第五話 思ったより早い再開

(さぁて、こっからどうすっかなぁ)


思案しながら、食堂を離れたアランは学園の廊下を歩く。

今日はこれ以上人前にいたくない。また新入生に質問攻めにされるのも面倒だし、何よりもアリシアと鉢合わせたくない。

さっき食堂で彼女が最後に言おうとしていたこと。アレは今晩行われる交流会に参加しろと言いたかったのだろう。それで何か面倒な役割でも与えようとしていたに違いない。


ここで言う交流会というのは、毎年新入生のために行われるレクリエーションの一つだ。新入生含め二、三年も参加し、学園側が用意した食事を食べながら互いに仲を深め合うイベントだ。

一応これは自由参加なのだが、アランは参加する気が全くなかった。

交流会に参加すれば確定で新入生と話す事になる。そこで闘技場を出た時のように質問攻めにされたらたまったものではない。あと今日は疲れたから早く帰りたい。

なのでアランは交流会、というかこの後行われるレクリエーション全てに参加する気が無かったのだが、生憎とその事実を良く思わない者もいた。


(どうせ校門辺りは風紀委員とか生徒会の連中がいるだろうし……外出たら見つかるよなぁ)


学生寮には戻れない。なるべく楽に事を済ませるには、どこかに隠れてやり過ごすのが最善だ。


(……あそこしかないか)


結局アランの思いつく行き先はいつもの場所だった。渡り廊下で校舎を移動し、階段を降り、一階に向かう。

この辺りは教員室や学園長室など、教師のための部屋が多い場所だ。

目的地はこの先。のんびりと廊下を歩くアランだが、しかし。


「…………ん?」


その時、廊下の向かい側から誰かが来ている事に気づいた。

教師かと思ったが、違う。服装からしてこの学園の生徒だ。


「……ん?んん?」


近づけば近づくほど、その生徒の特徴が見えてくる。

ヘアリボンのついた長い金髪、炎のような赤眼に、可愛らしい顔立ちをしたその少女は。


 

「ッ──────」



ここでアランに二つの選択肢が発生した。

一つは今すぐ回れ右して来た道を戻って逃げること。二つは廊下の隅を歩いて知らぬふりをしながら通り過ぎること。

どちらを取ってもアウトな気がするが、まだ希望があるのは二つ目だろうか。さすがに一つ目は不自然過ぎる。


アランはすぐに廊下の右端に寄った。

大丈夫、この学園の廊下は広い。これだけ端に寄っていれば関わることはない……はず!

考えている内にも相手との距離は狭まり、遂に真横を通り過ぎる瞬間が来た。


(何も言われませんように何も言われませんように何も言われませんように何も言われませんように!)


心の中で懇願しながら一歩目を踏み出す。相手と肩が一直線上に並ぶが、しかし────


「…………」


特に反応なし。まずはセーフということで、続いて二歩目。

互いの体は直線上から外れ、ズレた。


そして────


「…………」


これでも反応なし。互いに通り過ぎかけている今、勝利は目前。だが安心するにはまだ早い。

警戒を解くこと無く、さらに三歩目、四歩目、五歩目と。

踏み出すたびに互いの距離は離れ、彼我の間の距離は一メートルを超えた。

だがそれでも、


「………………」


無反応。完全に通り過ぎたこの状況でまだ話しかけてこないということは、この勝負。勝ったと見ていいだろう。


(よっしゃ来た!勝った!通り過ぎた!)


内心歓喜しながら、アランは足を早──


「待ってください」


(だぁぁぁぁよねぇぇぇぇぇ!!)


後方から聞こえた声と共に、アランの願いは砕け散る。どうやら運命は彼に味方してくれなかったようだ。


「……な、何の用かな?リデラ・アルケミスさん?」


凄まじくぎこち無い動作で、アランは振り返る。

振り返った先に居たのはリデラ・アルケミス。明らかな不満をその顔に顕にしながら、彼女は話す。


「アラン先輩、今時間ありますか?」


「……イヤ、ナイヨ?」


「ありますよね?」


「……はい」


一切の嘘を許さぬその威圧感にアランはあっさりと屈服した。

もうやだこの子。確かにさっきの歓迎試合は彼女にとってはショックな結果だっただろうが、それを俺に当たらなくてもいいじゃん。何で敵意剥き出しなんだよ畜生。


「じゃあ付いて来てもらっていいですか?少し話がしたいので」


「はぁ……分かったよ……」


一体何を話すつもりなのやら。著しく落ち込むアランに構うこと無く、リデラはアランを連れて行った。



***

 


