第2話 暴力的な仲間
あの夜、私は決めたんだ。
安堂莉良を潰す。
ただの負け犬で終わりたくない。
あの女が笑っていられる世界を壊してやりたい。
だけど、それには私一人じゃ届かない。あの日、自分の無力さを酷く痛感した。
「安堂莉良を倒す方法」は、たった一つしかない。それは、バンドを組むことだ。
私の高校の軽音部は、五月までにバンドを組んで、九月上旬の文化祭に向けてひたすら練習する、という流れで活動する予定だったはずだ。そしてその文化祭では軽音部の他に学外のバンドや劇団のステージ発表がある。
──そこに滑り込む。
それが、今の私に残された唯一の選択肢だった。
だから、せめて、仲間が欲しかった。音で殴り返せる、心強い仲間を。
そのとき、私の頭の中では、ドラムの轟音が鳴っていた。パワーの塊を耳に捩じ込んでくるような演奏動画。それを叩いていたのは、ネットで知り合った友人、「たまゴリラ」。
私がひそかに「一緒にやりたい」と思っていた人。
そう決めた私はすぐに、「バンドを組みたい」とメッセージを送信した。
***
「……よし」
雨上がりの空は薄曇りで、湿った風が頬を撫でた。
スマホの画面に目を落とす。
《たまゴリラ: 青いスニーカー履いてます!今日はよろしくです!》
《Hk: こちらこそ、よろしくお願いします!!前にも話した通り駅前のローターリーの端の方で待ってます!》
メッセージを送った数分後、たまゴリラからすぐに返信が来た。彼は快く承認してくれて、トントン拍子で話が進んだ。その中で、どうやらお互いの住んでいるところも近いということが判明し、待ち合わせ場所や時間を決め、今に至る訳だ。
きっと想像通りのゴツい男の人が来るだろう。アカウントの画像はムキムキのおっさんのゲームのキャラ。チャットでもずっと「オレは漢だぜ!」みたいなことを言ってたし……。
まあ、腕が確かならどんな人でも構わない。必要なのは容姿ではない。私の復讐に噛み合う、本物の音だ。
そんなことを考えていたとき、改札から小柄な女の子が出てきて、きょろきょろと辺りを見回す。
視線が合うと、その子が駆け寄ってきた。
「あのっ……すみません、えっと、H、えー……エイチケー?さん…ですか?」
声をかけてきたのは、想像を全部ひっくり返すような人だった。
肩までの髪が、光を跳ね返すほど鮮やかな金色。
色素の薄い灰色の瞳。
白い肌と細い首筋。
あどけない笑顔。
「……え?たまゴリラ、さん?」
「はいっ!本名はパール・珠音です。……あ、たまちゃんでいいですよ!」
「えっ……あの……本当に、たまゴリラ……?」
「本当にです!アイコン詐欺ですみません……ゴリラは好きなんですけど、私自身はゴリラじゃなくて……」
そりゃそうだ、と内心で突っ込む。
でもそれ以上に、目の前の女の子が放つ明るさに、言葉が出なかった。
「……ごめん、勝手にすごい大きなおじさん想像してた」
「よく言われます。あの画像インパクトあるし……」
たまゴリラ改め、たまちゃんがちょっと困ったように笑う。
その仕草が、余計に拍子抜けさせた。
「あ、それで、えっと、私のこと……呼びにくいよね?アカウントだと『Hk』で読みは『ハク』って言うんだ」
「ハクさん……?」
「でも分かりにくいから、私も本名でいいよ。羽山奏音。カノンって呼んで」
「カノンさん……わ、素敵な名前……!」
金色の前髪がふわりと揺れた。見た目は華奢で、声も優しい。だけどこの人の叩く音は、私が見てきた誰よりも暴力的だ。
それを思い出すと、また胸が熱くなる。
「今日は……スタジオ、予約してるんだ。1時間だけだけど」
「わあ、楽しみ……!ナユタン星人さんのカノープス、やるんですよね?」
「……覚えてたんだ」
「もちろん!カノープス、前から一緒にやりたいって言ってたから……。ドラムのイントロ、いっぱい練習してきたんですよ!」
不安が、ほんの少し溶けた。ちゃんと真剣に準備してくれていた。その気持ちが、何よりも嬉しかった。
***
受付を済ませ、6畳ほどのリハーサル室に入る。
壁に貼られた吸音材に古びたアンプ。それらに見つめられながら、堂々と中央に鎮座する黒いドラム。
「すごい……生ドラムだ……!」
たまちゃんはスティックを抱えて、瞳を輝かせる。
「スタジオは初めて?」
「うん。いつも電子ドラムだから……生で叩くの、ちょっと夢だったんだ」
その言葉に、小さく胸がちくりとした。
私も、少し前までは音楽で輝きたいなんて思ってた。
今はもう、それだけじゃ済まないけど。
私はキーボードをセッティングしながら、背中越しにたまちゃんを見た。
「たまちゃんさ」
「ん?」
「なんでドラムやってるの?……やりたいって言ってくれて、嬉しかったけど」
「……中学のとき、ずっと浮いてて。友達もいなくて。家帰ると、ずっとナユタン星人さんの曲聴いてたんだ」
「……」
「叩くと、全部忘れられる気がしたの。カノープスも、特に特別だった……。なんか、爆発できる感じで」
話す声が震えている。
だけどその瞳はまっすぐだった。
──この人なら、一緒に音で戦える。
確信に近いものが、静かに私の胸を満たした。
「……私も同じ。負けたくない奴がいて。どうしても勝ちたい」
「そっか……じゃあ、今日が始まりだね」
たまちゃんが、スティックを肩に担いで微笑んだ。
「準備できた?」
「うん」
私もイヤモニをつける。 指先がじんわり熱い。
「……たまちゃん」
「なに?」
「今日、一緒に音を出すの、すごく楽しみにしてた」
「私も……めちゃくちゃ楽しみ!」
ドラムスティックが高く掲げられる。
「それじゃあ……いくよ、カノンさん!」
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