第12話「Rendezvous」
第拾弐話:共犯者たちの饗宴、暴かれる血の呪縛
第一場:警察署・取調室(数日前)
薄暗い取調室。響子は、第11話で見せた弱々しい仮面を剥ぎ取り、冷徹な表情で目の前の刑事を値踏みするように見つめている。
刑事A「…本当に、佐伯菜々美さんを許されるのですね?桐谷さん」
響子「ええ。何度も申し上げました通り。若気の至りですわ。事を荒立てるつもりはございません」
刑事A「しかし、我々としては…」
響子「(遮るように)ご理解いただけましたら、結構ですわ。それより、わたくし、少々疲れておりまして…」
響子はため息一つで刑事を黙らせる。その瞳の奥には、警察すら手玉に取る自信が宿っていた。
第二場:バー「Rendezvous」(数日後・夜)
閉店後のバー。バーテンダー・**黒木(くろき)**が、カウンターでグラスを磨いている。その手つきは丁寧だが、表情は能面のように冷たい。店の奥のVIPルームの扉が静かに開き、高村弁護士が姿を現す。周囲を警戒する様子はない。
高村「黒木さん、お疲れ様。例の件、響子さんも満足していたわ。あなたの『証言』が効いたようね」
黒木「(グラスから目を離さず)…警察も、あれだけ『被害者』が庇えば、深追いはしませんよ。計算通りです」
高村「それにしても、田中先生もすっかり信用しているみたいね、あなたの『誠意ある情報提供』とやらを。まさか、響子さんを裏切った私が、あなたと繋がっているとは夢にも思わないでしょう」
黒木「(薄く笑みを浮かべ)…駒は、多い方が有利ですから」
高村は黒木の肩に軽く手を置き、意味ありげに微笑む。二人の間には、共犯者特有の濃密な空気が流れていた。
第三場:都内某所・高級ホテルスイートルーム(さらに数日後・深夜)
シャンパンゴールドを基調とした豪華なスイートルーム。窓の外には東京の夜景が広がる。中央のソファには桐谷響子。その隣には黒木。向かいには高村弁護士と、新たに響子の代理人となった黒岩弁護士が座っている。テーブルには高級シャンパンとグラス。
響子「(グラスを傾けながら)高村先生、見事な演技でしたわ。おかげで、佐伯の守銭奴弁護士もすっかり油断していることでしょう」
高村「これも全て、響子さんの計画通りですわ。私を『良心に目覚めた裏切り者』に仕立て上げるとは…恐れ入ります」
黒岩「(冷静な口調で)しかし、ここからが本番です。佐伯家にはまだDNA鑑定という切り札がある。単に遺産を分捕るだけでは、彼らは納得しないでしょう」
黒木「(静かに口を開く)…そのための『切り札』は、既に用意してあります。菜々美…あの女の最も触れられたくない秘密です」
響子が妖艶に微笑む。
響子「ええ。啓介さんを私から奪い、佐伯家の嫁として安穏と暮らしているあの女には、相応の罰を与えなくては。佳乃には…息子夫婦の破滅という、何よりも甘美な絶望を」
黒岩「具体的には?」
黒木「(懐から一枚の写真を取り出す)…これです」
テーブルの上に置かれたのは、数年前の菜々美と黒木が、ホテルの部屋らしき場所で親密そうに寄り添っている写真だった。
黒木「佐伯和哉と出会う少し前…ほんの一夜の過ちでしたが、幸運にも『置き土産』をいただきましてね」
響子「その『置き土産』こそ、私たちの最大の武器。佐伯家の跡取りが、実は赤の他人の子…しかも、私の店のバーテンダーの子だと知ったら、あのプライドの高い佐伯佳乃はどうなるかしら?」
高村「(息を呑む)…まさか、菜々美さんの息子さんが…」
黒木「ええ。私の息子です。そして、その事実は間もなく、佐伯和哉の知るところとなる」
部屋に、悪魔的な笑い声が響き渡った。彼らの目的は、単なる遺産相続ではなかった。佐伯家の完全なる乗っ取りと、関係者全員の社会的・精神的破滅。
第四場:佐伯邸・和哉の書斎(翌日)
和哉は、郵便受けに入っていた差出人不明の封筒を手に、書斎で呆然と立ち尽くしていた。中には、菜々美と黒木の密会写真と、「あなたの妻の秘密…お子さんは本当にあなたの?」と書かれた短い手紙。
