観測ログ14:静かなる剣、静かじゃない奴

ダンジョンから帰ってきてから、三週間が経った。

新たに見つかった高ランクと見られる未踏破エリア発見に周辺の村の警戒は一時的に強まったが、ギルドの素早い対応もあって、現在はすっかり落ち着きを取り戻している。


その間、ヴォイドたちは三人で討伐依頼をこなしていた。(同時にヴォイドは採取の依頼も受けていたが…)

ライガの剛剣による前衛、ミアの俊敏な機動、そしてヴォイドのサーチと重力魔法による支援。次第に互いの戦い方を理解し、息の合った連携を築きつつある。


「よし、ミア、右の丘から回り込め!ライガは前だ!」


「任せなさい♪」


「はーっ! 一撃で決めるぜ!」


Dランク程度のモンスターなら、今や三人の敵ではなかった。

ヴォイドは魔素の濃淡を読み取りながら素材や薬草を採集し、ついでに敵の生態を観測するのもすっかり日常になっている。




◆◆◆




そんなある日、ヴォイドは二人に、とある秘密を打ち明けた。


「……実は2人に秘密にしていた事がある。まずはこれを見てくれ」


ヴォイドが静かに手をかざすと、空間がぽっかりと歪んだ。

吸い込まれるように出現したのは、闇……。


「な……!」


「わわ、なにこれっ!? 魔術……じゃない、よね?」


「俺は《ブラックホール》って呼んでる。いわゆる《収納魔術》を利用したアイテムボックスの一種だが、この《ブラックホール》は、単なる収納空間じゃない。

正確には、局所的な空間位相の折り畳みによって、魔素的な慣性保持を破棄し、質量情報だけを異次元座標へ投影してる。

通常の《収納魔術》が物質を圧縮状態で保持しているのに対して、これは“定義情報”そのものを抽出して、観測下において再構成可能な状態で保存してる。

魔素的には“存在を保証する観測記録”だけを保持していて、質量も体積もない。

いわば、これは記憶された宇宙構造の一部を再現する、魔法と量子干渉の境界領域だ」


ライガとミアは固まっている。


「うーん。つまり、この《ブラックホール》は、ただの収納空間じゃない。

ざっくり言うと、“空間そのものを折りたたんで”、中に物をしまってる。普通のバッグみたいに物が中にあるわけじゃなくて、物の“情報”だけを抜き取って、別の次元に投げ込んでるんだ」


「別の……じげん?」


「そう。“存在してる”っていう情報だけを、俺のスキルで観測したまま、魔素を使って保管してる。重さも大きさも感じないのは、中にあるのが“実体”じゃなくて、“定義”だから。要するに、今この瞬間は“入ってる”ってより、“覚えてる”って感じだな」


「……お、おぼえてる?」


「そう。観測者である俺が、“これはここにある”って思ってる限り、それはこのブラックホールの中に“ある”。逆に俺が忘れたり、意識を失ったりすると、中身は不確定になる。観測ってのは、存在を保証する行為だから」


「あー……わかんねぇけど、すっげぇってことは分かった」


「ヴォイド、つまりこの中は……ヴォイドの“記憶”で出来てるってこと?」


「ほぼ正解。だからブラックホールの中身を変えたり、探したりするのは、俺じゃないとできない。俺だけが観測して、俺だけが保持してるからな」ライガとミアの反応は、予想以上に素直だった。


「……ほえー……」


「ふつーにバレたらヤバいやつだコレ!?」


「ま、ヴォイドだからな……」


「うん、ヴォイドだし」


ということで、深く追及はされなかった。


この日から、ヴォイドは正式に“落星棍”も解禁した。隕鉄から鍛えた無骨な棍は、並の武器では耐えられないほどの打撃力と重量を誇り、彼の観測と相性も良い。特に重力操作の魔法と組み合わせた一撃は、まさに隕石の落下そのものだった。




