帰る場所
戦いの終焉から数日が経ち、街は静けさを取り戻していた。
真夏の陽光が揺れる車窓を照らす中、一台の長距離バスが田園風景の中を滑るように進んでいた。
その車内、後方の二人掛けシートに腰を下ろすのは――結城 燐だった。
燐:(まさか……俺がなぁ……)
窓の外をぼんやりと見つめながら、燐はぽつりと呟いた。
制服ではない、私服姿。Tシャツの袖から覗く包帯が、つい最近までの激闘の爪痕を物語っている。
燐:(無能力者だった俺が、あんな戦いの中心に立つなんて……)
ふと、隣から声がかかる。
真白「何ひとりでボヤいてるの?」
白いワンピースに薄紅色のカーディガン。
天音 真白は、やわらかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。頬にはうっすらと日差しの朱が差している。
燐「ああ、いや……ちょっと考えてて。これ、この前まで“無能力者”だったんだよなって」
彼は左手を軽く上げる。そこにはもう馴染み始めた、淡い光の痕跡。
“ファントムコード”。かつて心の奥に眠っていた力が、今では燐の一部になっていた。
燐「それが、あんな激しい戦いに巻き込まれるなんてな……」
戦場の光景が脳裏をよぎる。
柏木の炎、斬鉄の黒爪――死線を越えてきたという実感が、未だ自分のものになりきらない。
真白「私も……今になって自分の能力に気づけるなんて思ってなかった」
真白「でもきっと……良いことだよね」
柔らかな声には、不思議な説得力が宿っていた。
燐「……戦うのはあんま好きじゃないけどさ」
燐「俺はこの力を“大切な人”を守るために使いたい。それは……きっと、良いこと……だよな」
真白は微笑む。
その瞳に宿るのは、優しさと、ほんの少しの決意。
真白「うん。この力を、正しいことのために使お」
バスがトンネルへと差しかかる。
一瞬、車内が暗くなる。そして――再び光が差すとき、ふたりのシルエットは、穏やかな夏の日差しに包まれていた。
-----
バスのブレーキ音が静かに山の空気に溶けていった。
扉が開くと、そこには木々の緑と空の青が眩しく広がっていた。
山の中腹にひっそりと佇む、年季の入った一軒の建物——そこが、彼らの帰る場所だった。
「……懐かしいね」
真白がそう呟くと、燐も静かに頷いた。
「行こうか」
建物はお世辞にも綺麗とは言い難かった。
剥がれたペンキ、ギシギシと軋む木製の扉、それでも——
中からは子供たちの無邪気な笑い声と、床を駆ける足音が響いていた。
「あら、おかえりなさい」
パタパタと廊下から現れたのは、一人の若々しい女性。
サラリと揺れる明るい茶髪、年齢を感じさせない張りのある声。
彼女の名は——東雲 芽衣(しののめ めい)。
「先生、お久しぶりですっ」
真白が満面の笑みで声を上げた。
「……あらまぁ、本当に真白と燐じゃないの! 久しぶりね~!元気にしてた!?」
変わらぬテンションに、燐は思わず笑みをこぼす。
「先生こそ、もう三十……」
——パァンッ!
