俺たちカプレーゼ3銃士

瀬滝二会

#1「半額合戦-夏の陣-」前編

 【トマト】

 毎週火曜の夜8時、俺たちは、絶対に負けられない戦に出る。

 俺こと「赤髪のトマト」と、ダチである「白髪のチーズ」と「緑髪のバジル」、あと、キー子とその親父。俺たちは、戦地のカクヤマスーパーに出陣した。

 狙いは半額。キー子の親父が指揮をとる。

 「俺とキー子は、総菜コーナー。バジルとチーズ、お前らは、パンコーナー。で、・・・えっえっ・・・赤マムシは、刺身コーナー。」

 「トマトだよ!いい加減、覚えろよ。」

 俺は、足をジタバタさせ、苛立ちを表わした。しかし、キー子の親父は、逆上した。

 「親に向かって、何だ!その口の利き方はっ!!」

 逆上しても可笑しくない。何せ、ヤツは、自分大好き人間だからだ。

ヤツの名は、油泉塩次(ゆせんしおじ)、元陸軍隊長だ。巷では、「鬼の塩次」と呼ばれている。ヤツから教えを受けた者は、過酷な試練を与えられたり、ひたすら腹パンされる体罰をされてきた。当然、リタイアする者が多かったが、中には、「隊長のおかげで、腹筋が鍛えられて、プロボクサーになれた」って話も聞く。

現在は、軍を退き、夢だったパン屋を営んでいる。もちろん、そこでも、変わらず鬼で、厨房から怒号が鳴り止まらない。一時期、近隣から苦情があったが、今はない。なぜなら、ヤツは、厳しい訓練に耐え抜いたからこそ、「自分が世界の中心だ」と思ってるからだ。だから、自分に歯向かう奴は、自分が間違ってたとしても、反発する。理不尽極まりないジジイである。

 「いや、親じゃねえよ。友達の親だけど。てか、なんで、俺たちが、あんたらの買い物手伝ってやってんだよ?」

 「そうだよ、なんでだよ!」

 バジルも一緒になって言った。チーズも、便乗する。すると、塩次は、一旦、真剣な顔になる。

 「それはな・・・記憶にございません。」

 塩次は、右耳の後ろから、手のひらを出し、調子の良さそうな笑顔を浮かべた。

 「あんだと!?」

 俺たちは、一斉に怒号を上げた。塩次は、逃げるようにキー子にすがりつき、耳打ちをした。

 「キー子、こんな風に、話を逸らしたいときは、『記憶にございません』と、ふざけた感じに言うものだ。覚えておきなさい。」

 「うん、分かった。」

 「おい、聞こえてんぞ!」

 「あと、そんなもん、政治家しか通じないから!ってか、政治家でも、怪しまれるし!」

 密談にしては、あいつら、普通の声で喋っていた。俺たちは、2人だけで盛り上がってる親子に、ツッコミを連発した。

 「そもそも、元はと言えば、お前が変な誘いしてくるからだろ。」

 「何のことだっけ?」

 キー子は、目を点にさせ、何かを隠してそうなにやけ顔をしていた。




【キー子】

 男って、単純。いや、あの3人だけだろうか。

 私は、油泉黄緑子(きみこ)、ごく普通な女子高生だ。お下げ髪のメガネっ子、漫画でよく見る勉強できそうな子だ。でも、秀才ってほどでもなく、真面目でもない。友達も2,3人くらいいるし、孤立もしてない。ホントに普通だ。あ、でも、強いて言うなら、胸くらい?着替えの時、友達から「大きいね」って言われるから。

