第19話 帰宅
長かったようで短かった“夏休みイベント”も、終わりの時間が近づいていた。
俺たちは、来たときと同じように霞川家のリムジンで駅まで送ってもらっていた。
最寄りの駅に降り立ち、スーツケースを転がしながら、それぞれが軽く汗をぬぐう。
「……ふぅ。ま、なんだかんだ言って楽しかったね」
珊瑚が頭にかけていたタオルをひょいと肩に回し、空を仰ぐ。
昨日の夏祭りの終わり、あの怒気に満ちた鬼のような彼女を思い出すと――いや、やめておこう。
ともかく、今は落ち着きを取り戻しているようで一安心だ。あーよかった。
「いろいろありましたけれど……私も、満喫しましたわ」
霞川は麦わら帽子を手に持ちながら、名残惜しそうに駅舎を見上げていた。
愁は別便で帰ることになっており、俺たちとはここで解散だ。
「……じゃあな、愁。お前、次こそは最初から水着着ろよ」
「うっさい! こっちだってもう慣れたし! 次会うときは最初からフリル付きで来て悩殺してやるからな!」
「本気で言ってんなら止めねぇけどな!」
そんなやり取りを交わしながら、愁は人波に紛れて駅構内へと姿を消した。
そして残された俺、珊瑚、霞川の三人は、俺の家へと向かい歩き出す。
どうしても最後まで送り届けたいという霞川の強い要望により、家の前まで同行してもらうことになった。
……まあ、珊瑚は言わずもがなだが。
「……文化祭、もうすぐですわね。次は“お嬢様”としてだけじゃなく、“ヒロイン”としても大活躍しますわよ」
霞川がそう言って、不敵に笑みを浮かべる。
「おお、こわ。今度はステージの上でプロポーズでもする気か?」
「それもいいですわねぇ。校内放送で愛の告白とか……ふふふっ!」
「それはダメだよ~。迷惑も考えないとね、リリスちゃん」
間違いない、校内で生きていけなくなる。
気がつけば、俺の家の前に着いていた。霞川がぴたりと立ち止まる。
「それでは、ここでお別れですわね。敦、今回の思い出……忘れたりしたら、承知しませんわよ?」
そう言って、小さく手を振る。
「ああ、忘れねぇよ。……たぶんな」
茶化すように返すと、霞川は満足げにうなずき、踵を返して帰っていった。
「……さて、じゃあ帰りますかね、あっくん」
残った俺と珊瑚は並んで歩き出し、電車を乗り継いで街へ戻る。
「結局、最後まで賑やかな旅行だったな」
「ほんとほんと。でもさ、あたしはけっこう楽しかったよ。あっくんといっぱい一緒にいられたし」
どこか意味深な言い方に、俺は思わず視線を逸らした。
「そういえばさ、帰ったら荷物重くない? 運び込むの手伝おうか?」
「いや、いいって。……って言ったそばから、一緒に来てるけどな」
言いながら、なんとなく流れで一緒に家へと向かう。
夕暮れの住宅街を歩く足取りは、いつもよりちょっとだけ軽かった。
◆◇◆
玄関の前で鍵を取り出し、いつも通りドアを開ける。
――その瞬間、鼻をくすぐる香りに、俺は違和感を覚えた。
「……え、なんか匂いしね?」
「うん……ていうか、これ夕飯の匂いじゃない?」
珊瑚が鼻をひくひくさせてそう言ったときだった。
「――あっくん、おかえりなさい!」
リビングから勢いよく現れたのは、見慣れた……はずのない姿。
そう、絶対に今ここにいるはずのない人だった。
「……えっ、母さん?」
「サプラーイズッ☆ 夏は一時帰国しちゃいました~! わー、久しぶりねぇ、あっくん!」
満面の笑みで手を広げる母さん。
後ろからは、スーツ姿のまま腕を組んだ父さんが無言で立っていた。
「……父さんも? いや、ほんとになんで? ていうか、いつから家に……」
「昨日の夜からよ? あっくんたちが旅行行ってるって聞いて、サプライズで戻ってきたの~。なんかもう、寂しかったのよぉ!」
「……いや、マジで心臓に悪いって……」
安堵というより混乱とツッコミで頭がいっぱいになる中、ふと母さんが珊瑚の方に目を向けた。
「あら~……もしかして、そちらは……」
「――あ、ど、どうも。お久しぶりです、水木珊瑚です。えっと……昔、何度かお会いしてるかも……?」
「やっぱり! 珊瑚ちゃんよねぇ!? あらまあ、こんなに大きくなって~!」
母さんはぱぁっと顔を輝かせ、珊瑚の手をぎゅっと握った。
「ちっちゃい頃は、敦にべったりだったのにねぇ~。ほら、夏になると毎年のように来てて――」
「お義母さん! こ、こっちあっくんの荷物運ばなきゃ! ねっ、あっくんっ!」
突然、珊瑚が母さんの言葉を遮るように俺の腕をぐいっと引っ張った。
「お、おい、急になんだよ……」
「だってさ、あたしもそろそろ帰らないといけないし……!」
無理やり話題を切ろうとする珊瑚の様子に、俺は小さく眉をひそめた。
どうしたんだろうか
だけど、母さんも気にせずニコニコしているし、父さんに至っては無言で焼き魚を焼いてるし、深追いするのも変な気がした。
「まあまあ、ふたりとも上がってちょうだい。今日は久しぶりに家族団らんですからね!」
母さんのその一言で、勢いに飲まれる形で俺と珊瑚は部屋に入れられる。
テーブルにはすでに食事が用意されていて、焼き魚、冷やし茶碗蒸し、ポテトサラダ……見慣れた実家の味が並んでいた。
「……懐かしい匂いだな」
「ふふっ、敦が帰ってくるならちゃんと作らなきゃって思ってね~」
母さんはニコニコしながら、お茶を注いでくれる。
父さんは相変わらず無言だけど、こっそりご飯をよそってくれていた。
それがなんとなく嬉しかった。
「じゃあ、改めて……いただきます!」
「いただきまーす!」
思わず笑ってしまうほど、騒がしい食卓。
なぜか珊瑚もちゃっかり座ってるし、父さんに普通に味噌汁よそわれてるし――
いや、なんでお前が普通に“家族の席”に混ざってんだよ。
それでも。
――この騒がしさが、なんだか心地よかった。
そんな風に、俺の夏のイベントは、ひとまず“帰る場所”で締めくくられたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
もしよろしければ、「応援」や「コメント」などいただけると励みになります。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます