。

 チーズは、ふと浮かんだ疑問を、バジルに聞く。

 「けど、ホントに殺したのかな?」

 「俺が、『蘇らせろ』って言って、こんだけいるんだから、あの魔女は、殺したんだろ。」

 「俺たちも、下手したら、殺されてたってことか。」

 それを話すと、バジルとチーズは、急に寒気を感じ、両腕を組んで震えた。



👻



 この異世界化事件は、トマトたちとキー子、バニラ、沼水のみぞ知る。

 残りの人々は、菅田も含め、それに関する記憶だけを消された状態で、復活した。

 そのため、3階では、いくつかの怪事件が起きていた。

 「何これーー!!」

 3年C組の堀田明菜は、叫んだ。理由は、ロッカーが開けっ放しのまま、バラバラに体育着が散らかっていたからだ。

 「もしかして、これ、どこかの変態が、あなたの体育着を漁ったのよ。」

 「えー・・・。」

 友人にそう言われ、彼女は、青ざめた顔を浮かべていた。

 一方、美術室では、授業の準備に来た教師が、じっと見ていた。トマト、チーズ、バジルという文字がでっかく彫られたテーブルを。

 「山口!お前の仕業かッ!!」

 3年A組の教室付近では、山口健蔵が、担任教師に叱られていた。チーズが割った窓ガラスのことだ。証拠は、ロッカーから出された金属バットだった。

 山口は、自前の丸坊主を自分で撫でながら、なぜか焦る。

 「俺、そんなことしないっすよ。」

 長時間の取り調べに耐え抜いた山口は、急激に怒りが増していた。男子トイレの洗面所で、友人の谷口啓太が、ワックスで髪を溶かしていた。山口は、洗面所に突撃し、呑気な彼の胸倉を掴み、壁に押し付けた。

 「おい!お前、どうしてくれんだよ。退学になったら、ぶっ殺してやるからな!」

 「落ち着け!何のことだよ?」

 「俺のバットで、3階の窓全部割ったことだよ!お前だろ!?」

 周りの生徒に蔑む目で見られていることは気にせず、山口は、わめき散らす。だが、谷口は、逆上し、山口の胸倉を掴み、反対の壁へと押し付けた。

 「俺たち、友達だよな?友達なのに、疑うのかよ!死ねよ、お前。」

 谷口は、ガシッと手を離し、山口の肩をわざとぶつけて通り過ぎた。

 「誰が俺を・・・!」

 山口は、復讐心に燃えていた。自分のロッカーにパンチして、憂さ晴らしをしてしまうほど。とはいえ、彼にも、今しなければいけないことがある。次の授業の教科書を取りに、ロッカーを漁っていると、彼は、金属バットに目が留まる。

 「俺が遊んでやったやつらか?」

 彼は、自分がいじめてきた人々を疑い始める。しかし、誰も見たくない彼の場面は、もうすぐ終止符が打たれる。

 周りの生徒が、山口をチラ見するようになったのだ。多くの視線を感じ、不安と怒りが顔に出ていく。

 そんな中でも、彼は、化学の授業に出た。座って、実験の説明を受けていると、担任教師が声をかけた。

 「授業中、失礼します。山口、ちょっと来い。」

 残念そうな暗い口調だった。教師の隣には、谷口もいた。彼も、目が震え、暗い表情を浮かべていた。

 連れて行かれたのは、校長室。山口と谷口は、ソファに座り、校長と担任教師と向かい合った。

 「谷口さん、もう一度、お願いします。」

 校長に指示され、谷口は、スマホで、ある動画を見せた。画面は真っ黒で、音声だけが聞こえる。

窓ガラスが割れる音が長く流れた後、山口と谷口らしき会話が聞こえてきた。

 「山口、これどうすんだよ。」

 「いいんだよ。三島のせいにすれば。あいつ、従順な奴隷だし。」

 「そうだね。」

 音声が終わった。しかし・・・。

 「俺は、やってません!」

 山口は、まだ否定をする。が、校長と担任教師は、聞く耳を持たず、言葉を重ねる。

 「質問を変えましょう。音声ファイルにあった『三島』という人は、クラスメートの三島俊介さんのことですか?」

 質問をすると、校長は、テーブルの上に、3,4枚の写真を置いてみせた。そこには、見るに堪えないほどの彼らがしてきたいじめが収められていた。校長は、その中の一枚に写っている青年に指を差す。

 「彼は、三島俊介さんで、間違いありませんね?」

 校長は、冷徹な目つきで、山口を見つめる。その圧に怯え、彼は、覇気のない声で、「はい、そうです」と認めた。

 「はい、認めましたね。長い間、ご苦労様でした。」

 あっさりとした口調で、校長は、立ち上がり、自分のデスクに戻っていった。

「校長先生!たしかに、俺は、いじめしてましたけど、窓を割ることは・・・・」

山口は、立ち上がり、言い訳をしようとしたが、空気を察した。担任教師も、谷口も、校長も、もう自分の話を聞いてくれないという空気を。

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