「ここなら話せそうですね」


そうしてアランが連れてこられたのは、なんと食堂だった。

生徒はアランたち以外にはいない。皆昼食を食べて去った後なのだろう。

とりあえず助かった。これで食堂でアリシアが残ってたら普通に終わってた。


「座ってください先輩。私は水を取ってきます」


「いや別に俺は……」


アランの言葉も待たずにリデラは水を取りに行く。さっきから流れに乗せられっぱなしだが、仕方ない。

適当な椅子に座って待っていると、リデラが二人分の水の入ったコップを持って来た。コップを置くと、彼女も席に着く。


「そ、それで…君は何を話したかったんだ?」


まるで爆発物を取り扱うかのように慎重に話を始める。

だがリデラが真っ先に口にした言葉は、


「まずその気を遣ったような話し方をめてください。気持ち悪いです」


「そこまで言う!?」


俺先輩だよ?今日会ったばかりだけど一応先輩なんだよ?そんなド直球に罵倒するか普通?


「……そう言うなら、普通に話させてもらうけど。それで、何を話したいんだ」


「先輩、一つ質問しても良いですが?」


「質問?別に良いけど」


質問と言っても、どうせアレだろうな。『何で聖装具を使わなかったんですか』って聞くんだろうな。

そりゃ相手からすれば気になるだろうけど、こっちも事情があるのだ。いくら怒りを買うことになったとしても答えられない物はある。

とりあえず聞かれたら適当にそれっぽい言い訳でも───。



「先輩から見て、私は弱いですか?」



「…………え?」


予想の遥か上を行く質問に、アランは唖然とした。


「な、何でそんなことを……」


「さっき先輩に負けたからです。私はこれまでずっと天才と持てはやされてきました。昔から努力すれば何でも出来て、戦闘でも相手が誰だって負けなかった。それだけ私は聖装具と才能に恵まれてきましたし、私自身も自分を天才だと自負してました」


常に成功ばかりの人生。周りは自分を天才と持て囃し、自分もまた自身を天才と信じて疑わなかった。そんな順風満帆な人生だった。


「だけど私は今日、初めて負けました。それも聖装具すら使わない相手に、傷一つ負わせることもできずに完敗しました」


「それで、自信がなくなったと?」


「……はい。それでもう、色々と分からなくなっちゃったんです。天才だと思ってた自分が、強いと思ってた自分が……本当は、こんなにも弱かったなんて……」


信じたくなかった。認めたくなかった。だが事実としてリデラは負けたのだ。

あれだけ息巻いて起きながら、リデラはアランに完膚無きまでに敗北した。その事実が、今まで彼女が積み上げてきた功績を一瞬にして無に帰した。

お前のやってきた事など所詮その程度なのだと、そう嘲笑うかのように。


「だから教えて欲しいんです。先輩に……私を倒した先輩に、教えて欲しいんです。私が如何に未熟なのかを……」


それは悔しさからくるものだろう。目尻に涙を浮かべながら現実を受け止めんとするリデラの願いに、アランはしばし考える。

自分の戦い方が聖装士として決して認められるべき物で無いことはアランも理解している。いくら事情があったとしても、邪道は邪道だ。聖装具を使わずに聖装士と戦うなど相手からすれば侮辱に他ならない。

故にその勝負の結果で相手に何かを言われたとしても、必ず責任は取る。それがアランなりのポリシーであるから。


「……とりあえずこれだけは言えるが、お前は強いよ、間違いなく。学年実力序列第二位である俺が保証する」


「本当、ですか?私を気遣った嘘じゃなくて?」


「本当だ。お前は俺に完敗したと思ってるみたいだが、あの時は俺だってヒヤヒヤしてたんだぞ?」


嘘ではない。実際リデラとの戦闘中には何度も焦らされたし、何度灰にされると思ったことか。

アランの心境を知らないリデラからすれば、これは紛れもない完敗なのだろうが、アランからすれば十分対等な勝負だったと思う。


「まぁこれだけ言っても仕方ないし、実際に戦って感じたお前の強かったところでも挙げてみるか。まず前半、お前が大量に出してたあの生成物……あれなんて言うんだ?」


炎霊えんれいですが……」


「炎霊か、あの連携は面白かったぞ。それぞれの炎霊の個性を良く活かせていたと思う。だがまだ完璧じゃない。あの連携は指揮者であるお前の視界さえ潰せば簡単に乱せるし、何よりあの手の戦術は相手が慣れたら簡単に破綻する。一体一体の炎霊の能力が大したことないからな。その辺りの課題の解決は必須だろう」


「じゃあ、後半は?」


「後半となると、バハムートか?アレはマジでビックリしたぞ。いやホント冗談抜きで詰んだかと思った。火力も攻撃範囲も防御力もエグいし、おまけに意外と手札も多いし。俺が今まで見てきた使役系の聖装士の中でもあれだけの規模をしっかりと扱える奴は数えるほどもいない。さすがは烈火の女帝様だ」


心からの称賛を込めてアランが言った、その時。


「うぅ……」


リデラが俯いた。それも随分と恥ずかしそうにしながら。


「ん?どうした?」


「いや、その……あんまり今その名前で呼ばれたく無いんです……負けちゃったので……」


「あ、ごめん」


今までであればこの『烈火の女帝』という二つ名もリデラにとっては誇りだったのだろう。だがアランに完敗して自信を失った今となっては、この名を意識することに抵抗を感じてしまうようだ。

今後は気をつけることにしよう。そのことを記憶に刻んだうえで話を続ける。


「話を続けるが、もちろんお前のバハムートは良い所ばかりじゃない。予想だが、お前バハムートを出してる間は魔法が使えないだろ?」


「え、なんで分かったんですか?」


「お前がバハムートを出してから自分に防御魔法を施してなかったからだ。バハムートは単体でも十分過ぎるくらい強力だが、やっぱり一々動作がデカいだけに隙が大きい。その上使役者は魔法が使えないときた。それだけ分かれば隙なんていくらでもつける」


「じゃあどうやって克服したらいいんですか……?」


「克服……克服かぁ……」


どんなアドバイスが的確か。少し悩んでからアランは答えた。


「そうだな……負荷を減らしてみたらどうだ?」


「負荷を?」


「お前がバハムートの使用中に魔法が使えなくなるのは、バハムートの維持にそれだけのコストを割いてるからだ。そこから魔法やら他の炎霊やらに手を付けるにはバハムートの維持にかけてる負荷を減らすしかない」


「けどそんなのどうやって……」


「簡単なのは『詠唱の簡略化による意図的な性能の低下』だろうな。俺は完全詠唱によるフルパワーのバハムートしか知らないから確かなことは言えねぇけど、あんだけ強いんだから多少詠唱を省いて性能を下げても問題ないだろ。それで空いた分のコストを他の部分に回してお前がバハムートと連携して戦う方が俺からすればよっぽど怖いな。その方が隙も減らせるし、バハムートをより素早く出せる」


魔法や聖装能力の発動に必要となる詠唱は使用する力の規模に応じて長さが変化する。

完璧に詠唱すれば最大限の効果を発揮するし、簡略化して詠唱すれば効果は弱まるが代わりにより素早く技を打てる。この辺りはその場その場で調整するしかないため、使い手の技量が試される要素だ。


「おお……なるほど。す、凄いですね先輩。良くこんなにポンポンと考えつきますね」


「これでも頭脳戦を売りにしてるからな。発想力には自信がある」


聖装具を使わずに戦うなら、それ以外の部分を強化するしかない。

故にアランは鍛えた。魔法も、体術も、戦略性を高めるための知識や観察力を何もかも。この学園の誰よりも鍛えてきたと自負している。

尤もそれら全て、彼のが居てこそ成せた成長だが。


(そう考えたら本当に頭上がんねぇよな……師匠には)


