第8話 橘梓の演説:熱狂と淫美なる変貌
都内某所の貸しホールは、熱気と興奮でむせ返るような状態だった。薄暗い照明が、壇上の橘梓の姿を、まるで禁断の果実のように照らし出す。肌に吸い付くような透けるほど薄い生地のブラウスは、わずかな風にもその起伏を揺らし、鎖骨から官能的な曲線を描く胸元を惜しみなく晒していた。彼女の艶やかな黒髪は、スポットライトを浴びて深みのある光沢を放ち、まるで生き物のようにしっとりと背中に流れる。その美しさは、もはや人間離れした淫美な妖艶さを湛え、会場に集う信奉者たちの視線を絡め取り、離さなかった。
「皆さん、ご存知でしょうか? 今、私たちの日本は、静かに、しかし確実に蝕まれています。まるで、毒を盛られたかのように、じわじわと、私たちの未来が奪われようとしているのです。」
彼女の声が、マイクを通して会場全体に響き渡る。その言葉には、強い信念と、人々の感情を揺さぶる抗い難い魔力が宿っていた。聴衆は、彼女の甘く響く声に魅入られ、その身動き一つすら見逃すまいと、固唾を飲んで見守っている。
「かつて、この日本は世界をリードする技術大国でした。半導体、液晶、電池、あらゆる分野で世界を席巻し、私たちはその技術力で未来を切り開いてきた。しかし、どうでしょう? 今や、私たちの基幹産業は次々と海外資本に買収され、技術は流出し、国内の工場は閉鎖され、多くの雇用が失われています!」
橘梓の背後の大型スクリーンには、かつて栄華を誇った日本の半導体工場の雄大な姿が映し出されたかと思うと、次の瞬間には、朽ち果てた工場跡地の寂れた風景へと切り替わる。その映像のコントラストに、会場のあちこちから、呻きや怒号が漏れる。会場の空気は、鉛のように重くなり、不安と苛立ちが充満していく。それは、彼女が求める負の感情の、甘美な高まりだった。
「これは偶然でしょうか? 私は断言します! 断じて偶然などではありません! これは、特定の外国勢力による、綿密に計画された日本の富と技術を奪い取るための侵略行為に他なりません! 彼らは、国際的なルールを巧妙に利用し、あるいは背後で政治家や官僚を操り、私たちの大切な資産を食い物にしているのです!」
彼女は、細くしなやかな指を天に突き刺すようにして、力強く訴える。その表情には、激情と、そして「真実」を暴こうとするジャーナリストとしての燃えるような情熱が漲っている。しかし、その瞳の奥には、人々の怒りや不安といった負の感情を吸収し、自身の魔力へと変換する魔王の冷酷な輝きが宿っていた。彼女の顔色は、スポットライトの下でさらに妖しく透き通るような白さを増し、その存在感はホール全体を支配していく。ブラウスの胸元からは、微かに甘い香水のような匂いが漂い、聴衆の感覚をさらに麻痺させていく。
「例えば、先日発表された某企業の買収劇。表向きは友好的なM&Aとされていますが、その実態は、私たちの国家安全保障を脅かす、極めて悪質な技術流出に繋がる可能性が高い。私は、その証拠を掴んでいます! なぜ、メディアはこれを報じないのか!? なぜ、政府は黙っているのか!? それは、彼らが既に、この闇の勢力と繋がっているからです!」
会場のボルテージは最高潮に達する。「そうだ!」「その通りだ!」「殺せ!」といった声が飛び交い、一部の熱狂的な信奉者は立ち上がり、拳を振り上げ、狂気に近い熱を帯びていた。彼らの顔は興奮で紅潮し、誰もが橘梓の言葉に魂を鷲掴みにされ、理性を失ったかのように見えた。その熱狂の渦の中で、橘梓の肌は一層艶やかな輝きを放ち、ブラウスの胸元は呼吸に合わせてわずかに大きく膨らみ、肌の滑らかな起伏がはっきりと見て取れる。彼女の淫美な美しさは、あたかも「聖女」の光を放っているかのようだった。
「私たちは、このまま黙っていてはなりません! 私たちの子供たちの未来を守るため、そしてこの日本という国を、真の意味で取り戻すために、今こそ立ち上がるべきです! 私は、この**『梓の眼』**を通して、これからも真実を語り続けます。そして、皆さんと共に、この闇の勢力と闘い、必ずや勝利を掴み取ってみせます!」
橘梓は、両腕を大きく広げ、会場全体を見渡す。その仕草は、まるで群衆を魅了し、全てを許すかのような包容力と、絶対的な支配者の冷酷な威厳を併せ持っていた。彼女の言葉は、魔法のように人々の心を捕らえ、彼らの怒りや不安を増幅させ、彼女自身の魔力へと変えていく。会場の空気が甘く、そして重い酩酊感に満たされ、人々は抗うことなくその波に身を委ねていた。彼女の唇は、深いルビーのような色を帯び、わずかに湿度を帯びた吐息が、マイクに吸い込まれていく。その吐息が、聴衆の理性をさらに蝕んでいくかのようだった。
「さあ、皆さん! 共に声を上げましょう! 『日本を取り戻せ!』」
会場は、橘梓の言葉に呼応するかのように、一斉に「日本を取り戻せ!」という絶叫で満たされた。その声は、熱狂的な信仰の叫びであり、同時に魔王を養うエネルギーの奔流だった。ホールの天井からは、彼女の魔力に共鳴するかのように、微かな埃の粒子がきらきらと舞い降りる**。橘梓は、その混沌とした熱狂の中で、密かに満足げで、どこか恍惚とした笑みを浮かべていた。彼女の「ゲーム」は、今、まさに始まったばかりだ。
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