第4話 義母たちとの最悪な出会い2

ウッドワンに連れられて入った扉の先には、先ほど揉めに揉めたマヤンザと、それ以外に男が3人、女が4人座っていた。

机は長方形になっており、ウッドワン夫婦の向かいの席につくと、マヤンザたちの罵声が待っていた。


「お前、先ほどはよくも…!」

「母様落ち着いて。あぁ、この女がアレの妻か」


ティリスの横に座る男がティリスを見て呟く。


「よくあんなのの妻になろうと思ったな」

「いやいや、アレに妻ができただけでも奇跡だろう。だって候補者はどれも格下のものばかりだったと聞くよ」

「よくお似合い、ということかしら」


仮にも家族であるというのに、イングリッドへの罵倒が止むことがなければ、父であるはずのウッドワンは軽くやめなさい、と言うだけで、言われたい放題のイングリッドは、下を向いて罵倒が終わるのをじっと待っている。


「こんな汚らわしい子の妻には相応しいとはいえ、あなたのご両親の顔が見てみたいわ!どんな教育をしてきたのかしら!」


マヤンザがついに両親の罵倒まで始めた。

ティリスは既に亡き両親の顔を思い出そうとしたが、ぼんやりとしか浮かんでこなかった。

大事にしていた両親の写真は、あの時焼かれてしまったからだ。

それでも、あんな自分を愛してくれた両親を忘れることはない。


「私の両親はとうに亡くなっています」

「まあ残念。生きていたら先ほどの行為について文句を垂れてやろうと思ったのに」

「残念でしたね」

(性悪ババアめ…)


ティリスは怒りを押し殺し、入れられていた紅茶に手をかけた。


「話はそれくらいにして…。自己紹介でも始めようか」


罵倒が少し落ち着いた頃合いを見て、ウッドワンがここにいる全員を見渡した。


「改めて、私がイングリッドの父、ウッドワンだ。彼女は私の妻、マヤンザ。そしてマヤンザの隣から長男のエレス、次男のベルシュ、三男のオネット、そして長女のキャルロットだ」


これ程頼りない父親がいてたまるものか、とティリスは心の中で呟いた。


「どうも、ご紹介にあずかりました、エレスと申します」

「初めまして、ティリスと申します」


なぜか長男だけが、ティリスに挨拶をした。

エレスはそのまま自分の妻や兄弟の妻を紹介したが、彼らはティリスの顔も見たくない、といった様子で、ティリス達を横目で見るだけだった。


「先ほどは母としてくださったようで、ありがとうございます」

「いえいえ、それほどでもありません」

「しかしよくアレの妻になろうと思いましたね。私が女ならお断りだ。イングリッド、お前もそう思うだろう?」

「……」


この男はティリスたちを罵倒するためだけに、挨拶をしたのだろうか。

優しそうな声色から発せられる罵倒に、イングリッドは相変わらず何も言葉を発しない。


「まったく、面白くない男だ。お前はいつもそうだな。黙ってばかりで何も言おうとしない」

「言えるわけないでしょう、だってコレには生きている価値がある方がおかしいというのに…」

「お前たち…」

「父上は黙ってて!」


一家の威厳あるウッドワンの制止も聞かない子供たちは、ひたすらイングリッドとティリスを罵倒する。


(どうしてここまで言われてイングリッドは我慢ができるの。こんなの、境遇が違うというだけで我慢していいものではないわ。っと、こんなに感情的になってはダメね。表面上はイングリッドの良き妻で、そしてこの家の人間と穏便に過ごさないないといけないのに)


こんな経験は一度や二度ではない。

夫から子離れできていない姑や、自分をよく思わない親族や使用人からの嫌がらせや罵倒は何度もあった。

その際は夫を盾にしてなんとかやり過ごし、事なきを得てきたというのに。


(どうしてこんなにもイライラするのかしら。イングリッドが無抵抗だから?ついでとばかりに私が好き放題言われているから?)