手が震え、写真が床に落ちる。
和哉「(かすれた声で)…なんだ、これは…菜々美…?」
そこへ、何も知らない菜々美が「あなた、どうかしたの?」と入ってくる。和哉は怒りと絶望に顔を歪め、写真と手紙を菜々美に突きつける。
和哉「これはどういうことだ!説明しろ、菜々美!」
菜々美「(写真を見て顔面蒼白になり)あ…あ…違うの、これは…その…」
和哉「違うって何がだ!この男は…響子の店のバーテンダーじゃないか!いつからだ!子供は…俺の子じゃないのか!?」
菜々美は崩れ落ち、嗚咽する。その姿は、和哉にとって何よりの答えだった。
第五場:田中法律事務所(同日・夕刻)
田中弁護士は、高村弁護士から提供された「響子の過去」に関する資料を改めて見返していた。何か腑に落ちない。そこへ、佳乃から悲痛な声で電話が入る。
佳乃「(電話越しに泣きじゃくりながら)田中先生…和哉と菜々美さんが…大変なことに…!」
田中は事の次第を聞き、愕然とする。響子の罠は、想像を遥かに超えていた。高村の「情報提供」が、自分たちを油断させるための罠だった可能性に気づき、血の気が引く。そして、あのバーテンダーの顔が脳裏をよぎる。
田中「…まさか…あのバーテンダーもグルだったというのか…!?高村先生まで…!」
第六場:バー「Rendezvous」(同日・夜)
計画の成功を確信した響子と黒木は、店のVIPルームで祝杯をあげていた。高村と黒岩も同席している。
響子「ふふ…佐伯家も今頃、大騒ぎでしょうね。佳乃の絶望した顔が目に浮かぶようだわ」
黒木「これで佐伯家の結束は崩壊。あとは、我々が提示する『和解案』…事実上の身代金ですが…それを受け入れるしか道はないでしょう」
高村「(少し不安げに)…しかし、本当にこれで良かったのでしょうか。少々、やりすぎでは…」
黒岩「(冷ややかに)弁護士が感傷的になってどうするんです、高村先生。我々は依頼人の利益を最大化するのみ。そして、その報酬は約束通りいただきますよ、響子さん」
響子「もちろんですわ。佐伯の財産は、もう私たちのものですから」
響子がグラスを高々と掲げ、黒木とカチン、と音を立てて合わせた。その瞬間だった。
第七場:バー「Rendezvous」・店内(同時刻)
「動くな!警察だ!」
怒声と共に、店のドアが勢いよく開け放たれ、多数の制服警官と私服刑事が雪崩れ込んできた。VIPルームの扉も蹴破られる。
刑事B「桐谷響子!及び、黒木!お前たちを、証拠隠滅、偽計業務妨害、及び詐欺未遂の容疑で現行犯逮捕する!」
眩しいスポットライトが、シャンパングラスを持ったまま呆然とする響子と黒木の顔を無慈悲に照らし出す。その顔には、先ほどまでの勝利の笑みはなく、驚愕と焦燥の色が浮かんでいた。
刑事B「お前たちの悪巧みは、全てお見通しだ!」
響子の手から、グラスが滑り落ち、床に砕け散る。その音は、彼女たちの築き上げた偽りの城が崩壊する序曲のように、店内に響き渡った。
(つづく)
【次回への引き金・考察】
警察介入のきっかけは? 田中弁護士が土壇場で何か決定的な証拠を掴んだのか?あるいは、改心した高村弁護士が密告したのか?それとも、第11話で触れられた「諦めていなかった」バーテンダー(黒木ではない、別の目撃者)が動いたのか?
菜々美の息子の真実: 警察介入により、菜々美の息子の父親が誰なのか、改めてDNA鑑定が行われる可能性。もし黒木の子供でない場合、黒木の嘘が響子たちの計画をさらに破綻させることになるかもしれない。
共犯者たちの運命: 高村弁護士や黒岩弁護士も逮捕されるのか?彼らの罪状は?
佐伯家の再生: この事件を乗り越え、佐伯家は絆を取り戻せるのか。特に和哉と菜々美の関係はどうなるのか。
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