 でも、実は、もう一つ普通じゃないところがある。それは、私の周りには、変人ばかりなことだ。

 例えば、うちの父。父は、時々、素っ頓狂なことを言い出す。

 スーパーで、買い物を済ませた帰りなんて、運転しながら、父は、仕事の愚痴を漏らす。

 「あれだけ、パンを売っても、金は、ほぼ国に持ってかれる。ったく、国は、俺ら国民の幸せ、考えてんのかねー。」

 「考えてないんじゃない?今の時代、政府ですら、自分だけのことに一生懸命だし。」

「ふん!ばかばかしい。んなことするなら、全部、正社員にして、全員一律の給料にしろって話だろ。」

 「なんで、急に、雇用形態の話?」

 「だって、軍にいた時を思い出したから。俺たちは、汗水たらして頑張ってんのに、防衛大臣やらのお偉いさんは、フンずり返って、べちゃくちゃ喋るだけじゃねえか。」

 「でも、責任の大きさが違くない?」

 「違くないよ。いついかなる時も、日本に脅威が迫って来たら、対応せねばならない。それが軍人だ。一般的な企業の社員もそうだ。いついかなる時も、急な退職者の穴埋めや競合などの脅威に立ち向かわなきゃならない。皆、脅威に立ち向かっているんだ。それなのに、この人は下、この人は上と、学歴やら雇用形態やらによって、給料が変わる。世知辛い世の中だよ。」

まともなことを話しているが、問題はここからだ。

 「なあ、黄緑子。お前、男が3人いるよな。」

 「男って・・・友達だよ。」

 「どっちだっていい。お父さんは、お前が処女を奪われない限り、文句は言わん。」

 「もし、奪われたら?」

 「五右衛門風呂にぶち込んで、竹刀で袋叩きにしてやる!」

 「プッ!フフフ、ちょっと、怖いんだけど。ホントにやりそうだし。」

 「そうか?ハハハハ。」

 軍人だった頃の話をよく聞いていたので、いつも父が言う冗談は、本当にしそうで、焦らされる。でも、普通の人よりも奇想天外なことを言うので、焦りよりも可笑しさが勝る。この日も、可笑しくて、笑いが吹き出た。

 「来週の水曜のヒトナナサンマルに、そいつらを呼んでほしい。」

 「午後の5時半ってことね。」

 「あぁ。人手があれば、半額も沢山取れると思ってな。普通に頼んでも、断るだろうから、お前、色仕掛けして誘え。」

 「嫌だよ!私、したことないし。」

 「なーにぃ、チョロッと谷間見せりゃあ良いだけだよ。それだけで、どんな男だろうと、コロッと態度が変わる。」

 これだ、私が言いたいのは。こういう普通の人が考えもしない発想に、今まで、どれだけ振り回されたことか。おかげで、母は離婚、私もちょっとだけ他と浮いた子に育った。まあ、幼い頃、「お父さんがいい」と言ったから、私の自業自得だけど。

 けれども、私は、毎回、この男に振り回されている訳じゃない。今回ばかりは、逆らわせてもらう。

 「もし、失敗して、チョロい女みたいに思われたら、どうするの?」

 「安心しろ。お父さんが分からせてやる。」

 「分からせるって、何を?」

 「まぁ、いいからいいから。」

 父は、わざとらしい笑顔を浮かべながら、私の疑問を軽く流した。最近は、父も加減を知るようになったし、ノープロブレムだけど。




 そんな父の言う事に従う私も私だが、言われた通り、私は、空いてる時間にトマトたちを一人ずつ呼んでいく。やつらは、学校では、黒髪に戻り、集団に溶け込んでいる。

 まずは、チーズ。彼は、単細胞だから、すぐ食いつくはずだ。

 私は、トマトたちの行動範囲は、何となく把握済みだ。朝のホームルームの前、私は、3階にある3年B組の教室へ訪れた。

 「ったく、なんで、1、2年は、2階。俺らは、3階なんだよ。毎日、階段上るのがダルくて仕方ねえし。」

 「運動不足解消のためじゃないの?俺ら、後期は、学校来なくなるし。」

 「そうだけど、運動なら、してるっつうのに。」

 「何してんの?」

 「歩く。」

 「ジョギング?」

 「そんなとこかな。立ち上がって、冷蔵庫からジュース取る時とか。」

 「それ、ジョギングに入らないから。」

 黒板側のドアのほうへ近づくと、低レベルな会話をして、笑い合っている2人の声が聞こえてきた。声からして、わずかな距離しか歩かないことを充分な運動だと思っているバカが、チーズだ。ちなみに、こう見えて、実は、私より1個上の先輩である。