◆◆◆




そしてついに、ギルドに呼び出された三人は、ギルドマスターのダリオから告げられる。


「再侵入の件、王都からAランクパーティーが来た。お前たちの同行許可も出た」


──再び、あのダンジョンへ。

未踏破エリアの発見者として、発見者権利を持つ彼らに、正式な同行許可が下りたのだった。




◆◆◆




まず先に名乗ったのは、金色のたてがみを撫でつけた、ライオンの獣人の剣士・ライガ。


「俺はライガ、剣士だ。よろしく頼む」


続いて、元気そうな耳長のうさぎの獣人の少女が飛び跳ねるように一礼する。


「ミアでーす! 斥候やってますっ!」


「ヴォイドだ。魔術師?……主に荷物持ちと支援担当だ」


三人の自己紹介が終わった途端、太い声が響いた。


「あらあら〜、ライガちゃんにヴォイドちゃん? ふたりとも、それぞれ違うタイプでかわいいわねぇ♡」


バッと迫ってきたのは、ライガより大柄な体格に似合わず、全身から殺気じみた気迫を放つ女性?だった。


「ドミニク、離れろ。脅えてるぞ」


「あら、ダリオ。いつもミニーって呼んでって言ってるじゃない♡」


ダリオが静かに言うと、女性──意外にもミニーはあっさり引き下がる。


「はーい、わかってるってば〜。どっちと遊ぼうか迷っちゃう♡」


ヴォイドは引きつった笑みを浮かべながら、後退した。ライガは軽く汗をかいていた。


トニーが改めて紹介する


「Aランクパーティー《静かなる剣》だ」

黒髪の長髪、いかにも強者のオーラを纏う戦士風の男が静かに言う。


「グラディオだ。……よろしく」


たったそれだけで、部屋の空気が変わった。沈黙の中にある圧倒的な存在感。

彼が《静かなる剣》の“剣”なのだと、誰もが理解した。


「次は俺だな!」

一人の青年がふっと前に出た。

長身、引き締まった体つき、獣人特有の耳と尾。鋭く金の瞳が光る。


「俺はカイル。狼の獣人──このパーティの斥候担当。《影狼(えいろう)》って呼ばれてる。覚えといてくれると嬉しいな

ちなみにうちのリーダーは《剣静(けんせい)》って名前通りめったに喋らないが気にしないでくれ」


どこか軽口めいた口調とは裏腹に、その雰囲気はまるで森を駆ける獣のような鋭さを持っていた。

銀灰色の髪は後ろでゆるく束ねられ、軽装ながらも無駄のない装備に“プロの気配”が漂う。


「……影狼。か…」


ライガが思わず呟く。

その瞳には、警戒とも憧れとも取れる微妙な色が混ざっていた。


「はは、男にそんなにじろじろ見ると困るんだけどな?俺にドミニクと同じ趣味はないぞ笑」


「ミニーよ♡」


「……ああ、ただなんか似てるなって思っただけだ」


「似てる?」


「獣人で斥候、ってことはミアと同じだなって」


その言葉に、ミアがぱちくりと目を瞬かせる。


「……え? あたしと?」


「おっ、じゃあ今度“影走り”教えてあげようか? ミアちゃん、身体能力高そうだし、適性あるかもよ?」


「ほんとに!? やった!」


「カイル、ナンパすんな!」


ダリオの冷たいツッコミが即座に入るが、カイルは悪びれもせず肩をすくめる。


「いやいや、教育的指導ってやつでしょ? あ、ちなみに“影走り”ってのは、影に自分の魔力を流し込んで、そいつに潜り込むんだ。そうすりゃ誰にも気づかれずに隠れたり、別の影にぴょんっと移動できるってわけ。

ただし、光が強すぎると影が薄くなって使えねぇし、影と影がつながってないと飛べねぇから、使いどころは選ぶぜ?」


「やっぱナンパだこれ」


ヴォイドがぼそっと言うと、ミアが吹き出した。


そして、次に現れたのは銀髪の美しいエルフだった。

腰まで届く髪と透き通るような蒼い瞳、長く尖った耳が印象的で、白く整った肌は月光のように淡く輝いている。 ──


「初めまして。わたし、エリシア。精霊術師です。今回は、よろしくお願いしますね」


その瞬間、風が吹いた。部屋の中なのに、ふわりとスカートが揺れる。


「きゃっ──!」


軽やかな悲鳴と同時に、風は止んだ。


「白か……」


「もぅ!ごめんなさいね」


ライガはミニーの相手で忙しい、ミアはカイルにまだナンパされていたため、見ていない。


だがヴォイドだけは、その瞬間を、なぜかスローモーションのように“観測”してしまった。


エリシアは赤面しながら、それでも笑っていた。


「ふふ、精霊達もあなたに興味があるみたいよ?さっきから気を引きたくて必死にイタズラしてるわ。

それに私もあなたに興味があるわ、魔法使いさん」


「魔法使い?

色々な所から観られてる気がするのはそれか…」


そして最後に出てきたのは___


先程から個性が暴走している明らかに場違いなピンクのオーラを放つ人物だった。


金髪、広い肩幅、分厚い胸筋に張り裂けんばかりのピチピチのピンクのシャツは大胆にボタンが外され、胸元には十字架が光る。

そして割れたアゴ!

腰にはハート型のポシェット以外何の武器も下げていない

一見して明らかな超マッチョの男なのだが──

アゴが割れている!


「はぁい♡ ミニーよん♪ みんな、“ミニーちゃん”って呼んでくれていいのよぉ?」


野太い低音ボイスに裏声が混ざる、奇跡の二重奏。


一瞬、時が止まった。


「えっ……」


「ゴリラの獣人……?」


「あらやだ♡ 失礼ねぇ、人間よ。種族や性別より大事なのは♡ 心よ、心!」


ミニー(ドミニク)はうっとりしたように自分の頬を押さえる。

だがその腕は、筋肉で爆発しそうなほど盛り上がっていた。


「役職はヒーラーよ♪

でもまあ、今回は主にこっちかしら♡」

その巨大な拳を振りながら言う


「……ヒーラー?」


「うそだろ……どう見ても前衛のゴリラ……」


ライガが思わず後退し、ミアが警戒して背中を丸め、毛を逆立たせる。


ミニーはくるりと一回転すると、構えを見せる。


「アタシの拳は岩も砕くのよぉ? それでいて癒しの力もバッチリ♡ この身ひとつで前衛も回復もこなす、まさに《剛拳の聖女》って言うのは私の事よ♡」


「……その聖女って、自称だよな?」


「まっさかぁ〜。ちゃんと自分で名乗ってるのよ♡」


「つまり自称だよな」


ヴォイドは静かに観測する。

ミニーの見た目の筋肉以上に内に秘めた力は規格外。


(……物理特化型支援職、というより、“回復の使える戦車”だ)


「ちなみにねぇ、普段は単独で動いてるの。でも今回は、ほら、ゴーレムって聞いたから、アタシも呼ばれたのよぉ。頼れる女は必要でしょぉ?」


「え、女……?」


「女よ♡(※違います)」


その時点で、ライガとヴォイドはすでに目を合わせなくなっていた。

だが、ミニーはそんなこと気にもしない。


「あなたたちのこともちゃーんと守ってあげるから、安心してねぇ♡ 怪我したらすぐ駆けつけるし、敵が来たら……ふふ、すり潰すわ♡」


「やっぱ聖女じゃない……!」


「お姉さん(?)、本気で怖いんですけどぉ!!」




◆◆◆




翌日早朝、ダンジョンへ再出発。


「よーし、腕がなるぜぇ!」


ミアが元気よく飛び跳ね、ライガが肩の大剣を軽く担ぐ。


ヴォイドの背中には、木箱がひとつ。


もちろん、中身は空だ。ブラックホールの存在は、ギルドには秘密。箱はそのカモフラージュ用だ。


「落星棍、よし……」


ヴォイドは改めて無骨な武器を確認する。今回は武器も全開、全力で行く。


「行こう。第七層の、未踏破エリアへ」


再侵入。

静かなる剣プラス剛拳と共に、ダンジョンの深部へと足を踏み入れる──。

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