タイトル未定(中世組)
はるより
ある日の城門前にで
「なんでダメなんだよ!別にお前が王様じゃねーだろ!」
「物分かりの悪いやつだな……駄目と言ったら駄目なんだ!早くうちに帰りなさい!」
ステルラ王国の王城、その城門前。
槍を片手にした衛兵が、一人の子供とそんな言い争いをしていた。
事の発端は、古ぼけた鞄を持ったこの少年が何の躊躇いもなく門を潜ろうとした事だった。
明らかに平民然としたその少年を、衛兵は慌てて捕まえる。
そこからは「中に入れろ」「帰れ」の押し問答だった。
お互い肩を怒らせて怒鳴り合う姿を、道ゆく人々が不思議そうに、または面白そうに眺めながら通り過ぎてゆく。
「おい、良い加減にしないと憲兵に突き出すぞ!」
「……何の騒ぎだ」
少年の腕に掴み掛かる衛兵の後方から、壮年の男性が現れる。
男性は白銀の甲冑を身に纏い、腰には一振りの剣を携えている。
御伽話に出てくるような騎士。
「申し訳ありません、サー・ガルシア……」
衛兵はびくりと肩を跳ねさせて後方を振り向く。
ガルシアと呼ばれた男は、眉間に刻まれた皺を僅かに深くして衛兵を見た。
「状況の説明をしろ」
「は、はい。この少年が何の断りもなしに王城に入ろうとして」
ガルシアは少年へと視線を寄越した。
少年は気圧される様子もなく、二人の大人を強気な目で見上げている。
「どこから来た」
「コルベリア」
「コルベリア……?西の辺境か。ここから馬車でも三日はかかる。一人で来たのか?」
「うん」
「……野党が出たろう。」
「おう」
「よく無事だったな」
「逃げた。大人に勝てるわけないし」
そんな風に言葉を交わす少年と男。
衛兵は困った表情でその様子を眺めている。
「何のためにここに来た」
「騎士になりにきた!あんた騎士だろ?俺を雇ってくれよ!」
「は、はぁ!?お前何言ってんだ!?」
驚愕して声を上げる衛兵。
ガルシアに嗜めるような目を向けられ、慌てて姿勢を正す。
「平民が騎士団に入るには、信頼のおける者の紹介が必要だ。誰かそういった宛てがあるのか?」
「……。ない。王都に知り合いなんていないし」
ようやく話を聞いてくれそうな人間を見つけたのに、と困った表情を浮かべる少年。
しかしまだ諦めたわけではないらしい。
「なぁ、そこを何とか頼むよ!下働きでも何でもやる!俺、村で一番体力があるし、高い所で作業するのも得意だから!」
騎士を大工か何かと勘違いしているのか、と呆れ顔の衛兵と、黙って少年を見つめるガルシア。
この通り!と頭を下げた少年の首元で、チャリ、と金属が擦れた音が鳴る。
どうやらシャツの襟元から、首に下げていたネックレスが零れ出たらしい。
少年の瞳と同じ赤色の宝石があしらわれたペンダントトップと銀のチェーンがぶらんと揺れる。
それを見たガルシアがはっと息を呑んだ。
「それは?どこで手に入れた」
「へ?ああ……これ?村を出る時に、かーちゃんが持って行けって」
少年はガルシアの言葉にきょとんとしながら、ネックレスが母から手渡されたものである事を語る。
ガルシアはそうか、と小さな声で呟くと少年の目の前に屈み込んだ。
「見てもいいか?」
「おう」
少年は不思議そうに、目の前の大人の行動を見つめる。
ガルシアはペンダントトップを日の光に翳したり、裏向けてみたりと何かを確認するそぶりを見せていた。
やがて立ち上がると、衛兵に向けて言った。
「……この子供はしばらく私が預かる。見込みがないと分かったら、追い返せば良いことだ」
「ええっ!?正気ですか!?そんな小汚い子供を王城に入れるなんて……」
「相応の格好をしていれば良いのだな。」
「いえ、そ、そういう訳では……」
困惑した様子の衛兵に背を向け、ガルシアは少年について来いと視線を送る。