 「白石先輩!」

 私は、スライド式のドアを開け、本名で声をかけた。「学校にいる時は、本名で呼べ」とトマトにきつく言われているからだ。

 「おぉ、どうした?」

 チーズは、クラスメートと話していた時よりも、嬉しそうな笑みを浮かべ、私のもとへ来た。

 何を勘違いしたのか、彼と一緒にいたクラスメートは、「えっ?」と声を出し、微笑んだ。

 「大事な話があって・・・。」

 私は、少し緊張気味に話した。もちろん、これは、演技だ。さすがに、父が教えたやり方は、危険すぎる。色仕掛けは、最終手段だ。私が考えるのは、初めて、好きな相手に告るっぽい女子に扮することだ。

 とどめの一撃は、これだ。

「来週の火曜、予定ありますか?」

 私は、チーズの耳元で囁いた。急な至近距離と2人だけの会話、これで、誘いに乗ってくれるはず。と思ったが・・・。

 「ないけど。何かあった?悩みでもあるのか?」

 意外な返事が来た。チーズにしては、大人っぽい言葉。もしかして、この人、わざとバカなふりしてるのかしら。でも、それは、後回しにして・・・。

 「はい。でも、周りには言えなくて。できれば、人のいない場所で話したいので。」

 私は、想い人から悩める子羊に切り替え、待ち合わせ場所と時間を言い、どうにか、違和感を持たれず、やり過ごした。

 次は、バジル。彼は、3人の中で、冷めた男子だ。いつも2年A組で、自分の席に座って、足を組みながらスマホゲームをしている。女子にも、興味がないようなので、普通な雰囲気で誘ってみる。

 「ねえ、来週の火曜、予定ある?」

 「ないけど。何か用?」

 「なんか、たまには、君と2人きりで遊びたいなと思って。」

 いかにも、強引な頼み方だ。私から遊びの誘いをするのは、ほとんどないので、バジルは、疑った。

 「何か企んでそうだけど。」

 「いや、そんなことないよ。」

 思わず、笑みを浮かべそうになった。私は、誤魔化そうと、肩に乗った長い髪を後ろになびかせた。こんなことのために、今日は、急いで学校に来たので、髪をセットするのを忘れていた。

 鬱陶しい。まだ肩に乗ってる。一本も残さず、背中になびかせていると、バジルは、急に態度を変えた。

 「ど、どこ集合?あと、いつ行けばいい?」

 彼は、何かに動揺していた。それに、ちょっとほっぺが赤かった。

 なぜ、考えを変えたのか分からないが、とりあえず、私は、集合場所と時間を言い、その場を後にした。

 最後は、トマトだ。彼とは、小学校の頃からの仲で、クラスメートだ。よくからかい合っていたし、よくお互いを知っているので、3人の中で、強敵だ。

 彼の場合は、時間をかける必要がある。最初、私は、2年C組に戻り、席に座っていたトマトにこう伝える。

 「今日の昼休み、3階のテラス来られる?」

 「いいけど。」

 「じゃあ、必ず一人で来てね!」

 私は、力強くそう言った。

 「分かった。」

 押しに負かされたトマトは、何も聞かず、その一言を発した。その後すぐに、ホームルームが始まった。私は、椅子取りゲームの決勝戦並みの素早さで、自分の席へ戻っていった。途中、クラスメートたちを俊敏に避けながら。

 昼休み、私は、3階にあるテラスの手すりの前で、立って待っていた。ギリギリ100人くらい入れる広さだが、この日は、私以外、誰もいない。何せ、30度を超える猛暑なのだから。手すりに肘を置きたいが、熱くて無理。パラソルの席もあるが、椅子が熱いので、座れない。

 ダラダラと汗をかきながら待ち続けて5分、やっとトマトが顔を出した。

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