『ラウンドアバウト』は聖蹟桜ヶ丘にある

 で、6回目になって気づいたんだが、「イントロ」の対義語で「アウトロ」ってキッチリあるのね、そういう語句が。でもまあなんか「エンディング」の方が言いやすいし、音楽の「業界」知識には全く無縁って人にも伝わりやすいと思うのでそっちで通すことにしますわ。


 で、イエスの『ラウンドアバウト(作詞ジョン・アンダーソン作曲スティーブ・ハウ)』だがこれは、中学の時点で「ギタリストの兄」を持つ級友からLP『こわれもの』を借りたのか、それともその級友に自分がテープを渡したのか、記憶あいまいだがアルバム丸ごと1枚分ダビング音源所有するかたちになってたので1971年のリリースから10年経ないうちにその名曲ぶりは否が応でも知ってた、というかそもそも冒頭のハーモニクスのところからバッタもののガットギターで真似した。てかあれは『禁じられた遊び』並みに誰でも真似するやつですわな。アコギ持ってれば。


 で、ジョジョのアニメのエンディングで使われて売り上げ20倍になってってことだし、『ボヘミアン・ラプソディー』の次くらいには有名なんじゃないっすかね。こういう「長くて凝った構成の洋楽曲」ってカテゴリーだと。


 エンディングは、スティーブ・ハウのアコギ、バロック風のメカニカルな下降フレーズ、イントロから歌へつなぐ部分の再現フレーズを多重録音で爽やかに流れくだって最後メジャーコードをじゃらんと鳴らす、という非常に印象的なものであり、ま、一回聞いたら忘れない類のインパクトありますわな。十分に。


 さてこの小説、時空はランダムに選択する方向性なので、自分が『ラウンドアバウト』を聞き知った頃ではなく、時子との間に設けた1児、時夫が小学生時分、多摩市の聖蹟桜ヶ丘にある実物のラウンドアバウト=環状交差点を見に連れて行った時の話にする。いやべつに「話」ってほどのことではないかもしれんが、ラウンドアバウトが聖蹟桜ヶ丘にあるのであれば見に行かないわけにはいかない、それも息子を連れて。と、その時何故か思いついたのだ。何故思いついたのかというと、もうそれも昔のこと過ぎて細かいところはあいまいなのだが、おそらくその、10年周期くらいで曲の方の『ラウンドアバウト』無性に聞きたくなるわけで、聖蹟桜ヶ丘に行く直前に、その時期が訪れ、で、驚くことにその時まで『ラウンドアバウト』の言葉の意味など音楽聴取人生の長きにわたって全く何も意識しておらず、自宅の冷蔵庫の製氷皿の氷で作ったハイボールを呑みながら、『ラウンドアバウト』聞きながら、ノーパソ立ち上げてネットサーフィンしつつ、そういや「ラウンドアバウト」ってなんなんだ?と超速タイピング動作でググったら、「環状交差点」って出てきて、首都圏だと聖蹟桜ヶ丘にある、と記してあり、なるほど、では行こう、となったわけだ。


 ちょうどその週末、時子はジビエ友の会の集まりで奥多摩に行くと張り切っていて、育児はあんたに任せた!という流れになっていたのだった。


 で、時夫に対し、よしラウンドアバウト行くぞ!とあらかじめ伝えたのかどうか、とかそういう細かいところは全く覚えてない。


 当時は聖蹟桜ヶ丘から徒歩圏の多摩永山に住んでいたのだが、池袋と田無に物件所有していた柏原家の不動産活用の商売は順調に伸張して、多摩方面に数か所事業所を展開し始めた都合もあって時夫が小学校にあがるタイミングで子育てに良い環境なのではないかと主に時子が目論んで永山駅徒歩圏にファミリータイプのマンションを購入していたのだった。


 雑司ヶ谷の風呂ナシ木造アパート住まいの後は、時子の住む北池袋、オートロックの鉄筋コンクリート8階建てマンションの最上階に転がり込み、そのまま入籍して時夫出生→学齢期を迎えるまでそこに7年ほど住んでいたのだが、多摩永山居住においてもさらなる堅牢さと威容を誇る茶系主体の外壁色を持つ「高級」志向の建物であったし、しみじみ、子供も出来て、あの寒かった風呂ナシ木造アパート暮らしの日々は遠くになりにけりだなあ、と、いわゆる「逆玉婚」の流れの良好さに感じ入っていたが、入り婿として当初「経験」を見込まれ、ブームに乗って小規模のスロット専門店の経営を任され、なんだかんだで2年しか持たずに閉業する羽目になって、もともと年上年下の主従関係があからさまだった夫婦の間柄の様態がどんどん固定化し、婿入りしたことによって「嘉数康之」が「柏原康之」に変り、当初は若夫婦にありがちな甘いムード全開で「やっくん」と呼ばれてたんだが、時夫の養育というか教育に関し時子が完全に主導権を握り「教育ママ」と化して以降、いつのまに「ヤスオちゃん」→「ヤスオ」へとどんどん雑な方向に。


 姓名の名の方を雑に短縮されるっていうのは、ダルビッシュ世代が代表チーム組んでた時代に、チーム内では年若に属する田中将大が「マサオ」と呼ばれてたのと同じようなノリであり、ある意味「年下」へのハラスメントと言えなくもない状態なのだが、自分はそういうところ鷹揚な性格なので特に表立って文句は言わずにいた。言わずにいたが、「ヤスオ」ってなんか田中康夫を思い出させるところあるじゃん!っていうちょっとした抵抗感は胸に抱きつつ、といったところか。


 ということで、≪ヤスオ、時夫を頼んだ!!≫≪はいよ!合点承知!≫というやりとりが交わされ、父と子二人、多摩ニュータウン通りをてくてく歩いて、先ほど来、下ってきていた永山方面の丘から大通りを挟んで反対側の桜が丘の「丘」を登っていく。自分は大学にいた頃は「人文地理」みたいなコマもそこそこ履修していたので、このへんの地形に関しては「大峡谷」と勝手に呼んでいた。


 その大峡谷の底の部分を歩いている、ということになるわけだ。ニュータウン通りを歩行中の時間に関して云えば。


 なるほどな、そういや昨日初めて『ラウンドアバウト』の語句の意味をようやく知って、ついでに歌詞のおおよその意味もサクッと把握したんだが、けっこう適当な感じで自然の景観みたいなものを織り込んでるよな。まさにいまのこの境地にあってるよなあ、としみじみ、頭の中で『ラウンドアバウト』の変幻自在のリフの数々を口ずさみながら、ふと、思い出し、時夫は何故におかあさんとジビエの会に一緒に行かないのか?を問うた。


 いやいやいや、あれはむりむり、もうむりっすわ、

と即答。


 そうだな、考えてみれば血なまぐさい催しだもんな、っていうかまあ、自分はそういう方面不調法でして、ってずっと時子には言ってたので端から行く気はしなかったし、時夫を連れて行く時も、まあちょっとどうかと思うよ、と軽く助言というか苦言っぽく言ってはあったんだが、「教育」って二文字を持ち出されてすぐに白旗あげた。というか舌戦では負ける定めだということを受け入れ済みだったので、どうぞどうぞ心行くまで教育なさってください、という態度に出ていたのだった。


 で、結果、息子はこの有り様だったわけで、そうかそうか、まあそういう強そうなことはおかあさんに任せ、ヘタレの男二人はマイペースで行こうじゃないか!とは口には出さないまでも、とりあえず軽く微笑んで「そうであろうそうであろう」という共感の雰囲気は出した。「もうむりっすわ」に対して。


 そうそう、おとうさんの仕事場、鉄火場みたいな感じでいつ刺されるかわからんようなところばかりだったし、息抜きの日まで斬った張ったは御免ですわ。そりゃそうですわ、と息子がヘビーでワイルドな方向にいかなさそうなのを喜びつつ、てくてく歩いていたら、20分もかからずラウンドアバウトに着いていた。


 ま、事前にグーグルマップの画像でおおまかに全体像は掴んでいたので、特に驚くようなことはなかったわけだが、イエスの『ラウンドアバウト』が8分超えの「大作」なのに対し、この小ぶりさはまたそれはそれでちょっと肩透かしというか、ほんとにこれっきりのものだったのね、みたいな。


 丘の上の瀟洒な住宅街の端の方に静かにたたずんでいるような在り様で、人通りも車の通行量もまばらであった。


 ただ「まばら」といっても、そこはジブリアニメ『耳をすませば』の聖地、聖蹟桜ヶ丘なので、それらしき人の連なりはそこかしこに見受けられた。ただまあ、列をなして人ごみになるレベルには程遠いので「まばら」ということなのであって、本来何事も無ければ、土日の昼間だと住人はどこかに出払ってほとんど「無人」に近いようなことになっていてもおかしくはない場所なような気がするけど、聖地ゆえに、逆にまばらであっても「見物客」が歩いている、という図式である。


 で、繰り返しになるが昔のこと過ぎて記憶曖昧であり、先ほど当て推量で述べたように、事前にではなく、おそらく、この場所に着いたところで初めて、自分は時夫に対し「ラウンドアバウト」のなんたるかを説明したのではないか、と思う。


 いいか、時夫、我々は今日これからラウンドアバウトっていう日本では珍しい信号のない円形の交差点に向かうんだ。心してかかれよ!みたいなことは言わなかったと思う。やはり。それだと「ネタバレ」になるしな……くらいなことは、いくら自分のこの生来の適当でちゃらんぽらんな性格とはいえ、子供相手にそんな無粋なことはしなかったはず。と、自分を信じてみる。あるいは違ったかもしれないが。


 で、とことん記憶曖昧なのだが、ラウンドアバウトの説明を聞いた時夫が喜色満面となって、「わーいわーい、ラウンドアバウトかっこいいな、楽しいな」とグルグルいつまでもはしゃぎながら走ってその場で回り続ける、なんてなことにはならず、淡々と通り過ぎて、聖蹟桜ヶ丘の駅まで向かい、ガチャガチャだったかUFOキャッチャーだかで、けっこうショボい目にあった記憶だけはなんとなく自分には残っているのだった。大人の自分がムキになって大敗した、みたいな。














 






 




 








 




 


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る