第31話 残り15分の攻防
後半開始から、すでに三十分が過ぎていた。
埼玉県選手権・予選準々決勝――。
残り時間はわずか。スコアは1-1。
最後の攻防が、ピッチに漂う緊張をさらに濃くしていた。
⸻
清川が仕掛ける。
松井が中央でボールを受け、視線を走らせた。
相手の最終ラインは厚い。だが、迷わず一ノ瀬へと託した。
一ノ瀬「行け、朝倉!」
的確なスルーパスが縦を裂いた。
米田の囮が効き、中山の視線がほんの一瞬逸れる。
その隙を突き、朝倉がゴールへと飛び込んだ。
宮下「行けぇっ!」
朝倉「決める!」
振り抜いた右足。
一瞬、ゴールネットが揺れる光景さえ見えた。
だが――。
中山「甘ぇんだよッ!」
鋼鉄のごときタックルが突き刺さり、ボールは豪快に弾き飛ばされる。
ピッチに乾いた音が響き渡り、会場中が揺れた。
観客「うわぁぁ惜しい!」「今の止めるのかよ!」
朝倉「くっ……!」
松井(崩せてはいる。だが、決めきれない……!)
焦燥が胸を焼き、ほんの僅かな迷いが清川の中に広がる。
⸻
観客席から別の声が飛んだ。
観客「おい、また中山が上がってきたぞ!」
ベンチの美里も目を丸くした。
美里「えっ……センターバックが?!」
原田は腕を組んだまま、口角を歪める。
原田「……何か狙ってやがる」
松井(嫌な予感がする…)
⸻
木南がボールを受け、わざと強めに流した。
不用意に見えるそのパスは、するすると宮下の足元へ転がる。
宮下「よし、もらった!」
守備の要としての意地が、声ににじむ。
仲間の声援を背に受けながら、彼は胸を張ってボールを収めた。
この苦しい時間帯、流れを断ち切るのは自分だ――。
だが、まさにその瞬間。
原田「止まるな宮下ァッ! 早く出せッ!!」
中山「もらったァ!!」
低い咆哮とともに、巨躯が飛び込んできた。
その動きに一切の迷いはなく、ただ真っ直ぐに宮下の足元からボールを刈り取る。
宮下「なっ……!」
衝撃で体ごと弾かれ、息が詰まる。
守備の要であるはずの自分が、完全に狙われた――。
その事実が胸を抉った。
ボールは転がり出し、中山の足元へ収まる。
中山は止まらない。
芝を抉るように踏み込み、中山は一直線に突進する。
その巨体が揺さぶるたび、ピッチに重い振動が走った。
観客「行けぇぇ!」「止めろ、誰か止めろ!」
清川の守備陣が必死に追走するが、もう間に合わない。
中山とゴールの間に残された障壁は、ただ一人――キーパーのみ。
キーパー「来いっ!」
最後の砦が体を張って前に飛び出す。
だが中山は減速せず、ボールを大きく踏み出した右足で強烈に叩き込んだ。
ドゴォン――!
乾いた音とともに、ボールはゴール左隅へ突き刺さる。
ネットが大きく揺れ、スタンドが爆発するように沸き上がった。
観客「決まったぁぁぁ!!」「中山だ! 中山がやったぞ!」
中山「今日は俺がヒーローだぁぁっ!!」
雄叫びを上げる中山に、仲間たちが駆け寄る。
東武ベンチは総立ちになり、拳を突き上げて歓喜した。
スタジアムのスコアボードが書き換わる。
「1-2」
無情な数字が、清川の窮地を映し出していた。
⸻
宮下は地面に膝をつき、芝を掴みながら悔しさに歯を食いしばった。
宮下「……俺のせいで……」
一ノ瀬「済んだ事はしょうがない。残り5分で点を取りに行くぞ」
宮下「……すまない」
米田「よっしゃ! やるぞ!」
朝倉「ああ。俺が決める。延長でも守備頼むぞ、宮下」
松井「やりましょう。正直、延長はしんどいですけど……笑」
米田「俺はまだまだ走れるぜ!」
一ノ瀬「ほら、お前が下向いてたら始まらないよ。キャプテン」
その言葉に宮下の胸が揺さぶられる。
確かに――背を向けて悔しがってる場合じゃない。
宮下(そうだ…! 試合はまだ終わってない! 後悔は後だ! 俺はキャプテンなんだ!)
宮下は立ち上がり、汗と芝で汚れたユニフォームを叩きながら声を張った。
宮下「よし、このまま点取って延長で逆転だ! 行くぞ!」
全員「おうっ!!」
ピッチに響いたその声は、絶望を塗り替えるように力強かった。
だが清川イレブンに残された時間は――残り五分。
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