落ちていたクマのぬいぐるみを直して返したら、お隣のクール系美少女が懐いてきた件

五月雨ゆめ@42&46&47

プロローグ前編「ぬいぐるみの落とし物」

 「……どうしたんだ?」


 八神咲真やがみさくまが、七瀬眞白ななせましろという少女と面識をを持ったのは、梅雨入りの6月上旬、激しい雨が降り頻るある日のことだった。




⭐︎


 現在高校二年である咲真のマンションの隣の部屋には、学校一の有名人と言っても過言ではない人物が住んでいる。


 名前は七瀬眞白。


 薄黄蘗色のロングヘアーはいつも丁寧に巻かれていてふわふわしているし、全てを見透かしたような透き通った薄浅葱色の瞳は、見る者全てを虜にするような静けさを持っている。肌は透けるように滑らかで、小柄な体つきも相まって、まさにお人形と言わんばかりの美しさを醸し出していた。


 咲真と同じクラスではないのだが、彼女の噂はよく耳にする。成績優秀で品行方正。

 

 小テストが行われれば常に一位をキープしているし、技術が問われる体育や音楽でも、その運動神経の良さや音楽性を発揮しており、大活躍。


 咲真は彼女と同じクラスではないので詳しい状態は知らないが、どうやら入学式以降、告白する男子が後を絶たないらしい。


 これだけの文武両道具合なので、男女問わず人気が出る理由も分かるというものだ。加えて、彼女はクールで無表情なことが多い。勿論、話しかけたりすれば答えるのだが、誰かとつるんだりするわけでもなく、孤高でミステリアスな存在という印象も強い。

 

 そんな彼女と同じマンションで、しかも隣の部屋。


 同じ学校の男子たちにバレてしまったら最後、どこかの山に埋められられない。


 だからこそ、咲真は彼女とお近付きになりたいとは思わない。入学してから一年と二ヶ月経つが、彼女との関係性は、すれ違った時に申し訳程度の会釈をするぐらいには落ち着いていた。




⭐︎

 

 玄関のドアが開く音が聞こえないほどの大雨の中、ゴミ出しするのは気が重い。


 このマンションでは、敷地内にあるゴミ捨て場に持っていく必要があるのだが、それは一階のロビー付近の外側に設置されている。そのため、ゴミを持ちながら傘を差して歩く必要がある。


 「流石に降りすぎだろ……じめじめしてるし」


 部屋の外、マンションの廊下に出た瞬間の感想だった。

 雨が降るだけでも面倒くさいのに、気温も変に高く、じめじめしている。梅雨の時期あるあるの、とても気分が落ち込む気象だった。


 と、そのときーー


隣の部屋のドアが開いた。

 

 中から出てきたのは、同じくゴミ袋を片手に持つ眞白だった。咲真は、湿気すら跳ね返すような気品をまとう彼女に、目を奪われてしまう。

 眞白もまた、ドア前にいる咲真の存在に気が付いたのか、顔を向けてくる。


 そして、視線が交差する。


 「……」


 「……」


 いつも通りの、短い会釈。


 少しの沈黙の後、眞白は、そのまま近くのエレベーターへと歩いて行った。

 

 (今日は被ったか………。仕方ない、階段で降りるとするか)


 咲真の中で、決めていることがある。

 それは、眞白とドア前で会ってしまった場合の移動方法だ。同じ学校で同じ部屋となると、時間が被ることもちらほらある。そういうときは、眞白がエレベーターに乗るのを確認してから、階段で降りる。


 彼女も咲真と同じ空間にいると居心地が悪いだろうし、咲真自身も、へんな噂になるのは避けたい。今の時代、誰がどこで見ているのか分かったものじゃないからな。


 なので、できるだけ彼女と一緒になる展開をさけた生活を送っているのだ。


 ロビーまで階段で降りると、少し辺りを見渡して眞白が居ないかを確認する。


 (まぁ、ゆっくり降りたし、鉢合わせることはなかったな)


 そのままゴミを捨てると、学校へと向かおうとした。


 が、ふと目に入ったものに足を止める。


 ゴミ捨て場から少し離れた場所に、クマのぬいぐるみ型キーホルダーが落ちていた。


 見つけてしまった以上、咲真はそのまま放っておくこともできずに、そのクマを拾い上げる。


 大雨の中に落ちていたということもあり、ふわふわだったであろう毛並みは、水分でずっしりと重くなっている。


 見たところ、手作りのキーホルダーのようで、所々に縫い直した痕が残っている。これは、何年もこのぬいぐるみとともに生活してきた証だろう。


 (大切にされてるんだろうな……)


 今すぐにでも持ち主を探して返したいところではあるが、学校に行く時間が迫っている。管理人さんも、まだいらっしゃる時間帯ではない。


 咲真はやり切れない気持ちのまま、学校から帰ってから持ち主を探すことにした。



 「よぉ……ってなんだ??朝っぱらから裁縫セットなんて取り出してよ」


 「あ、あぁ。ちょっとな……」


 学校に着いてすぐ、後ろの席に座るクラスメイトの柳田に話しかけられた。

 普段は朝からだらーとしている咲真が、今日に限って裁縫なんて似合わないものをしているからか、怪訝な顔でこちらの様子を伺っている。


「なんだ?急に変な病気でもかかったか?八神」


「そんなわけねーだろ。拾い物を直してるんだよ」


 手元にあるクマのぬいぐるみを見ながらそう言う。


 母親の仕事柄、咲真の裁縫の腕前は中々のものには仕上がっているはずだ。


 クマのぬいぐるみは、キーホルダーの紐部分が片方外れている状態だったかので、直すことに決めた。持ち主が見つかった時に「勝手なことはするな」と言われる可能性も考えたが、もう二度とこのクマのぬいぐるみを落として欲しくないので、わがままを突き通させてほしい気持ちでいっぱいだった。


 丁寧に糸を入れては、ほつれていた箇所を修復する。


「お優しいことで」


 そんなクマのぬいぐるみをみて感傷的になっている咲真の心情なんぞ他所に、柳田はからかうように口角を上げた。


 「ほっとけ」


 「で、誰のなんだよ。それは」


 「分かんねぇ。マンションのゴミ捨て場付近に落ちていたから、持ち主は同じマンションに住む誰かだと思うよ」


 とはいえ、目星なんてない。


 同じマンションに住む住人なんて何十人、何百人もいるし、そんな中でこの子の持ち主を見つけることなんて、不可能に近いだろう。

 

 ただ、こんなに大切にしているものならば、探しに来るのではないかという持ち主の愛情にかけて、帰りにゴミ捨て場の様子を見に行こうと思っているだけだ。


 いなければ、管理人さんに届ければいいだけの話だし。


 「持ち主、見つかるといいな」


 「あぁ。クマも持ち主のところに帰りたいだろうし」


 「キザなこと言いやがって」


 「あ、おい!危ねぇって」


 肘で背中を突かれ、危うく縫い針が手に刺さるところだった咲真は、必死の形相で叫ぶ。


 悪りぃ悪りぃと、反省する気もない柳田を横目で見つつ、ため息こぼして作業に戻った。






 放課後になっても、雨脚は弱まるどころかますます激しさを増していた。


 風を伴った横殴りの雨が、教室の窓を激しく叩く。空はどんよりと灰色に染まり、まるで時間の感覚すら狂ってしまったように思えるほど、周囲は薄暗かった。


 下校のチャイムが鳴ると、咲真はカバンを肩にかけて立ち上がる。


 机の中から、昼間修理したクマのぬいぐるみをそっと取り出す。乾いたハンカチに包んで、ビニール袋に入れたそれを、まるで壊れ物でも扱うように丁寧にカバンへと仕舞った。


 「……一応、寄ってみるか」


 独り言のように呟く。


 持ち主が見つかる可能性は低い。でも、あのぬいぐるみは誰かにとって、明らかに“かけがえのないもの”だろう。

 

 だからこそ、もしかしたら――そんな一縷の期待に賭けて、咲真は家路を急いだ。


 マンションの敷地内に入った瞬間、咲真はその“異様”に気づいた。


 ゴミ捨て場の前に、人影があった。


 制服のスカートが、強風に揺れている。

 雨よけの屋根はあるものの、それでも全身が濡れていた。

 それだけではない。傘を差していなかった。


 (まさか……)


 咲真は足を止め、目を凝らす。


 霧がかかったように視界がぼやけていたが、その髪の色とシルエットですぐに確信した。


 七瀬眞白だった。


 何かを探す素振りも見せず、ただ茫然とその場に立ち尽くす彼女の姿は、いつもの完全無欠の少女からは程遠かった。


 (どういうことだ?)


 咲真は傘を握る手に、わずかに力を込めた。

 この場から立ち去るべきか、それとも声をかけるべきか、葛藤が生まれる。


 そうこう迷っているうちに、彼女がゆっくりと振り返った。


 目が合った。


 瞬間、胸の奥がざわつく。


 眞白の薄浅葱色の瞳には、いつもの無表情とは違う、どこか戸惑いと痛みのような色が浮かんでいた。


 頬を伝う雨粒が、涙のように見える。


 濡れた髪が額に張り付き、制服の袖口からはしずくが滴っている。


 足元には、ひしゃげたビニール傘が落ちていた。壊れてしまったのか、開こうとした様子もない。


 まるで、すべての動作を放棄してしまったような――そんな風に、彼女はそこに立っていた。



 咲真は、ゆっくりと彼女に近づいた。


 靴が水を吸い、ぬかるんだ足元から不快な音がする。それでも一歩ずつ、静かに間合いを詰める。


 「……どうしたんだ?」


 そう口にする直前、彼の目に映った彼女の表情が、言葉を詰まらせた。


 いつもは完璧で、感情を表に出さず、誰の前でも凛とした姿勢を崩さない彼女が。


 今は――まるで迷子の子どものような、そんな顔をしていた。


 そして、咲真の存在に気づいた彼女が、ようやく口を開いた。


 「……お隣さん?」


 冷たい雨音の中に紛れるような、かすれた声。


 それでも、その声の震えは、確かに咲真の耳に届いた。





♦︎♢


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