観測ログ10:星を携えて、扉の前に立つ
休日を一日挟み、すっかりリフレッシュしたヴォイドは、朝から冒険者ギルドへ足を運んでいた。
ギルドの掲示板には昨日と違うEランクの依頼が貼られている。その中にひとつ、気になるものがあった。
(幻華の採取……。崖の上に咲く白い花、この時期の午前中しか開花しない。なるほど、制限時間と高所作業……俺のスキルなら行けそうだ。)
受付に顔を出すと、ラナがこちらに気づいて声をかけてきた。
「おはようございます! 体調はどうですか? 依頼は……幻華の採取、ですね?」
「ええ、ちょっと試したいこともあるので」
「なるほど……気をつけてくださいね。あの花、崖上に咲くから、落下事故が一番怖いんです。報酬は銀貨1〜3枚ですが、状態によって増減しますので!」
ラナから依頼用紙と見本のスケッチを受け取り、ヴォイドは町から少し離れた崖地帯へと向かった。
◆◆◆
現地に到着したヴォイドは、人目のない場所まで移動すると、周囲を警戒してからそっと昨日杖屋で見つけ《落星棍》と名付けた隕鉄で作られた無骨な棍を取り出した。
――普段はブラックホールに格納しており、まだ誰にも見せていない。
「重量軽減――発動」
術式を通し、ずっしりとした重量が一気に消える。軽やかに持ち上げると、試しに地面を殴ってみる。
ゴゴッ!
岩が砕けた。だが、反動で手が痺れる。
「……手が痛え。これ、反動がモロにくるな」
ヴォイドは棍を構え直し、地面の裂け目を見下ろす。
(当たり前だ。重い物を速く振ってぶつければ、それだけの反作用が返ってくる……)
頭の中に浮かんだのは、研究室時代にノートへ書きなぐった公式たち。
――“運動エネルギー=1/2×質量×速度²”
――“反作用=作用と等しく逆向き”
(じゃあ、俺に返ってくる“衝撃”の方向をずらせばいい……?)
再び落星棍を構え、発動。
「重力ベクトル、手首から外側へ……“偏向”」
叩きつける――ドゴォン!
岩盤が砕けるのと同時に、ヴォイドの手にはほとんど痛みがなかった。
「……できた。反動、逃がせた……」
手の中の棍が、魔力を帯びて震えている。
(発動時に、“自分には軽く、対象には重く”……そこにさらに、**“自分に戻ってくる力のベクトル”**を横に逸らす……これが、新たなパッシブスキル《慣性偏向》……!)
ヴォイドは静かに笑った。
その一撃は重力と慣性の両方を制御した、常識外れの打撃理論。
いや、それだけじゃない。“衝撃”は「振り速度×質量×伝達効率」
結果――棍は軽々と振り回せるのに、着弾点では爆発的なエネルギーが生まれた。
さらにインパクトの瞬間だけ重力倍加!
ドゴォン!
地面がえぐれ、クレーターができた。
「……コイツはヤバい。命名、《星砕(ほしくだき)》」
勢いに乗ってさらに試す。
高くジャンプし、棍を振り下ろすと――衝撃波は地響きを立て地面が割れる。
「これは……《星堕(ほしおとし)》」
次は突き。勢いよく岩へ向けて棍の先端を突き出すと、岩に穴が開いた。
「突き技は……《星穿(ほしうがち)》だな」
最後は、空中から連続で突きを繰り出す連撃――
「《流星群(メテオレイン)》」
中二病全開な命名に笑いつつ、手の痛みは驚くほど少ないことに気づいた。術式がうまく機能している証拠だ。
(落星棍、上出来だ)
◆◆◆
休憩のため腰を下ろしながら、ヴォイドは前日森の中で見たミアのスキル《気配察知》を思い出していた。
(気配=重力波と仮定するならば……万物の存在は質量を持つ。存在する限り、重力場に影響を与える)
思考が巡る。人や魔物の“存在”は、それぞれ固有の重力場に微細な揺らぎをもたらす。そして、一回観測(みた)ことある相手なら固有の波長も分かる。もし、それを“薄く広く観測”できれば――
「……《重力波察知(サーチ)》」
発動――情報が一気に流れ込み、視界が歪む。
「うわっ、情報が多すぎる!」
範囲と感度を調整し、フィルタをかけて再試行。特定の魔物による変化だけを捉えるようにすると――
(いた……魔素反応+質量変化。ゴブリンだ)
気配の方向へ移動。茂みに隠れていたゴブリンを発見し、手加減モードで《星砕》。
パンッ!
ゴブリンは跡形もなく爆散した…。
(恐ろしい威力だ…。
サーチも実戦レベルに使えるな)
目的の《幻華》も、魔素を多く含んでいるためサーチにうっすら反応する。午前中のうちに幾つかを無傷で採取し終えると、別方向の崖に、サーチでは他とは違う魔素の集まりの反応が映った。
「ん? これは……?」
見に行くと、そこには赤黒い傘を持つキノコが密集していた。鑑定こそできないが、明らかに“ただのキノコ”ではない。
「念のため、採っておくか」
数本を丁寧に採取して、ブラックホールに収納した。
◆◆◆
日が傾きかけたころ、ヴォイドはギルドへと戻ってきた。
「おかえりなさーい!」と、ラナが手を振って迎える。
「幻華、なんとか採れました。あと、これは……見つけたキノコです。念のため持ち帰りました」
皮袋(ブラックホール)から幻華を丁寧に取り出し、さらにキノコを一つ渡すと、ラナの目が見開かれた。
「ええっ!? これ、緋影茸(ひえいたけ)じゃないですか!? 幻華より高いですよこれ!」
「……そんなに?」
「もちろんですっ。高級な魔法薬の材料で、1本銀貨1〜2枚します!」
「じゃあ、これは……」と、ヴォイドがキノコを全て取り出すと、ラナがカウンターの下で計算機を弾く。
「幻華が状態抜群で銀貨3枚、緋影茸が5本で……銀貨8枚。合計で銀貨11枚のお渡しになります!」
「それは助かります」
銀貨を受け取ると、背後から陽気な声が飛んできた。
「よう、ヴォイド!元気そうだな!」
振り返ると、ライガとミアの獣人ペアが手を振っていた。
「お前が講習で無双してたって聞いて、様子見に来たんだ。……っていうか、俺たちDランクに上がったから、今度ダンジョン行こうぜ!」
「ダンジョン……!」
心が動いたが、ヴォイドはふと冷静になって、受付に目を向けた。
「ラナさん、Eランクでもダンジョンに入っていいんですか?」
「あっ、はい。一応はDランク以上が基本ですが、正式な申請と、同行の保護責任者がいればEランクでも可能です。ただし、報酬や失敗時の責任の分配が変わるので注意してくださいね」
「なるほど……。それなら、行けなくはないな」
「おうおう、心配すんなって! 俺とミアがついてる!」
「ん! 今度こそ、ヴォイドの本気、見せてもらうんだから♪」
ヴォイドは微笑みながらうなずいた。
(落星棍、サーチ、そして“確定観測”……俺の力がどこまで通用するか、確かめてみるか)
次なる目的地――初めてのダンジョンへ、ヴォイドの視線が静かに燃え上がった。
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