#5「静寂な世界の小鬼たち」前編

 沼水への謝罪から数日した朝、トマトは、いつものように、家を出て学校へ行く。もちろん、カツラを脱いだ優等生らしい格好で、単独行動で。

 しかし、今日は、何か変だった。いつもなら、家を出ると、同じ学校のカップルが、イチャコラしながら歩いている。だが、今日はいない。

 あらら、学校サボってまで。恋は盲目だね。

 と心の声を呟き、彼は、ニヤッと微笑みながら、歩き始めた。

 「しっかし、誰もいねえなあ。」

 通学路である長い一本道を歩くが、車も1台も走っておらず、歩行者も彼しかいない。電車は走っているらしいが、この物静かな状況に、トマトは、心の声を漏らした。

 学校に着いても、生徒昇降口には、誰もいない。

 「うーん?」

 トマトは、首を傾げながら、靴を脱ぎ、下駄箱に向かう。




 一方、チーズは、既に、自分の教室にいた。自分の席に座り、彼は、黒板の上に飾られた時計を、じっと見ていた。

 「あいつ、遅いなあ・・・。」

 友人を待っているが、後ろを向くと、

「誰もいねえじゃん!」

 彼が声を大にして言った通り、教室には、彼以外、誰もいない。再び、時計を見ると、午前8時50分を過ぎていた。朝のホームルームは、9時からだ。

 今日は、休みなのかな・・・?

 この疑問が浮かぶと、落ち着いていられず、彼は、教室を出る。ここもいない。そこにもいない。他の教室を歩いて回るが、誰もいない。

 「あ、チー、白石先輩。」

 廊下を歩いているバジルと遭遇した。

 「おー茶川(さがわ)。もしかして、お前も人いないか、見て回ってる?」

 「はい。職員室も、誰もいなくて。」

 「やっぱり、今日、休みだったのかなー。」

 「うーん。」

 2人が廊下で立ち尽くしていると、そばにある階段から、足音が聞こえてきた。2人は、さりげなく歩いて、階段を上る人を見ようとする。すると、見覚えのある赤いカツラと赤いTシャツの男子が上がって来た。

 「やあやあ、諸君。」

 「トマト!」

 「お前、他の人にバレたら、どうすんだ!」

 チーズは、カツラの毛を鷲掴みし、危機迫る感じで言う。だが、トマトは、余裕のある様子で、こう言った。

 「へーきへーき。この学校には、俺ら以外、誰もいないよ。」

 チーズも、質問を重ねる。

 「けど、用務員は?」

 「それが、いないんだよ。事務員も。それで、学校が開いてるって、変じゃねえか?」

 「たしかに。」

 満場一致で、2人が頷いた。顎に手をつけ、トマトは、真剣な顔で考える石像になる。ものの十秒ほどで、彼は、顔を上げ、何か結論がまとまったような表情を見せた。その答えとは・・・。

 「よし、せっかくだし、大暴れしちゃうか!」

 「えっ!?」

 バジルは、思わず、聞き返す。だが、その疑問はスルーされ、チーズが、その場に置いてあった椅子を持って、賛成する。

 「いいっすねえ。誰もいないなら、何やっても、怒られない!」

 「いやいや、『後の祭り』と言うじゃないか。やめとこうぜ。」

 バジルは、慌てて、暴走気味の2人を説得しようとする。だが、トマトは、言い返す。

 「んなことは、承知の上よ。今まで、加減を知らなかったことあるか?」

 「ない。」

 トマトは、子供のように、無邪気で嬉しそうな笑顔で、バジルを誘い込む。

 「なら、乗りかかった船だ。こんなの、滅多にないんだぜ。この広い公園を遊び尽くすしかないっしょ。」

 「そうだな。」

 バジルは、不安げな表情からニッコリとした笑顔に変わり、トマトの考えに乗った。

 「って・・・。」

 1時間後、彼は、床に無数に散らばったガラスの破片のそばで、立ち尽くしていた。学校は、沢山の猛獣が暴れていたのかと思うほど、無残な光景となっていた。その絶望的な景色を前に、

 「めっちゃ荒らしてるじゃねーか!!」

 と彼は、大声を上げた。

 時を戻そう。「誰もいない学校」で遊ぶことになったトマトたち。彼らは、プライベート用のカツラと服装に着替えた。だが、そうは言ったものの、彼らは、ノープランであった。

 「けど、遊ぶつっても、何するんだよ?」

 「・・・。」

 チーズの質問に対し、トマトは、腕を組み、辺りを見渡す。すると、廊下の壁に寄せられている机の下にしまってあるいくつかのデスクチェアに目が入った。

 ちょうど、3脚ある。それを確認すると、彼は、何かを企む笑みを浮かべた。

 「レディ、ゴー!」

 トマトの掛け声で、3人は、デスクチェアに座りながら、前進した。彼らは、足を後ろに滑らせて進んでいく。

コースは、シンプルな一本道。まっすぐ進み、一番奥にある美術室のドアがゴールとなる。

 3人が走る中、チーズは、わざとバジルとトマトにぶつかる。バジルは、ロッカーへと突き飛ばされ、最下位に。ロッカーに背中がぶつかった衝撃で、上で、蓋が開いていたところからこぼれ出ていた体育着袋が落ちてきた。不運な事に、体育着袋は、緩く絞められていて、バジルの顔にスッポリ被さってしまった。

 「くっせー!」

 あまりの激臭に、バジルは、すぐに袋を外し、向こうへ放り投げた。床には、ズボンやジャージが散らばっていた。が、彼は、気にせず、デスクチェアに座り、復帰した。

 トマトも跳ね返されたが、足を踏みしめ、ブレーキをした。彼は、勢いよく足を後ろに滑らせ、先を越したチーズに追いついた。

 「何すんだよ!」

 トマトが怒ると、チーズは、ベテランドライバー風な渋い声で、自慢げに言う。

 「カーレースは、ぶつかり合うのも、醍醐味なのだよ。」

 もうすぐ、南側の階段の横を通る。そこを通り過ぎれば、美術室がある。

 「なら、俺も容赦しねー、よッ!」

 トマトは、壁側に寄ってから、素早くチーズに衝突した。

 「わーーっ!!」

 チーズは、突き飛ばされ、階段から転落してしまった。だが、彼は、とっさに、デスクチェアを捨て、片足で一段一段ステップをしながら、踊り場に着地した。

 ここは安心安全。心落ち着く場所「居場所カフェ」。

 そんなポスターが貼られている掲示板に寄っかかり、安どのため息をつくチーズ。しかし、彼の間近に、自分が乗っていたデスクチェアが猛突進し、壁に激突した。

 バーンッ!

 急な出来事に、思わず、チーズは飛び跳ねた。ぶつかった弾みで、画鋲が取れ、居場所カフェのポスターが床に落ちた。そのポスターのように、彼も、腰を抜かした。

 「おっ、コースアウトか。」

 バジルは、踊り場にいるチーズを尻目に、嘲笑いながら、通り過ぎて行った。

 「コースアウトどころじゃねーよ!危ねえだろ!」

 彼の怒号が聞こえたトマトは、階段のほうへ行き、チーズを見下ろす。

 「危険性を教えたまでさ。ぶつかり合うのは、ゲームだけの話ってね。」

 彼の正論に、チーズは、ぐうの音も出なかった。それでは悔しいので、舌打ちをした。

 「さっ、ビリの人には、罰ゲームだ。」

 「罰ゲーム!?」

 そのルールは初耳だったので、チーズとバジルは、驚いて、同じ言葉を発した。




 レースを楽しんだ3人は、美術室に入る。毎朝、教員が来る2時間目までは、鍵が閉まっているのだが、今日は、開いている。

 「ここも開いてるのか。泥棒入るぞ。」

 トマトは、ぶつぶつと呟き、入っていった。紫色の服装をした魔女の絵画や、多くの陶芸品が置かれている中、彼は、道具入れの引き戸を漁り始める。バジルは、呆れた様子で、こう言う。

 「で、罰ゲームって、何すんの?」

 「これさ。」

 トマトは、一本の彫刻刀を2人に見せびらかした。

 その後、彼は、横3列、縦7列に並んだ2人用のテーブルの縦横とも真ん中のテーブルに座った。それから、思いっきり、彫刻刀の刃をテーブルに突きつけた。

 「お、おい、お前、それは、やめとけよ。」

 突きつけたまま、横になぞったりするトマトに嫌な予感がしたチーズは、焦りを覚える。だが、トマトは、止めない。バジルも、

 「そうだよ。さすがに、これは、バレるんじゃ・・・。」

 「なら、誰が彫ったか、分からなくするまで。おりゃあッ!!」

 ここまで来ると、もう彼を止めることはできない。長い付き合いであるため、2人は、それを分かっていた。

 「よしっ、完成!!」

 トマトは、テーブルの表面を目いっぱいに使って、作り上げてしまった。でっかく「チーズ」という文字を彫った作品を。

 「マジかよ!これ、バレたら、すっげえ怒られるやつじゃんかよッ!」

 チーズは、激昂し、トマトの胸倉を掴んだ。それを横目に、バジルは、冷静に、

 「なんで、書き終わったところで、怒る。『チー』のところで、なんとなく気づくだろ。」

 と、棒読みな言い方でツッコミを入れた。トマトは、調子の良さそうに微笑みながら、こう言った。

 「まあまあ、ちょっと、立体的な字にしたから、いいだろ?」

 「よくなーい!!」

 怒りが治まらないチーズだったが、隣のテーブルで、バジルが何かをしていることに気づく。

 2人は、バジルのもとへ行く。すると、今度は、トマトの目が点になる。

 「お前ッ!」

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