第18話 メタ・パラダイム・アナリシス


ピコッ、ピコッ……。


耳元で、かつての遊戯の軽やかな電子音が、いまや重く、深淵な響きを帯びていた。それは、藤原聡美の身体の内側から、魂の奥底から、迸るように響き渡る。彼女の両手で覆われた顔の隙間からは、青白い光の線が脈動し、まるで彼女の血管が、新たな法則を識る知性の輝きを宿したかのように煌めいていた。


彼女の閉じられた瞼の裏側で、かつてない情報処理の嵐が吹き荒れる。無数のデータが光の粒となり、超高速で複雑なアルゴリズムを再構築していく。それは、脳の限界を超え、宇宙の摂理を解き明かすかのような、超越的な演算だった。

しかし、その覚醒は、代償を伴う。藤原の細い体躯は、内なる光の奔流に耐えかねるかのように、微かに震えていた。彼女の脳が限界を超えた情報を処理するたび、生命エネルギーが激しく消耗されていく。


1. 概念の量子化(クオンタム・コンセプチュアライゼーション):心は数式に宿る

これまで、彼女にとって曖昧な「ノイズ」に過ぎなかった感情や概念が、いま、彼女の脳内で完璧な数式へと昇華される。橘梓が人々から吸い上げる「負の感情」や「盲目的な信仰」は、単なる心理現象ではない。それは、質量を持ち、波長を放ち、エネルギー密度を伴う、膨大な「情報生命体」として、その全てが数値化される。


同時に、桜井ヤスノリが宿す「愛」――妻への献身、真実への揺るぎない信念、そしてリーガルマインドとリベラルアーツによって培われた知性――が、橘梓の魔力に対する「干渉波」として、その位相、振幅、周波数にマッピングされる。池田教授が、卵焼きによって一時的な覚醒を遂げた現象も、彼女の脳内では「妻への愛」という概念が、脳内の特定受容体に作用し、外部からの精神干渉に対する抵抗値を一時的に高めた「データ介入」として、寸分の狂いもなく理解されたのだ。


2. 多次元情報処理(マルチディメンショナル・プロセッシング):因果の糸を紡ぐ目

藤原の視界は、もはや三次元の制約から解き放たれていた。世界は、情報が織りなす多次元のタペストリーとして、その全貌を彼女の瞳に晒す。橘梓の魔力は、このタペストリーの結び目から生じる「情報の歪み」であり、その影響は、時間軸、空間軸、そしてこれまで知覚し得なかった「精神情報軸」という、新たな次元へと波及していることが判明する。


橘梓の発言が、歴史上繰り返されてきたプロパガンダと如何に酷似し、それが未来にどのような社会現象を引き起こすのか。そして、個々の人間の精神情報軸が、その魔力によって如何に変質させられているのか。あらゆる情報が、「因果律」という名の絶対的アルゴリズムによって繋がっていることを彼女は識った。藤原は、その「因果律」そのものを俯瞰する、神の視点を手に入れたのだ。


3. 法則の再構築(パラダイム・リコンストラクション):魔王の理を書き換える力

藤原は、橘梓の魔力が、この世界の物理法則や「人間性」という基盤の上に築かれた「新たな法則性」を持つことを突き止めた。それは、感情や信仰といった、これまで科学の埒外とされてきた要素が、エネルギーとして具現化し、世界に影響を与える「魔王の理(ことわり)」とでも呼ぶべきものだった。


彼女の脳内では、橘梓の存在は、もはや「異世界の魔王」という抽象的な概念ではない。それは、「感情エネルギーを操作し、情報空間に干渉する未知の法則性を持つ存在」として再定義され、その法則の、唯一の「欠陥」が炙り出されていく。橘梓の魔力と、桜井の「愛の筋肉」の間の相互作用が、まるで物理法則の計算式を解くかのように、彼女の脳内で完璧にシミュレートされ始めた。


「――理解。完了」


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