最強の称号を持つ者①
Dブロック――ついに最後の予選ブロックが開幕する。
アナウンスと同時に、会場がざわつく。
「出たァァァァ!! Dブロックにはあの男が参戦している!!」
実況の鳴神雄吾の声が一段と高まる。
「3年、栄光継承世代(グローリー・ヘリテージ)の中でも“最強”と名高い男――獅堂獅音(しどう・しおん)!! 初年次にして優勝を飾った実績の持ち主! 今年はこの舞台に合わせて留学先から帰還ッッ!!」
その名が告げられると同時に、観客席からは悲鳴にも似た歓声が上がる。
金のたてがみのような髪をなびかせながら、ゆっくりとステージに現れる獅堂。
その眼光は鋭く、誰をも寄せつけない王の威圧を纏っていた。
開始の合図。
瞬間――ステージに爆風が走る。
「な、何が起きたッ!? えぇーっと、ステージ左側、10名が…まとめて吹き飛んでいる!!」
「……もう終わったのか?」
獅堂が静かに呟いた直後、彼の足元に沈んだ生徒たちの姿が明らかになる。
「いまのは技か? それとも、ただのパンチ……!?」
鳴神の声に答えるように、ステージ中央の表示板に一気に加算される「30」のポイント。
「開幕数秒で10人撃破!? ……こ、これが“獅堂 獅音”――!!」
一瞬で空気が変わった。
誰もが、この男に手を出すことをためらう。
ステージ上では、生徒たちが獅堂を避けるように動き出す。
もはや一人の王の周囲に、自然と“安全距離”が生まれていた。
一方その頃、柏木はその様子を遠巻きに見つめながら、拳を握っていた。
(……あれが、最強の一角――)
彼の目に宿る決意は静かに燃え始めていた。
Dブロック予選、開始から数分。
誰もが“その男”の一挙手一投足に息を呑んでいた。
ステージ中央、獅堂獅音。
王の風格を持つその姿は、まるで戦場の中心に立つ獣。
風が吹いたわけでもないのに、彼のまわりには“誰も近寄れない”空気が支配していた。
「やはり戻ってきたか、獅堂……! いや、あの圧力……留学前より遥かに強くなってる!」
実況席の鳴神が、興奮と畏怖の混ざった声を張り上げる。
「この3年の“王”が……いま、再臨したッ!!」
一撃で10人を沈めた直後から、誰も彼に挑もうとしない。
ステージの端を駆け回り、得点を稼ごうとする者たち。
だがその誰もが――**“王の間合い”**に入ることを避けていた。
……その時だった。
「おいおい、どいつもこいつもビビってんのかよ」
低く、しかしよく通る声が響いた。
観客、実況、そして選手たちの視線が、一斉にその“声の主”を向く。
獅堂の正面に立ったのは、1年生――**柏木大牙(かしわぎ・たいが)**だった。
「この大会で、俺は――優勝するって決めてるんだよ」
柏木の目には、恐れはなかった。
強者に挑む覚悟。
敗北の痛みすら引き受けた、戦士の眼光。
「だったら……今、ここでお前とやるのが一番早ぇだろ」
――ざわめきが広がる。
1年生が、王に挑む。
それは“無謀”の象徴だった。
けれど、その姿に誰もが目を奪われる。
鳴神の声が震えを含んだ。
「な……なんという胆力……ッ! 相手が獅堂とわかって、引かねぇどころか、自ら前に出たぞ……!? これが……柏木大牙……!」
獅堂は一歩、ゆっくりと前に出る。
「……ふん。面白い」
言葉とは裏腹に、獅堂の目には一切の油断がない。
「少しは、楽しませてくれよ」
次の瞬間、風が爆ぜる。
それは“王の獣”が、牙をむいた合図だった。
-----
「誰もが避ける? だからなんだよ……俺はこの大会で優勝する。そのために、あんたを避ける理由なんかねぇ!」
炎が拳を包む。
《爆炎重撃(ばくえん・じゅうげき)》!
轟音と共に突き出された拳。しかし、獅堂は微動だにせず、その拳を片腕で受け止めた。
「ふん……その程度か。」
言葉も、動きも、全てが圧倒的。
「っ……!」
(なんだコイツ……マジかよ、まったく効いてねぇ……!?)
