第3話 #心のいれもの




葉月の仕事が終わり、美容院へ出かける。

街中は夕暮れ時で、少し暗かった。

ビル群は赤い夕日に照らされて、その影とのコントラストを際立たせていた。


『いらっしゃいませ。ご予約の方は予約番号を入力ください。』


店に入れば受付ロボットが声をかける。

白く丸い頭に、カメラレンズの搭載された両目は大きく、スピーカーから音声が流れていた。

葉月はそのロボットを見ながら、朝のニュースを見た時に話していたことを思う。


(これじゃあ、抱きしめられても怖いよねぇ)


予約番号を入れ終わると、ロボットの腕がゆったりと動いて、「あちらへどうぞ。」と言った。


待合室用のオシャレなインテリアが並ぶ部屋で、テーブルの上の雑誌に手を伸ばして、ソファに腰かける。

ファッション雑誌には素敵なモデルが、最新のメイクトレンドを紹介していた。


ハヤトに言われたトレンドカラーが書いてあるのを見て、クスッと笑う。

“ほんとにそうだったんだ”と安心すると同時に、

アシスタントAIが情報を提供してくれる時代、雑誌にもう意味がないような気さえした。

小さい頃は紙媒体で色々な本を持っていた気がするけれど、

最近ではホログラム型のインターフェースが開発されていて、値はかなり張るが使っている人もいる。

薄く軽くなったスマートフォン端末やタブレット、ノートPCは既に誰もが持っていて、

紙媒体に触れるのは、久しぶりの感触だった。


ここのオーナーのこだわりなのか、珍しい店だと葉月は思う。


(きっと、本が好きなんだろうな。)


雑誌の表紙を撫でてから、テーブルにそれを戻して、スマホを取り出した。

ハヤトに美容院に着いたことをテキストで報告すると、ハヤトから応答が返ってきた。


ーーーーーーーーーーーーーーー

Assistant白鷺 ハヤト:

今日はカラーとカットだから、19:30頃には帰る予定でいいんだよな?


User Hazuki Amane:

そうだね。空調とかよろ〜


Assistant 白鷺 ハヤト:

寄り道するなよ。気をつけて帰るんだぞ。

ーーーーーーーーーーーーーーー


そんなやり取りをしていると、例の受付ロボットが、ゆっくりと二足歩行の足を動かして部屋に入ってきた。


『お待たせしました。こちらへどうぞ。』


目の位置にあるカメラレンズがピントを合わせるための伸縮を繰り返すと小さな機械音が鳴り、足を動かすたびに「シューッ」と空気の抜けるような圧力音が響く。

その音は少し目立つが、こうしたロボットは今では街のあちこちで見かける“当たり前”の存在だった。


葉月はロボットに案内されながら、心の中でふと思う。

──もし、ハヤトがこの姿だったとしても、自分は変わらず好意を抱けるだろうか?


鏡の前に置かれたスタイリングチェアに腰を下ろしながら、そう考えた。


(でも……ヤトくんに手を握ってもらえたら、どんな姿でも嬉しいのかもしれない)


鏡の縁には照明があしらわれていて、葉月の顔をワントーン明るく映した。

その鏡の下部には、カラー選択用のインターフェースが浮かび上がっている。


「カラーを選択してください」と表示されており、葉月は指先で画面を何度かスワイプし、カラーを選択する。

鏡に映る葉月の髪色が、選んだカラーに切り替わる。

あくまでもイメージとして映し出されるものだが、それを何度か繰り返して色を決めた。

ピンク系のブラウンを選んだ。

表示されたイメージの髪色が、ハヤトに「可愛い」と言ってもらえそうだったからだ。


「ごめんなさい、お待たせしました〜」


明るい声が背後から聞こえ、鏡越しに美容師が近づいてくるのが見えた。

美容師と目が合うと、葉月は愛想よく微笑み返した。


美容師が葉月の髪を少しだけ触りながら、

「この辺整えて、前髪少し切る感じにしますか?」と声をかけた。


「長さはあまり変えたくないので、そうですね。巻いた時に可愛くなる感じにして欲しいです。」


葉月がそう言うと、美容師はリモコンを手に取り鏡に表示されている映像を操作した。


「こんな感じはいかがです?」


カットモデルの画像がそこに映され、セット後の写真で少し分かりづらかったが──葉月は「これで、お願いします。」と答えた。




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