ティーカップを持っている手がプルプルと震える。


「そうだ、私は少し君に興味があるんだ。自分のことを魔女だと言っていただろう?それが本当なのかどうか…」


エレスが言いかけたところで、この部屋にいる全員が、ティリスの空気が一変したのを感じた。

ティリスがイングリッド以外の全員を冷たい瞳で睨んでいたのだ。

その雰囲気に、威圧感に、誰も何も言えずに固まっていた。

そう、イングリッド以外は。


「ティリス」

「何かしら、イングリッド」

「なんだか変な感じがしたので…」


イングリッドはティリスの手に触れ、ティリスを見つめた。


「ありがとう、イングリッド。危うくこの家に雷の一つや二つ落としてしまうところだったわ」

「そうならなくて何よりです」


冗談ではなく、本気でそうしてやるつもりだった。

罵倒するしか脳のない家族に、それを止めない父親、そして言い返しもしない夫に苛立ちを覚えたからだ。


「私にそんなことを言えるのなら、この人たちにも何とか言ってちょうだい」

「話が終わってから部屋を退出するつもりでした…。すみません」


先ほどのことがあってだろうか、イングリッドなりにこの場をやり過ごすことを考えていたらしい。

この数分で少しは成長したものだと、ティリスはイングリッドのことを心の中で褒めてやった。


「私が魔女かどうか知りたいと仰ってましたよね?私が魔女であることは事実です」

「生きている内にこの目で魔女を見ることが出来るとは…」

「そんなの嘘に決まっているわ!こんな嘘つきの汚らわしい肌の男の妻ですもの!」


魔女という言葉に関心するエレスと相反して、マヤンザがイングリッドを指さして罵倒した。

イングリッドは確かに褐色肌ではあるが、そこまで言うほど汚いと、ティリスは思ったことはない。

イングリッドは、ただ肌の色が違うだけの、普通の男で、普通の人間なのだ。

だが、マヤンザはそれを決して認めはしない。

自分の夫と不倫した、イングリッドと同じ肌の色をした女の子供だから。


「嘘だと思うなら好きになさって下さい」

(いつまでこの腹ただしい言葉遊びに付き合えばいいのかしら)


ティリスは紅茶を飲みながら、出されたケーキに手をつけようとした時。


「誰が食べていいと言ったかしら」


そう言ったのは、長女のキャルロットだった。


「皆手をつけているじゃない。何がいけないのかしら?」

「私たちが食べ終えてからにして貰える?本当は紅茶すら飲んで欲しくないのだけれど」

「そんなルールがこの家にはあるのですか?」

「ここで食事をする時はそれがルールよ。ねぇ、イングリッド?」


よくよくイングリッドを見てみると、イングリッドはケーキどころか紅茶すら口にしていないことに気づいた。

家ではそんな素振りを見せなかったはずだ。

ということは、イングリッドはこの家で食事をする時のみ、周りの食事が終わるまで飲み物を飲むことも食事を摂る事も許されていない事になる。


「イングリッド、それは本当かしら?」

「ティリス、君は気にしなくていい。きっと美味しいに違いないから、食べてご覧」

「何を言ってるの?あなたもこの人の妻ならそうすべきなのよ?」


キャルロットは尚もティリスに突っかかる。


「キャルロット様、彼女は関係ありません。どうか…」

「その声で私の名前を呼ばないで、汚らわしい」

「……」


年下であろう妹にも、敬称をつけねば会話することすら許されないらしい。

それを誰も止めようともしないこの家は、狂っている。

こんな所に1秒たりともいたくない、そう思むたティリスはイングリッドの手を掴んで立ち上がった。


「イングリッド、行きましょう。挨拶なんてとうに済んでいるでしょうし」

「ティリス…」

「あら、お母様が買いに行かせたスイーツも召し上がれないなんて、教育がなってないのね」


キャルロットはそんなティリスを鼻で笑う。

その態度に、ティリスの堪忍袋の緒が切れた。


「教育がなっていないのはあなたたちでしょう。私がその気になればこの家なぞあっという間に壊せてしまうのですよ。ああ、私は嘘つきの汚らわしい肌の男の妻、だから信用されていないのでしたっけ。イングリッド」

「はい」

「あなたの返事次第では、私はこの家を壊してしまうけれど、よいかしら?」

「ティリス、そんなことをしてはいけません」


イングリッドはこんな扱いを受けているというのに、どうしてここまで優しくなれるのか。

普通なら怒り狂ってもおかしくはないはずなのに。

この優しさは、亡くなったと言っていた産みの母の教育の賜物に違いない。


「わかったわ。何もいたしません。ですがまた、私の知るところでイングリッドに対してこのような扱いをするのであれば、私は魔女として、あなたたちを断罪します。ケーキはどうぞ召し上がってください。いきましょう、イングリッド」

「わかりました。皆様。本日は失礼いたします」


彼らの方を見向きもせず出て行ったティリスに代わって、イングリッドは深々とお辞儀をして、屋敷を後にした。



***



「イングリッド」

「はい」

「敬語、抜けてないわよ」

「あぁ、すみません。あちらに行くとつい…」


敬語が癖なのはあの家のせいらしい。

大の大人がああいう風になるのは、きっと子供の頃から罵られ、叩かれ、馬鹿にされるのが当たり前で、何をされても言い返すこともやり返すことも出来なかったのだろう。

自分の境遇を不遇だと思ったことは何度かあったが、自分と同等、いやそれ以上の人間に出会ったのは、初めてかもしれない。


「ティリス」

「何?」

「もし時間がよろしければ私の所属する騎士団の上司や仲間ににあなたを紹介したいのですが…」

「ええ、大丈夫よ」

「よかった。では行きましょうか」


イングリッドの顔があの家での暗い顔が嘘みたいに、笑顔になっていた。


(同情なんてしたら、また悲しい思いをしてしまうのに。兎に角私は、彼が死んだ後のお金があれば、それでいいのだから。冷静になれ、私)


イングリッドから差し出された手を取って、2人は騎士団の本部へと歩み始めた。

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