スレンダーなのに色々でっかい地味で気弱な中田さんをクズ彼から救った俺は、全力で彼女を可愛くしてあげたい。

ファッション@スカリー

第1話 なぜか俺は中田さんを助けていた

頭がクラクラする。全身が鈍く痛む。

人に殴られるって、こんなにも痛いものなのか……


ぼやけた視界の中では、埃っぽい夕暮れの部室の中でこちらに向けて拳を振り上げる短髪ツーブロックのゴツめの男が見える。

そして、その腕にしがみつき必死に止めようとしているのは……長身で、地味な眼鏡の女の子……


「やめてくださいっ!このひとは関係ないじゃないですか!」

「うるせぇ!お前がいつまでも股ひらかねぇからいけねぇんだろ!芋女のくせにお高くとまりやがって!ふたり揃って調子乗ってんじゃねぇ!」

「暴力はいけません!お願いです!やめてください!」

「これはただの指導だ!」

「先輩やめてっ!」


悲痛な声をあげながら男の腕に必死にしがみつく彼女は……中田栞なかたしおりさん。

だがその力も虚しく、男は腕ごと中田さんを振り払う。

その勢いで眼鏡が宙を舞い、床に落ちる軽い音と彼女の短い悲鳴が重なった。


その刹那——


俺の視界が暗く染まり……頬に鈍い衝撃が走る。


「…………っ……!」


喧嘩なんてしたことがない。ただ一方的に殴られるしかなかった。

悔しい。でも……俺は手を出したくなかった。


こんなゲスな先輩……いや後藤雅史ごとうまさしと同じ土俵に立ちたくなかったんだ。


その時、俺の頭にあったのはただひとつ。

中田さん……彼女を救いたかった……この最低な男から。


切れた唇から血が垂れ、口の中が鉄の味で満たされていく。

俺は片腕でそれを拭い、できる限りの眼光で後藤を睨みつけた。


「………なんだてめぇ?弱いくせにイキりやがって……」


低く唸るような声とともにまた拳が振り上げられる。

俺は目を閉じた。もう、来る……そう覚悟した。


だが、振り下ろされるはずの拳が止まった……まるで時間が凍りついたように。

その理由は彼女の声だった。中田さんの震えるような一言で……


「先輩やめてください!わかりました!私が………私が先輩と……エッチすればこんなことやめてくれますか……?」


中田さんは視線を落としたまま、床にへたり込んで苦しそうに言葉を絞り出していた。


その姿を見た俺の心臓はトクンと跳ね、胸の奥から抑えきれないほどの激情が湧き上がってくる。


そんなこと……しなくていい……


その思いは自然と口から漏れ出していた。


「中田さんはそんなことしなくていい!やめてくれ!こんなヤツに中田さんの大事なものをあげる必要なんてない!こんな二股野郎なんかに!」

「……っ!?」

「てめぇ………」


俺の言葉に中田さんは目を丸くして驚いた表情を浮かべる。

一方で、後藤は眉間にしわを寄せ怒りを露わにしていた。


再び拳を振り上げようとする後藤に、俺は視線をぶつけ睨み返す。

そしてもう一度言葉を叩きつけた。


「あんたの気が済むまで好きなだけ俺を殴ればいい!俺は手を出さない!だから中田さんと別れて今後一切関わらないって約束しろ!こんな健気で優しい子はあんたになんかもったいない!」


男としてのせめてもの強がりだったのかもしれない。

でもそれ以上に、泣きそうな顔で肩を落とす中田さんをこれ以上見ていられなかった。


こんなゲスな男と付き合っていたら……きっと、いつか彼女は壊れてしまう。

そんな気がしてたまらなかった。


後藤の拳が振り上げられ、風を切る音が耳に届く。

次の瞬間——



     ドンッ!!



俺の顔のすぐ横で何かがぶつかる鈍い音。耳がキーンと鳴る。

恐る恐る視線を向けると、そこには掃除用具入れにめり込んだ後藤の拳があった。


「……ははっ、なんか、あほくさくなってきたわ……お前こんな地味な芋女の為に本気になってんの?まぁ逆にお似合いかもな」


自分の彼女にむかって平然とそんな言い方ができる神経を疑う。

その言葉はきっと中田さんにも刺さっているのだろう。

彼女は視線を床に落とし、黙り込んでしまう。


「身体だけしか取り柄ないくせに……2週間経ってもやらせるどころかキスもさせない女なんて存在価値ねぇよ。どうせ身体目的だったし……栞、お前もういらねぇわ……」


プツンと俺の中で何かが切れた。

気づけば俺の拳は後藤の頬めがけて吸い込まれるように振り抜かれていた。


「いっ!?………てめぇ!!」


その言葉と同時に後藤の拳が反射のように飛んできた。

視界がブレて耳の奥がズンと鳴り脳の奥がグラグラ揺れる。

気がついたときには、俺は床の上に座り込んでいた。


「調子乗りやがって……あ〜あ気分わりぃ……いわれなくてもこんな女とは別れてやるよ!ブサイク同士ふたりで仲良くやってろ!じゃあな、俺は早く帰って寧々とヤリてぇんだよ!お前らもう俺に関わってくんな!うぜぇから……」


滲んで揺れる視界の向こうで後藤が吐き捨てるように言って背を向けた。

その背中を中田さんが静かに、でもどこか悲しそうに見送っているのがわかる。

そして彼女は視線を俺に向けゆっくりと歩み寄ってきた。


「あっ、あの……ありがとうございます……私のせいで……ごめんなさい、こんなにさせちゃって……」

「いや……大丈夫だよ、俺、あいつのこと許せなくて……」


俺の前に膝をついた中田さんが顔を近づけてくる。

その距離は息がかかるほどで、彼女の瞳が真正面から俺を射抜く。

夕日が差し込む窓辺で、その澄んだ瞳は淡く金色に染まっていた。


「あの………たしか、雪村薫ゆきむらかおるくんですよね?なんで……私なんか助けてくれたんですか?……こんな地味で目立たない……話した事もない私なんか……」


…………なんでだろう?


俺の名前は雪村薫ゆきむらかおる

そして……たった今まで、初めて会った先輩に顔面を殴られながら俺は一度も話したことのない女の子を必死にかばっていた。


目の前の中田さんは泣きそうな顔で俺を見つめている。

どうしてここまでしてしまったのか?

その理由を語るには、ほんの数時間前……


昼休みの出来事に遡る——





次回:マドンナに振られた俺は中田さんと出会った

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奥付

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