少年は衛兵に、ざまぁみろ、と言いたげな笑みを見せつけたあとその後を追った。
「名前は何という」
「名前?ないよ、そんなもの」
「ない……?なら、村に住んでいた頃はどう呼び合っていたんだ」
「みんな、特徴とか似てる物とかで呼んでる。村じゃ当たり前だよ」
「そうなのか……なら、お前は何と呼ばれている?」
「ザクロ。ザクロみたいに目が赤いから」
そう言って、少年は吊り目がちな目を指さして見せた。
たしかに、熟れた柘榴のように深い赤色をしている。
しばらく市街地を歩き、二人はとある屋敷の前にたどり着いた。
ガルシアが扉を開けると、屋敷の中で清掃を行なっていたらしい召使いが『おかえりなさいませ、旦那様』と恭しく頭を下げた。
彼女に労りの言葉を掛けると、ガルシアは廊下を進み、奥の一室の前で立ち止まる。
そして懐から取り出した鍵をじっと見つめたあと、鍵穴にそれを差して回した。
かちゃり、と音を立てて扉は開錠された。
部屋の中からは、独特の古い紙のような匂いがした。
黙り込んだまま室内に足を踏み入れるガルシアに、ザクロは少し不思議に思いながら続いた。
部屋は子供部屋のようだった。
しかし妙に片付いており、生活感はない。
ガルシアはクローゼットを開けると、中からシャツやズボンなどの衣服を数着取り出した。
ザクロの前でかがみ込むとそれを広げて、ガルシアはうーん、と小さく唸る。
「お前には少し大きいか?」
「何だこれ。あんたの子供の服?」
「……ああ。十年前に、流行り病で死んだがな」
思わぬ返答に、ザクロは小さく目を見開いて「ごめん」と呟いた。
ガルシアはそれを気に留める様子もなく、同じようにクローゼットから取り出した布製のリュックサックにそれを詰めて差し出してくる。
「私はあの時……妻と息子、そして親友を失った。どれだけ剣を振るおうとも、守れぬものがあるのだと思い知らされたよ」
「……」
「ザクロ。お前は何のために騎士を志す?金か、それとも名声か?」
赤い瞳を見つめながら、ガルシアはそう問うた。数秒の静寂の後に、ザクロが口を開く。
「かーちゃんに楽させてやりたくて……他の家には父親がいるけど、うちには居ないから……」
「どうして村を出た?わざわざ騎士にならなくとも、働き口などいくらでもあるはずだ」
「コルベリアじゃダメだ。土地も痩せてるし、村はそのうちなくなると思う。だから、もっと街の方で暮らせる家が必要で……騎士って階級が低くても他の仕事より割りがいいんだろ!?そう聞いた!」
「それでは、お前が戦場で死んだらどうする?母はお前まで失い、一人で生きていくことになるだろう」
「それは……」
言葉に詰まり、視線を彷徨わせるザクロ。
ガルシアはリュックサックを半ば無理やりその手に握らせて、立ち上がった。
「答えられないのなら、そうならないようにしろ。戦果を上げる事ではなく、ただ死なない事だけを考えて剣を取れ」
分かったか、と念を押すように続ける。
ザクロは浮かない表情のまま、小さく頷いた。
「あんた、なんでここまで親切にしてくれんの?」
「さあな」
少年の問いかけに、騎士はぶっきらぼうに応える。
ザクロは不思議そうに何度か瞬いた後、口角を上げてにんまりと笑った。
「……ははーん。俺ってそんなに見込みある?」
「今すぐそれを返せ」
「げ、やだ!」
呆れた顔でリュックサックへ手を伸ばすガルシアと、慌てて逃げるザクロ。バタバタという足音が響く。
廊下の掃除をしていた召使いが、にわかに騒がしくなった一室の扉を、不思議そうな顔で眺めていた。
……この日の夕刻、ザクロは正式にガルシア率いるステルラ王国第二騎士団・三番隊付きの従者として登録される事になるのであった。
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