補足資料:医療関係者用メモ(抜粋)
—患者カルテ備考—
入院記録 2023年9月:
対象:H.Y(女性・36歳)
主訴:幻覚、幻聴、不眠、家族との離別によるパニック症状
症状記録:夜間になると「天井の向こうから足音がする」と繰り返し訴える。入眠後1〜2時間で「白い顔を見た」と突然叫び起きる。左手で顔を覆う癖あり。
カウンセラー記録:
本人は小説家を名乗るが、執筆内容と妄想の区別が曖昧。会話中に「あの子が動いた」などの発言あり。継続的な精神科的介入が必要と判断。
看護記録(夜勤):
2023年10月3日夜間、病室で独語あり。「見てる……白いの……」「柿……腐ってるよ……」という発話が数回記録された。看護師が部屋に入ると沈黙。指の間に黒い粘土状のものを握っていたが、物質の採取前に処分されている。
備考:
当該患者は『浮牧の記録』という文書の関係者との接触歴あり。関連性は不明だが、記録として保存。
――Slack内「編集部チャンネル」より、2022年9月4日 10:14の投稿:
青木(編集):
> 昨晩23時ごろ、NASにある「user-akutsu」ディレクトリの一部に異常な復元があった模様です。
> どなたか手動で触りましたか?自動スクリプトではないようです。
> 復元されたファイルの中に、録音データがあります。誰の音声か分かりません。
> 念のためアクセスログを確認中ですが、皆さん何か心当たりがあれば共有をお願いします。
――同日 12:26:
中村(校閲):
> 録音、聞きました。後半に、確実に“二人分の声”が入ってます。
> 途中までは赤松さんの声でした。でも最後の声は……“誰か”が応答してる。
> 「今度は、お前だ」って……はっきり聞こえました。
――同日 12:51:
阿久津(元音声担当):
> すみません、それ、元は俺が録ったテスト音声かもです。
> けど、内容は全然記憶と違ってて、俺、そんな言葉入れてないし、あの日現場にも行ってません。
> 元データは、もっと短い、ただの無音だったはず。復元したら勝手に長くなってたんです。
――同日 13:02:
中村:
> …青木さん、これ共有していい内容じゃないと思います。
> これ、呪いとかじゃなくて、“誰か”がこちら側に返事してきてる。
> わたし今朝から左耳が変なんです。誰かにずっと何か言われてる感じがして。
――同日 13:14:
青木:
> この件、一旦このスレッドでは触れないようにしましょう。
> 録音データは一度物理的に削除し、復元不可な形で処理します。
> ただしログは保管し、万一再発があれば記録として活用します。
※
この音声ログに関しては、再アップロードや共有は禁止となった。だがその後、編集部内の別アカウントから、「データをコピーして保管している」といった趣旨のメッセージが非公式に拡散された。
そして、それを聞いた人間がどうなったかについての報告が、いくつかのSNSに記録されている。
***
(記録者注)
件の音声を聞いた後、耳鳴りが消えないという声が3件、投稿者の急な体調不良が2件、無言電話が続くとの報告が1件あった。
さらに、“音声を最後まで聞いた人”だけが見るという“男の子の幻影”についても数名が証言している。
その中には、「録音の“最後の返事”を再現できる」と言って、自分の声を使って真似する者もいたが、後日「その声が、自分の中から離れない」と発言し、アカウントごと消えている。
***
これにより、「あの音声」は、“聞いた人の中に何かを残す”ことが判明した。
そして、それは声の記録という形をとって、デジタルに“媒介”され続けている。
つまり、“音”もまた、呪いの媒体となり得るということだ。
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