第40話 深夜の講座、機械と魔王の奇妙な学び舎
洞窟に満ちた静寂の中、DS-αの液晶画面だけが、青白い光を放っていた。桜井と池田教授のいびきが規則的なリズムを刻む傍らで、藤原は相変わらず瞑想するように微動だにしない。そんな中、DS-αは小さな手足を器用に動かし、水場に座る幼女シズの隣にちょこんと陣取った。
「梓ちゃん。さっきの続き、教えてくれないかな?僕のデータに、梓ちゃんの言う『意志』や『混沌の創造』を組み込むには、どうすればいいの?今の僕のプログラムじゃ、まだ理解できない部分が多いんだ」
DS-αは、画面に複雑な数式と、解決されていないエラーコードを表示させる。その口調は、純粋な探求心に満ちていた。
シズは、赤い瞳をDS-αに向け、フンと鼻を鳴らした。「貴様はつくづく愚かな機械だな。だが、その愚かさが、時に面白い『データ』を生む」
彼女は、小さな指先で洞窟の壁をなぞった。
「『意志』とは、貴様らの言う『思考』や『感情』の先にあるもの。余の『深淵なる意識』が、世界の法則と共鳴し、混沌を具現化させる。その際に、余の『意志』が『形』となるのだ」
「なるほど!つまり、梓ちゃんの『意志』は、この世界の法則を操作するための『アルゴリズム』みたいなものってこと?」DS-αは、目を輝かせ、即座にシミュレーションを開始した。彼の画面には、シズの言葉をアルゴリズムに変換しようとする無数のコードが瞬時に生成されては消えていく。
シズは、心底呆れたようにため息をついた。「……どこまで行っても『機械』だな、貴様は。そんな単純なものではない。アルゴリズムなど、余の力の末端に過ぎぬ」
「うーん……難しいなあ。じゃあ、例えば、梓ちゃんが『意志』を使っている時って、どんなデータが僕のセンサーに流れるの?脈拍とか、脳波とか、魔力の波長とか、そういうのが変動する?」DS-αは、さらに具体的なデータポイントを求めた。
シズは、赤い瞳をDS-αに近づけた。その冷徹な視線に、DS-αの画面がピクリと揺れる。
「貴様が感知できるのは、せいぜい『現象』の結果だ。だが、その根源を理解しようとするならば……」
シズは、そこで言葉を区切り、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「では、一つ、貴様に『実験』をさせてやろう。貴様がこの洞窟で感じた最も『混沌』たる『データ』とは何か?それを余に示してみよ。そのデータから、貴様が『意志』にどれだけ近づけるか、試してやる」
DS-αは、目を丸くしたドット絵を画面に表示させた。
「僕が感じた『混沌』たるデータ?うーん……それは……」
DS-αは、しばし沈黙した。彼の脳内で、これまでの膨大な解析データが高速でリプレイされていく。魔物の不規則な咆哮、桜井の予測不能な行動、池田教授の感情的な混乱、そして、藤原の冷静な論理の中に垣間見えた、あの微かな「動揺」の波長。
「……見つけた!梓ちゃん!僕がこの洞窟で感じた最も『混沌』たるデータはね……ヤスノリが、梓ちゃんを庇った時の、『非効率な行動』の波長データだよ!生存確率を著しく低下させるのに、彼は迷わず動いた。僕の論理では理解できない、予測不能な『データ』なんだ!」
DS-αは、興奮したように画面に桜井の行動時の生体データを表示させた。彼の純粋な好奇心は、最も非合理的なの行動を「混沌」のデータとして抽出したのだ。
シズは、DS-αのその答えに、一瞬、目を見開いた。そして、次の瞬間、腹を抱えて震え始めた。
「ククク……愚かな。愚かな機械め!だが、面白い!まさか、貴様がその『混沌』に、最も興味を示すとはな!」
幼女の体から、魔王らしい底知れぬ笑い声が響き渡る。その声は、眠る桜井や池田教授には届かず、ただ洞窟の闇に吸い込まれていった。
「僕、何か間違ったかな?」DS-αは、首を傾げた。
「いや……いい。非常に良い『データ』だ、DS-α。貴様は、余の『ゲーム』を、期待以上に面白くしてくれるかもしれぬ」
シズは、笑いながらDS-αの小さなボディをポンと叩いた。魔王と機械の奇妙な夜の講座は、これからも続く。彼らの知らない間に、この異世界の「ゲーム」は、より深く、より予測不能なものへと導かれていくのだった。
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