第42話 嘆くものと祈るもの
【水木珊瑚視点】
やった。
やったんだ。
これで、あっくんは――私のモノ。
胸の奥が熱に浮かされるようにじんじんと疼く。
何度も失敗しかけた。けれど今度こそ違う。
洗脳は完成した。
こんなにも強く、こんなにも深く、あっくんの心に私の声を刻み込んだのだから。
これを振り払えるはずなんて、ない。
最初から、最初からこうすればよかったんだ。
リリスちゃんが叫んでいる。
必死の形相であっくんの名を呼んでいる。
でも、そんなのどうでもいい。
私はただ、倒れ込んだあっくんを見つめていた。
――なのに。
アレ?
どうして起きて、私に愛をささやいてくれないの?
どうして優しい目で「好きだよ」って笑ってくれないの?
どうして、どうして……そこで眠ったままなの?
ドウシテ?
おかしい。
おかしいおかしいおかしい。
まさか……出力を間違えた?
強すぎた?
洗脳で思い通りにするつもりが、あっくんの頭を焼き切っちゃった?
心を壊しちゃった?
どうして起きてこないの?
どうして、私のモノにならないの?
同じ思考が、ぐるぐるぐるぐると渦を巻き、脳を締め付ける。
吐き気がする。息が苦しい。
それでも目を逸らせない。
リリスちゃんが何かを怒鳴っている。
愁くんが私の胸ぐらをつかみ、必死に問い詰めてくる。
「何をしたんだ!」――そんな声だったと思う。
辺りは騒然とし、クリスマスの夜に浮かれていた人々が足を止め、ざわめきが広がる。
けれど、もう何も聞こえなかった。
私の世界には、あっくんしかいなかった。
それなのに――私は、また間違えたのだ。
あの日も。あの時も。
何度も、何度も、取り返しのつかない間違いを重ねて。
また――。
サイレンの音が耳を刺した。
いつの間に呼ばれていたのか、道路の向こう側から救急車がやって来る。
赤い光がチカチカと夜を裂き、粉雪を不気味に照らす。
やめて。
連れて行かないで。
やっと……やっと私のモノになるのに。
これから恋人になって、明日のクリスマスを二人で過ごすのに。
やだ。やだやだやだやだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
喉が裂けるほどの絶叫をあげる私を、愁くんは乱暴に振り払った。
そして、リリスちゃんと二人であっくんを抱え、救急車に乗り込んでしまう。
伸ばした手は空を掴むだけで、白い息が虚しく散る。
私の指先から、あっくんが遠ざかっていく。
私はその場に崩れ落ちた。
何もかもどうでもよくなり、ただ、降りしきる雪に身を委ねる。
冷たさが頬を刺すのに、涙の熱さがとまらない。
白と赤の光が遠ざかっていく夜の街で。
私だけが、取り残されていた。
◆◇◆
【霞川リリス視点】
12月25日、クリスマス当日。
街中がイルミネーションで輝いているであろうその日は――わたしにとって暗闇そのものだった。
病室の白い灯りに照らされ、ベッドで眠り続ける敦君は、未だ目を覚まさない。
昨日、半狂乱で取り乱した珊瑚さんを放置し、わたしと愁は救急車に飛び乗った。
サイレンと共に駆け込んだ救急病院。
そこで敦君は無数の機械に繋がれ、何度も検査を受けた。
けれど――どこにも外傷は見つからなかった。
脳波も心電図も安定しているという。
病に冒されているわけでもない。
「原因不明」
医師が繰り返した言葉は、それだけだった。
幸い、命に別状はないらしい。
ただ、いつ目を覚ますかは分からない――そう告げられた。
そんな説明で、どうして落ち着けるはずがあるだろう。
今日もわたしはこうして病室に足を運び、彼の傍に座り続けている。
ベッドに寝かされている敦君は、穏やかな寝顔をしている……ように見える。
けれど時折、眉を寄せて苦悶の表情を浮かべる。
小さく呻く声に、わたしの心臓は毎回掴まれる。
その手を両手で包み込み、わずかな温もりを確かめることしか、今のわたしにはできなかった。
「……すまん」
沈黙を破ったのは、壁際に立っていた愁だった。
「ボクがもっと早く気が付いて、珊瑚さんを止めるべきだった。
まさか、あんな強硬手段に出るなんて……。尾行までして監視してた意味が、全然なかった」
「ううん」
わたしは首を振る。
「誰にも分かるわけなかったよ。……実際、珊瑚さんですら想定外だったみたいだし」
愁は奥歯を噛み締め、低く吐き捨てた。
「どこまでも、はた迷惑で身勝手な奴だ。今はもう消息もつかめないけど……これ以上、好き勝手はさせない」
強い言葉のはずなのに、その声は震えていた。
愁もまた、恐れているのだ。敦君が戻ってこない未来を。
「……うん」
わたしは彼の手をぎゅっと握りしめた。
「敦君が起きるのを待ちましょ。それしか、できないから」
そう言うしかなかった。
奇跡でも祈りでもいい。今はただ――彼が戻ってきてくれることを信じるしかない。
窓の外に視線を向ける。
冬空は重く垂れ込めた雲で覆われ、昼間なのに光はほとんど差し込んでこない。
街中では賑やかな鈴の音が響いているのかもしれないけれど、この病室にはただ、機械の規則正しい電子音と、敦君のかすかな呼吸だけが刻まれていた。
それでも。
この手の温もりが消えない限り、わたしは――待ち続ける。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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