などと考えていると、



「そういえば聞き忘れてたんですけど、先輩ってなんで聖装具使わないんですか?」



「…………あ」


ついに触れられてしまった。答えるのが嫌だから頑張って今まで話題に上がらないようにしていたのに、クソが。


「『聖装能力が強過ぎて使ったら危ないから』とか、『特定の条件下じゃないと使えないから』とか、なんか学園だと色々噂されてますけど。実際の所どうなんですか?」


「えっと……ちょっとそれは話せないっていうか」


「なんで話せないんですか?ここまで色々話してくれたんですからそれくらい良いじゃないですか」


『それくらい』で済むような問題ならとっくに周りに言っとるわクソッタレ。

そんな言葉が喉まで出かけたが、なんとか堪えた。


「いやマジで事情があるんだ、それも深海並みに深い事情が。だからお前が何を言おうが何を差し出そうが絶ッ対に言えない!それでも知りたいなら俺に勝つことだな!」


「うっわムカつく」


「ド直球過ぎん?」


ムカつく言葉を言ってる自覚はあるけどさ。せめてもうちょいオブラートに言おうぜ後輩よ。


「ていうか仮に私が先輩を負かすくらい追い込んだとしても絶対に聖装具使いませんよね?」


「なんでそう思う?」


「だって先輩、序列戦でアリシア様と戦った時も使わなかったって聞きましたよ?最終的に負けたのに」


「よく知ってんなお前」


「そりゃあ有名な話ですし。私が歓迎試合で先輩と戦うことになった時に周りから散々先輩についての噂を聞かされましたよ。だから絶対に聖装具を使わせてやろうって意気込んでたのに……はぁ」


昼の記憶を思い出して再び落ち込むリデラ。少しはマシになったかと思ったが、まだ立ち直れていないようだ。


「そう落ち込むなよ。むしろ良いきっかけになったんじゃないか?人間誰しも一番成長できるのは失敗した後だ。お前も今日の敗北から色々な反省点に気づけたわけだしな」


「それはそうですけど……はぁ……せめて先輩が聖装具を使ってくれていたら、ここまで落ち込まずに済んだのに……」


「いやごめんて。悪かったってマジで」


「謝るくらいなら私に先輩の聖装具を見せてください」


「嫌だって言ってんだろ。良い加減諦めろ後輩」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?なんですかその呼び方!自分の方が強いからって調子乗ってますよね!?」


「うるせぇ叫ぶな、一応ここ食堂だぞ。いくら今人が居ないとはいえ……」


言いかけて、アランは気づいた。


(……なんだ?)


今食堂には自分とリデラしか居ない。そのはずなのに。

何処かから魔力を感じる。これは……食堂の入り口からだろうか。

入り口を見てみるが、誰かが入ってくる様子はない。気配は七人分、その全てが入り口付近で止まっている。

偶然誰かがそこにたむろしているという可能性もあるが、この時間にこんな人数でわざわざ食堂前に屯することがあるだろうか。

何か妙だ、まるで誰かを待ち構えているかのようにも思える。


「先輩?どうかしましたか?」


こちらの変化に気づいたリデラが問うが、それも無視した。今はそれどころでは無かった。

魔力探知の索敵範囲を広げる。食堂入り口だけでなく食堂の外側まで。付近の魔力を調べると、入り口だけでなく食堂の外側にも気配がある事に気づいた。

しかもその全ての魔力源に動く気配がない。本当に待ち伏せしているかのようだ。


(どういうことだ……?)


不審者かとも思ったが、それはあり得ないだろう。この学園にはがいる。それを分かってなお侵入しようとする者などいるはずがない。

気配の数からして、相手はこの学園の生徒と考えるのが妥当だろう。


彼らは何を狙っている。まさか生徒が食堂を襲撃しようというわけではあるまい。用があるのは中にいる人物だ。

ここにいるのは俺とリデラ、あと強いて言えば食堂のシェフだが、これは論外として、あり得るのは俺とリデラ。

だが用があるとしても、こんな面倒くさい方法を取る必要はないだろう。

同じ生徒なのだ。こんな『犯罪者を捕らえる』ような真似などせずに、普通に正面から来ればそれで───。


それで…………。


「…………あ」


その時、アランはようやく理解した。なぜこんな状況に陥っているのかを。


(そういや俺、昼飯の時アリシアから逃げたんだった……)

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