華麗なる闇堕ちラスボスを全うしたい夜神くん

霞花怜(Ray Kasuga)

1.穴に落ちたら異世界の始まり【LY】→

 ネット小説を読みながら歩いていたら、穴に落ちた。

 あまりにも、いつまでも落ちるので、意識が遠のいた。


「……がみくん、夜神くん!」


 彼の声がした。

 今日は二人で『魅惑の果実』の話をする日だ。

 楽しみにしていたのに。


「ごめん……行けそうにない」


 呼びたいのに、名前が思い出せない。

 温かくて優しい響きの、彼は……。

 


〇●〇●〇



 突然、意識が浮上した。

 浮上したのに、目を開けられない。

 遠くで誰かの話し声がする。


「全然、起きないね。カデル、思いっきり振りかぶったんでしょ?」

「言いがかりはよせよ、ルカ。リリムが剣技苦手なのは知ってる。いつもの通り優しくやったよ」


 誰かが言い合いをしているようだ。

 人が寝ている傍で、非常識だ。

 注意を……ん? ルカ、カデル……リリム?


「だよねぇ。怪我なんかさせたら、どんな文句つけられるか、わからないもんねぇ」

「シェーンの言う通りだ。いっそ、剣の授業なんか、とらなきゃいいんだ。どうせ使い物にならないんだからな」


 剣技の授業なんか、高校の教科にない。

 部活の話……だろうか。


「カデルのその発言も、聞こえていたら事だよ。リリムは闇魔術師だから、剣は必要ないんだよ」

「闇魔術師だって剣技が得意な奴はいるだろ。レアンの発言のほうが棘があるぞ」


 魔術……《魅惑の果実》にも、魔術が出てきた。

 偶然にしては、一致が過ぎる。

 

(そういえば彼が、最近の流行は異世界転生とか話していた)


 普段はネット小説を読まないから、よくわからないが。

 知らない世界に突然、飛ばされる話だった気がする。


(今度会った時に、聞いてみよう。彼は、そういう話が好きだから。名前、どうして、思い出せないのかな……)


 名前が浮かばないクラスメイトの顔を想いながら、目を開けた。


 あまり見慣れない、というか初めて見る洋風の部屋が、眼前に広がる。

 部屋の調度品も、自分が寝ているベッドも、どこか中世ゴシック調だ。


「リリム! 目が覚めた?」


 細身の男性が、寄ってきた。

 起き上がって周囲を見回す。


「どこか、痛むか? その、悪かったな。強く打った覚えはないんだが」


 ガタイの良い筋肉質な体躯の男性が、気まずそうに目を逸らす。


「カデル、もっとちゃんと謝りなよ。許してもらえないよ」


 可愛らしい顔をした小柄な男の子が、ガタイの良いカデルを突いている。


「やめろ、ルカ。謝っているだろ。振り切って悪かったよ。怪我はしてないだろ」

「怪我云々の問題でもないでしょう。要はリリムが許すか許さないかの問題ですから」


 淡々と話す男性がリリムに冷めた目を向ける。

 さっきは聞こえなかった声だ。


「リリム? どうしたんだい? ぼんやりしているようだけど」


 棘のある言葉を吐いていた声だろうか。

 物腰柔らかな皇子風の男性が、声を掛けてきた。


(聞こえた名前は、知っている。《魅惑の果実》の登場人物だ。まさか、いや……でも)


 自分は、ネット小説世界に、流行の異世界転生というものをしてしまった、のだろうか。

 しかも、皆が自分をリリムと呼ぶ。


 念のため、確認してみることにした。


「確認したいんだが……僕は、リリム=ヴァンベルム、なのだろうか?」


 零れた呟きを聞いて、その場にいる五人の表情が固まった。

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