新しい猛者たち①


「先生……ちょっと変わってるけど、やっぱりすごい人だと思う」


歩きながら、真白がぽつりと呟いた。


燐はその横顔を見やりながら問い返す。


「前から知ってたのか? あの先生のこと」


「うん。……入学したばかりの頃、何回か面倒見てもらったんだ。

 表向きはぐーたらしてるけど、あの人、本当は生徒一人ひとりのこと、すごく見てる」


真白の声には、わずかに敬意と信頼がにじんでいた。


そんな二人の背後から、間延びした声が飛んできた。


「お~い、そこの新人ふたり~!」


手を振りながら駆け寄ってきたのは、丸顔でやや幼さの残る男子生徒――木野 一真だった。


「コードクラスにようこそー! って、もう先生に会ったんだよね?」


「ああ。挨拶とテスト、みたいなものをされてきた」


燐が答えると、木野は満足げにうなずいた。


「そっかそっか。あの人、見た目アレだけど本物だから。ちょっとだけ紹介しとくね」


木野は小声になり、どこか楽しそうに語り始める。


「あの先生が来たのはね、一昨年。正直、それ以前のことは誰も知らないんだ。

 でも噂じゃ、現場の制圧部隊にいたとか、元々は軍所属だったとか……。

 まあ真相は不明。でもさ――」


木野の目が、わずかに真剣な光を帯びた。


「とにかく強い。本っっ当に強い。

 コードクラスの実戦演習では、上級生の相手を1人でこなすし、喧嘩の仲裁なんて日常茶飯事。

 しかも……誰も、あの人が傷を負ったのを見たことがないんだよ。マジで」


「そんなに……」


真白が目を丸くする。燐も心の中で、訓練所での異次元の動きを思い出していた。


「最強説、普通に囁かれてるしね。あの無気力そうな顔で」


木野は肩をすくめて笑い、


「でも普段は“やる気なさそう”“眠そう”“めんどくさがり”って感じ。休み時間はだいたい寝てるし。

 ただ、生徒のことはちゃんと見てる。観察眼と洞察力は異常なくらい鋭いよ。

 で、いざって時は――あれだからね。冷静で、キレが段違い。……あ、俺ちょっと尊敬してるかも」


言葉の熱量に思わず笑いがこぼれる。真白もそれに釣られて柔らかく微笑んだ。


そんな和やかな空気のなか、ふと木野が訊ねた。


「で? ふたりは今どこ行くの?」


「……柏木のとこ」


燐が答えると、木野の足が一瞬止まった。


「え、病院? あの柏木くんが入院してるって……マジだったの?」


「ああ。かなり重症らしくてな、しばらくは休みみたいだ。

……まあ、あの怪我で命が無事なだけ奇跡だと思う。」


燐と真白はあの時の柏木の怪我を思い出した。


木野は軽く笑って、少しだけ遠くを見るような表情になった。


「……なんか、すごい時代になってきたなぁ」


それが意味するのは、燐の覚醒だけではない。

今、この学園で起きている“何か”の兆し――それを木野も、肌で感じていたのかもしれなかった


「じゃ、俺はここで。また学校でなー!」


木野が手を振って去っていき、残された燐と真白は、並んで歩き出した。


目的地は、病院。


無言のまま歩く道すがら、燐の頭の中には、あの日の戦いが何度も再生されていた。

自分の未熟さ。無力さ。──そして、巻き込んでしまった柏木の姿。


やがて、病院に到着すると、真白が受付で手続きし、二人は静かに病室の扉を開けた。


「……っ」


思わず、真白が息を呑んだ。


そこには、ベッドに横たわる柏木の姿。

両腕、胸、額、脇腹……全身の至る所に包帯が巻かれ、右足には固定具がつけられていた。

肌に残る内出血の色が、生々しい戦いの傷跡を物語っていた。


それでも、彼の目だけはしっかりと開かれていて、入ってきた二人に気づくと驚いたように目を見張った。


「……お前ら、来たのかよ」


「当然だ」


燐がベッド脇に立ち、少し俯きながら言った。


「……悪かった。お前を巻き込んだのは、俺だ」


柏木は一瞬黙っていたが、やがて苦笑を浮かべ、首を振る。


「ちげぇよ。これは……俺が弱かったからだ。そんだけの話だ」


「柏木くん……」


真白が小さくつぶやいた。


かつて傲慢だった男の、あまりに率直な言葉。

その姿に、ふたりは思わず胸が熱くなるのを感じた。


変わった。変わろうとしている――彼もまた。


そのとき、病室のドアがノックもなく開いた。


「こらこら、重傷者をあんまりしゃべらせないの。まだ肺にダメージあるんだから」


少し軽い口調で入ってきたのは、保健室の先生・玖城 澪だった。

ラフな白衣に身を包み、いつもの明るい笑みを浮かべている。


「君たち、コードクラスに入ったんだってね~。噂になってるよ?」


「噂……?」


燐が問い返すと、玖城は手をひらひらと振った。


「『普通科からエリート昇格』『光の剣を使う新人』……ま、そんな感じでね。注目の的ってとこ」


言われてみれば、今朝のざわつきにも納得がいった。


「それにしても、回復系か……」


玖城は真白を見て、ふむ、と小さく唸る。


「珍しいんだよ。回復系って。コードの中でも特に発現が少ない。しかも本人の精神状態に左右されやすい」


「精神状態……?」


「ま、要するに“どれだけ癒しを想ってるか”ってとこかな。

 ねえ、試してみてくれない?」


「えっ……?」


玖城が視線を向けたのは、柏木。


「この子、だいぶ酷い状態だけど、少しでも回復できるなら可能性が見えるでしょ?」


「でも……わたし、前にやっても、あんまり効かなかったんです」