柏木は構わず次の技を繰り出す!
《熾烈爆炎拳(しれつ・ばくえんけん)》!
連続する炎の拳! 視界を覆うように打ち込まれる衝撃の雨!
だが——
「無駄だ。」
獅堂は軽く身体を傾けるだけで、すべてを受け流す。
「力だけで勝てるほど、俺は甘くないぞ。」
「くそぉぉぉ!」
(違う……こんなもんじゃねぇ!)
柏木は後方へ飛び、最大火力へと移行する。
「だったらこれでどうだァッ!!」
《焔衝拳嵐(えんしょうけんらん)|ブレイズ・クラッシャー》!
空間に2つの“炎の拳”が浮かび、同時に射出される!
獅堂を包み込むように襲いかかる!
観客が沸く。
「これが決まれば——!」
だがその時、獅堂が一歩踏み出した。
「チッ……」
柏木の全攻撃を、獅堂は——
拳一つで叩き落とした。
その拳は密度の高いリビドーが纏っていた。
「俺にリビドーを纏わせた拳を使わせるとは、やるじゃないか。」
そして、次の瞬間。
ただ一撃。
リビドーによって強化された身体能力のみで、獅堂は拳を振るう。
獅堂の拳が、柏木の腹部に突き刺さる。
「がはっ……!」
吹き飛び、ステージ端まで転がる柏木。それでも立ち上がる。
「チクショウ……でもまだ終わりじゃねぇ!」
その姿に、獅堂が一瞬だけ、目を細める。
その“衝撃”だけで、炎の拳が霧散した。
「な……!」
柏木が息を呑む暇もなく、次の瞬間。
——ドッ!!
「……がはっ!」
腹部に重たい拳がめり込む。
(……速い……見えなかった……!)
空を舞う身体。視界がぐらつく。
(それでも……)
地に伏しても、立ち上がる。拳を握る。
「チクショウ……! ……けど、俺は諦めねぇ……ッ!」
その言葉に、獅堂が静かに目を細めた。
「悪くない。」
その一言が、柏木の誇りをほんの少しだけ照らした。
(まだ……終わっちゃいねぇ……)
-------
時は少し前に遡る
ざわめく会場の外れ、控え室のモニターの前で、柏木 大牙は息を呑んで立ち尽くしていた。
「……悠斗さんが、4位だと?」
目の前の画面には、Bブロックの結果が映っている。
――4位、久世 悠斗。
柏木は拳を握る。
彼の知る“あの人”は、もっと強い。もっと上にいるはずだった。
(悠斗さん、本気出してなかった……)
そう思いたかった。だが、観客の声がその思考をかき乱す。
「久世の野郎、4位とかw」
「やっぱ落ち目だな~、もう獅堂には勝てねぇよ」
「今年はもう、あいつじゃない」
言葉が、心に突き刺さった。
(……ふざけんな)
知らず、柏木は奥歯を噛み締めていた。
(あの人は……俺の目標で、越えたい背中だったんだ)
だがその背中は、今――
勝手に他人から「見限られた」ことになっている。
「悔しい……ッ」
己の無力さが、痛いほど胸を突いた。
(どうしてなんだ、悠斗さん....)
「はっ...!」
(なにかに気づく柏木)
現在に戻る--
ぐるりと戦場へ視線を戻す。
(このまま、何も残さず終わるわけにはいかねぇ……!)
そして思い出す。
あの日、火傷寸前まで自らを追い込み、ようやく形にした技を。
「……見せてやるぜ、俺の全力を、新技を!!」
全身を焔が走る。右拳を中心に、炎が収束していく。
灼熱が柏木の身体を焼き、その熱が空気すら歪ませていた。
彼の瞳に、恐れも、怯えもない。ただ、一心不乱の闘志が宿っていた。
「《烈破炎砕(れっぱえんさい)――フレイム・バースト・クラッシュ》ッ!!」
踏み込んだ一歩が、地を砕く。
拳が獅堂へ向けて突き出される。
灼熱の塊となった拳は、まるで“太陽”のように眩く、広範囲を爆ぜた。
ドォン!!!
地響きと爆風が一帯を呑み、観客席からも悲鳴と歓声が交差した。
「……逃がさねぇ。これが、俺の全力だッ!!」
空間が震えた――。
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