【R15】ディストピア世界でちょっとえっちな女の子がちょっとえっちな方法で生きるお話

第1話

 長い、長い戦争があった。

 世界の余すところなくを巻き込んだ戦争は終わりの見えないものだった。地は枯れ海は濁り、空は常に霧のような重金属雲が陽の明かりを遮っていた。

 原因はなんだったのか、貿易摩擦、人種差別、貧富の差、挙げていけばキリがないが、表面上平穏な時代が歴史上類稀なほど長く続いたのだ、その鬱憤を晴らすように、人の強欲を満たす為だけの戦争は続いていた。

 しかしその時代も長くは続かなかった。誰しもが暗沌を望んでいるわけでなく、また戦争を引き起こしたはずの者達も世論の風向きが変わると厚顔無恥にも戦争を否定し始めた。かくして引き返しのつかないはずだった戦争は波が引くようにぴたりと終わりを迎えていた。

 それから半世紀、人々は戦争が起こらない世界を求めて肉体から精神を解き放つことを選んでいた。

 原理としては戦争直後からあった。仮想空間、そこに精神を格納し肉体は専用のカプセルに安置する。管理は全て機械、AIに任せる、創作作品のようなことが、しかし技術的には可能になっていた。

 協議に協議を重ね、人々はその構想を許可することとなる。それが統一世界管理局の始まりであり、今日まで続く新たな人類の生き方の指針となった。




「ここが……」

 現実を生きてみたくなった。ただそれだけで全てを捨てる者のことを人はこう呼ぶ。

 愚か者、と。

 フレイヤは自分のことながら確かに、と納得はする。それくらいの理性は残っていた。しかしそれでも後悔はない、意固地になっているのかと言われればそうかもしれないが、なんにせよ決めたことを覆すつもりはないことに変わりはない。

 ないないと言っているのは現在持ち合わせているものが何もない心情を表しているから、かも。背後には先程出てきた管理局の扉があり、地下には生まれて十八年過ごしてきた一畳程の我が家がある。

 さてどうしようか、と悩む。管理局は自身の身内には手厚いが外に出てしまえば他人のように冷たい。ここからは一人で生きていかねばならないのだ、そのための基盤を整える必要がある。

「いかがですか? 管理局に戻られますか?」

 マニュアル通りの応対、私の隣にいるアンドロイドが話す。どうしても一定数外の世界をみたいという人はいる、そのためにいる護衛のようなものだ。

 つまりはまだ引き返せる、私はその誘惑を振り払う。

「ごめんなさい。行くわ、私は」

 そう言って一歩、なんの保証もない大地へ踏み出す。

 柔らかな土を踏みしめるとゆったりもったり足が沈んでいく。管理局で勉強した通り、戦争の爪痕は自然の回復力により随分と消え去っていて、絹布のような風が顔を撫でる。それを心地よいと感じられるだけで外の世界に来た理由になるというものだ。

 理想郷じゆうから現実ふじゆうへ。母の腕の中から私は解き放たれたのだ。

 が、しかし――。

 あてのない旅路、それもいい。着心地のよいサテンのワンピースに日除けの麦わら帽子、他には何も持たず行ける所までの予定だったが、そんなこと上手くいきっこないことぐらいわかっている。したいのは自分の気が済むまで生きることであって自殺したい訳ではないのだ、ならば当初の予定をぐっと折り曲げることもまた、旅の醍醐味でもあった。

 フレイヤは立ち止まり、振り返る。そこには先程声をかけてきたアンドロイドがいた。

 管理局を外の脅威から護る門番だ、居ないと困るが補充はきく。人とは違い勤勉で、やや融通はきかないが特定の誰かに肩入れなどしない、それに何より強い。人工皮膚の下に硬質ポリマーの外殻、インストールされた武術に照準補正のついた眼球型センサー、標準装備のレーザーライフルは車の装甲をバターのように焼き切り、高周波振動ブレードは鉄骨を縦に両断出来る。そんなものが先の戦争で大量投入されたのだからそりゃ長引くというものである。

 フレイヤはその殺戮兵器に近寄っていた。そして厚い胸板を模した胸部装甲に額を押し当てる。鼓動とは違うモーター音が、人のようで人あらざるものであることを強く認識させていた。

「なにを?」

 当然、アンドロイドは困惑する。むしろ人間であっても同じであろう。これから旅に出ると息巻いていた者が急に戻り抱きついてきたのだから。

 アンドロイドも困るという感情があるんだ。新しい発見を嬉しく思う。と同時に頭一つ高い彼の首に腕を回して引き寄せる。

 甘く唇が重なり合う。その行為は決して攻撃的ではない為、アンドロイドは抵抗する術を持ち合わせていなかった。

 触れる、軽く離れてまた触れる。その行為は次第に長く、貪ると言える程になるまで大した時間を要さなかった。もっとも彼から動くことは最後までなかったが。

「……どうされました?」

「ねぇ、あなたはなんのために生きているの?」

 何か言ったようだけれど、きっと大事ではない。私は浅く足を絡ませながら問う。

「私は外敵から管理局を護る為だけに作られたアンドロイドです」

 たいして面白みもない答え、予想通りだった。

「管理局と、そこに住む人でしょう?」

「肯定します」

「なら私のことも護ってくれる?」

 何言ってんだこいつ、そんな声が聞こえそう。どれだけ高性能な集積回路を積んだところで理外の言葉は処理できないようだ。

「仰る意味が分かりません」

 素直、そこがいじらしい。機械性愛メカノフィリアではないが無垢な子供のように素直であり、何をしても愚直に対応してくれるところがたまらない。大人を相手にしたのならあっという間にそっぽ向かれるのだから従順な召使いを雇ったような気分になる。

 睦言の距離で見つめ合う、それは愛し合う姿にしか見えず、私は蛇のように舌を出して火照った唇を潤していた。

 そして彼の耳元でそっと囁く。

「ねぇ今私が戻ると言ったら、あなたは護ってくれるのよね?」

「……はい」

 返答を聞いて、私は名残惜しみながら身体を離す。その距離たったの一歩分。

「ねぇ今私が戻ると言ったら、あなたは護ってってくれるのよね?」

 一字一句同じ言葉を口にすると、アンドロイドは口を閉じていた。

 狡いやり方だ、私は笑みを浮かべる。管理局から自主的に出ていった者はその環境の厳しさを実感して大半がすぐに戻ってくるとはいえ、初めは完全にその支援を断つものだ。

 しかし私は違う。そもそもの目的からして違うから。

「……あなたは何がしたいのですか?」

 絶滅したはずの珍獣を見る目でアンドロイドが問いかける。あまりに発達した科学は違和感を覚えないほどの人間らしさまで模倣してしまったらしい。

 彼の問いに、私はあらかじめ用意していた言葉を吐き出した。

「花は手折られるために咲くから、かな」

「いえ、受粉のために虫を集める目的で咲くものです」

「そうじゃないの。それが女心ってこと」

 彼は納得していないように、無表情の後ろに困惑を滲ませていた。

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