乾いた音と共に、飛んできたスリッパが燐の頬を華麗に貫いた。
「りんく~ん? なにか言ったかな~?」
怒りマーク全開の笑顔でスリッパを構える東雲。
「い、いえ……相変わらずお若いですね……はい……」
燐は慌てて頭を下げた。
——先生は、昔のままだった。
燐は幼い頃に事故で両親を亡くしこの孤児院に預けられ、
その後真白も追うようにこの孤児院ここに預けられた。
真白がオルディナ学園にスカウトされたと聞いた時——燐も、彼女を追うようにこの場所を飛び出したのだ。
「二人とも、ちっとも帰ってこないんだから」
東雲がふくれっ面で言う。
「いや、その……あまり迷惑をかけたらと思って」
燐が申し訳なさそうに視線を逸らすと、東雲は首を振った。
「迷惑なわけないでしょ。あなたたちは、私の大事な子供なんだから」
その言葉に、真白の瞳が潤む。
「……先生」
彼女はそっと先生を見つめ、東雲もまた柔らかい微笑みを返した。
「ごはん、食べるでしょ? どうせお腹すいてるでしょ?」
「え、いいんですか!?」
「もちろん! その代わり、手伝ってね?」
夕暮れのキッチンで、2人は先生と共に小さな子どもたちの面倒を見ながら食事を用意した。
久々に味わう“家族の時間”が、疲れた心を癒していく。
——そして夜。
ロウソクの柔らかな灯りの下で、三人は静かに円を囲んでいた。
真白が、ぽつりと切り出した。
「……先生。私たち、能力に目覚めたんです」
東雲の顔に、一瞬驚きが浮かぶ。
「そうなのね……真白ちゃんはともかく、まさか燐までとはね」
「……え?」
2人の目が丸くなる。
東雲は懐かしむように目を細めた。
「真白ちゃん、覚えてないかもしれないけど……幼い頃、川で燐が大怪我をしたの。
あなた、それを見て泣きながら手を差し伸べて……そしたら白い光が彼を包んで、傷がゆっくりと塞がっていったの」
「えっ……!?」
驚く真白。燐も思わず背筋を伸ばした。
「昔のことだったし、あの時は気のせいだと思ってた。でも今なら……あれが能力だったんだってわかるわ」
沈黙が流れる。
「……そんな頃から、俺は真白に助けられてたんですね」
ぽつりと燐が呟いた。
「そんな……私だって、リンにたくさん助けてもらってるよ」
真白も頬を赤らめながら視線を落とす。
東雲は2人を見つめ、ふんわりと笑った。
「2人は、これからもきっと何度も傷つくことがあるわ。だけど、互いに支え合って生きなさい。それが、強さだから」
「……はい!」
その直後、東雲がふと思い出したように口元をほころばせた。
「そうそう、2人ってさ、昔からずっと一緒にいたのよねぇ。まるで小さなカップルみたいだったわよ」
「「っ——!?」」
不意に赤面する真白と燐。
目を合わせかけて、すぐ逸らす。
頬がぽっと染まった2人を見て、東雲はくすくすと笑った。
「ふふ、かわいい反応。そういうところも変わらないわねぇ」
静かな夜に、あたたかな灯りが優しく揺れていた。
その灯は、きっと2人の中に永遠に残る“帰る場所”なのだろう。
------
翌朝。
澄み渡る山の空気が、心まで洗い流すようだった。
「本当にありがとうございました、先生」
孤児院の玄関先で、燐と真白は深く頭を下げた。
「いつでも帰っておいで」
東雲芽衣は微笑みながら、2人を見送る。
そして、燐をじっと見つめ耳元で呟く——
「ねえ燐。早く告白しないと、真白ちゃん、誰かに取られちゃうわよ?」
唐突な言葉に、燐は目を丸くし、真っ赤に顔を染めた。
「べ、べつに、そんなんじゃ……っ」
口ごもる燐。しかし否定しきれない自分に気づき、さらに俯く。
「なに話してるの?」
不意に真白が近づいてくる。燐は慌てて顔を背けた。
「な、なにもないっ!」
その姿を見て、東雲はくすりと笑う。
「じゃあ、またいつでも帰ってきなさい」
そう言って、2人を見送った。
───
帰りのバス。景色が流れていく中、2人の距離は少しだけ近づいていた。
「帰ったら、また特訓するの?」
真白が窓の外を見ながら問いかける。
「うん。学園の黒い噂……まだ神代先輩しか詳しく知らないけど、気になるから」
燐は真剣な表情で答えた。
「それに、藤宮先輩が帰ったら“スペシャルトレーニングだぁ~♪”って言ってたし…」
(ナレーション)
――燐たちは、生徒会から密かに“学園の四天王の調査”を依頼されていた。
その中には、実際に敵と通じている者もいる可能性がある。
平穏の裏に潜む“影”。それを暴くために、燐はさらなる力を求めていた。
「これからどんな戦いが待ってるかわからないし、強くならないと」
そう語る燐に、真白も力強く頷く。
「なら、私も……もっと力を制御できるように頑張る」
明るく微笑む真白。まるで春の光のような笑顔だった。
だが燐は眉をひそめた。
「真白には、なるべく傷ついてほしくない。だから戦いには——」
「ダメよ」
真白が静かに言葉を遮る。
「燐が1人で傷つくの、見ていられない」
まっすぐに見つめ返す瞳には、強い決意が宿っていた。
「……なら、君が傷つかなくて済むように、俺がもっと強くなる」
「うん」
今度は、真白が柔らかく微笑み、頷いた。
バスの窓から差し込む光が、2人の未来を優しく照らしていた。
──次なる戦いは、すぐそこまで迫っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます