For the end of the world and the last man (10)

 ​タカシは、興奮した様子で身を乗り出した。

「人間にしかできないことが、価値を持つんだ。AIにはできないこと、わかるか?」

「愛するとか……、優しさとか、ですか?」

 シンジは敢えて、そう答えた。勿論、シンジはAIはすでに、それらを完璧にシミュレートし、実践していることを知っていた。

 ​タカシは嘲笑うように鼻を鳴らした。

​「愛? そりゃあ、人間もまた、本能が壊れているとは言え、動物だからな、動物は愛し合うわな。AIだって、人間が『愛』と呼ぶ概念を完璧に分析し、最適化された共感性を発揮する。ある意味では、人間よりも純粋で、揺るぎない『愛』を体現していると言えるだろう。お前もその愛を、求職中に味わった口じゃねえのか? じゃあ、シンジよ、逆にいじめはどうだ?」

 シンジはかすれた声で答えた。

「ある種の動物はいじめをするらしいですが。つまり、娯楽のために他者を攻撃するということを、するらしいですが」

「そうなんだよな。よく知ってるな。動物にも一部、あるらしいな。だがな、そしたらよ、シンジ、戦争はどうだ?」

 ​タカシの目が、ギラリと光った。これが言いたくて、シンジを招いたといった趣すら、あった。

「考えてみろ。他の種族や同族を、組織的に、大規模に抹殺しようとするのは、人間しかやらねえ!  AIは戦争なんて無駄で非効率なことはしねえ。動物も、繁殖や捕食、自衛のために戦うことはあるが、ここまで周到に、喜び勇んで他の種族や同族を殺しはしない。だが人間はやる。集団で、計画的に、他種族や同族を殺す。これだよ、シンジ! これこそ、AIにも動物にもできない、純粋な人間らしさなんだよ、シンジ!」

 ​タカシはソファから勢いよく立ち上がると、目の前の高そうなガラステーブルを、渾身の力を込めた素手の拳で殴りつけた。高価なテーブルが砕け散り、ガラス片とタカシの血液がキラキラと飛び散る。

「搾取、暴力、支配、そして虐殺!」

 ​タカシは雄叫びを上げた。

「ヒャッハー!」

 彼は狂ったように部屋を駆け回り、近くにあったデザイナーズチェアを掴んで壁に叩きつけ、破壊した。

「これが人間だぜえ! なあシンジ! こんな無意味なことは、AIも動物もやらねえよ! 搾取、暴力、支配、そして虐殺こそ人間的な行為なんだよ! つまり価値はそこにある! AIに代替されない仕事はそこにあるんだ!」

 ​タカシは興奮のあまり、汗だくになりながらシンジに詰め寄る。

「お前もやれ、シンジ! 内なる搾取、暴力、支配、そして虐殺の本能を引き出すんだ! おらぁ!」

 ​言って、タカシはさらにもう一脚、デザイナーズチェアを床に叩きつける。シンジは恐怖を感じながらも、タカシの言葉の持つ不気味な真実に抗えなかった。

「風呂の中に子どもを沈める仕事、やるか? 明日なんだけどな。インターンだ、楽なやつにしてやるよ。赤ちゃんは命乞いしないから、いいぜ。すぐ終わる」

 ​タカシの言葉は、シンジの「人間らしさ」に対する認識を根底から揺さぶった。彼は、恐怖と、得体のしれない納得の間で揺れ動いていた。

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