真白の声には、明らかな不安が混じっていた。


「……たぶん、気持ちの問題だよ」


燐がそっと言った。


「お前の力は、ちゃんと届くはずだ」


その一言に背中を押され、真白は深く息を吸って柏木に手をかざした。


「──《Resonant Shine(レゾナント・シャイン)》」


光が、柔らかく病室に広がった。

暖かな輝きが、柏木の身体を包み込む。


数秒後――


「……お、おい。ちょっと待て、これ……」


柏木が驚いた声を上げた。


傷が、みるみるうちに薄れていく。

腫れ上がっていた右腕の赤みが引き、内出血が薄れ、固定されていた箇所も緩やかに動かせるようになっていた。


玖城は目を見開き、静かに呟く。


「これは……今まで見た中でも、相当な回復性能。ここまで回復する子、まずいないわよ……!」


完全な完治ではないが、状況は一変した。


「これなら、近いうちに退院できるわね。無理は禁物だけど、希望が見えた」


柏木はしばし自分の身体を見つめていたが、やがて顔を上げて、真白に向き直った。


「……ありがとう」


「ううん、気にしないで。わたし、少しでも力になれて嬉しい」


「あと……その、前に言ったこと……お前のこと、軽く見てた。悪かった」


素直な謝罪。口下手な柏木が、それを伝えるために選んだ言葉は、不器用ながらも真っ直ぐだった。


「……うん。もう怒ってないよ」


真白の笑顔は、やさしく、強かった。


「じゃあ、私たち、行くね。また来るから」


「おう……待ってるぜ」


ふたりは静かに病室を後にした。

廊下の扉が閉まる直前、柏木の口元に浮かんだ微かな笑みは、かつての彼からは想像できないほど、穏やかで優しいものだった。


──


翌朝、校舎の中庭を抜け、指定された教室へと向かう燐と真白の足取りは、少しだけ緊張を含んでいた。


コードクラス──それは異能者の中でも特に優れた素質を持つ者だけが集う、まさに選ばれし者たちの教室。


「…こっち、だよね?」

「うん、間違いない」


真白が確認するように呟き、燐が頷く。その扉を開けると、空気が変わった。


広々とした教室には、すでに十数人の生徒たちが集まっており、誰もが“只者じゃない”雰囲気を纏っていた。入ってきた二人に自然と視線が集まる。


「……あれが、新入りか」

「へぇ。思ってたより普通?」


ざわつく声。だが、それは驚きや嘲笑ではなく、興味と警戒が入り混じった“評価”のような空気だった。


その中から、一人の少女がゆっくりと立ち上がる。


「初めましてだな。私は氷室 紅(ひむろ・くれない)…コード氷理結晶|クライオ・フォーミュラ。あなたと先生の戦闘記録、見たわ。数字以上に、精神値が高い。特に結城燐。最後の反応速度、良かった」


淡々と語るその声は静かだが芯があり、どこか計算された分析のようでもある。白銀の髪を後ろでまとめ、透き通るような白肌に冷静な瞳――まさに“天才”の風格を感じさせる。


「すげーこと言うな、お前。まあでも、実際に戦わないと本当の実力なんてわかんねーだろ」

軽口を挟んできたのは、背が高く、肩に手ぬぐいをかけた少年。


「俺は雷堂 虎(らいどう・とら)。コード雷虎奔躍|サンダー・パルス。俺は単純に、速くて強いやつが好きだ。燐、お前、俺とやり合う日も遠くねぇぞ?」


その瞳には好戦的な炎が灯っているが、どこか清々しい明るさもある。自信家だが嫌味ではない、いわば“前向きなイキり”のようなキャラだった。


その横から、ぽん、と頭ひとつ分低い少年が口を挟んだ。


「お、おれは土岐 隼人(とき・はやと)。コードは《地征演武|アース・クラフト》……地面とか岩、動かせる。ま、派手じゃないけど役に立つと思う、たぶん」


おっとりした声に、のんびりした笑顔。緊張感のある空間で、彼だけが場の空気を緩めてくれるような雰囲気を持っていた。


氷の天才、雷の武人、地の支援者――


個性的なメンバーたちが、それぞれの色を持って燐と真白を迎え入れていた。


「なんだか、すごい雰囲気だな」

「うん…私もそうお思う」


そう呟いた瞬間、教室の後方のドアがゆっくり開いた。


「──静かにしろ。出席は取らねぇ。今日の分、全員いるな?」


現れたのは、やる気のない瞳に黒ずくめの服。どこかけだるそうに入ってきた真田 九郎(さなだ・くろう)だった。


「おー、真田先生~。今日もテンション低ぃ~」

「うるせぇ。朝から騒がしいのは雷堂だけで充分だ」


軽口を受け流しつつ、真田はホワイトボードにペンで何かを書き出した。


「来週、自由参加の3対3チーム演習をやる。戦いたいやつ、強くなりたい奴だけでいい。義務じゃねぇ」


騒がしかった教室が、一瞬で静まる。


「チーム分けは希望制。ただし、バランス見て俺が最終調整する。参加する奴は昼までに希望を出せ」


土岐が手を上げた。


「先生、俺参加したいっす。地形コントロールで味方のサポート、ちゃんとできるようになりたいから」


「ほう。めずらしくやる気だな、土岐。お前は味方に一人いると助かるタイプだから、相性のいい前衛と組ませてやるよ」


真田はそう言い残し、またソファに座って大きなあくびをした。


「じゃ、後は勝手にやってろ。寝る」


「えぇ~~!?」


雷堂の叫びが教室に響きわたるなか、燐と真白はそれぞれの席についた。


──この教室では、また新たな物語が始まろうとしていた。

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